八話②
三人は人通りの少ない裏道を進んでいき、こぢんまりと人気のない店へと辿り着く。
「喫茶 ウミネコのあしあと」と扉に掛け看板が吊り下がっているも、小さいもので一目では喫茶店とは思えない出で立ちだ。
「…。らっしゃい、三人か?」
「うん、三人。好きなところ座っていい?」
「ああ」
厳しい顔つき、恰幅の良い体格、甘味処とは似つかわしくない男が迎え入れるのは小洒落た店内。客は一人もおらず、本当に営業しているかも甚だ疑問の隠れ家的ならぬ隠れ家喫茶だ。
「ここのね、乾酪を使った焼き菓子が美味しいんです」
「それじゃあそれと茶を三人分頼もうか」
「承知した」
男は店の奥へと入っていき、何やら話をしては戻ってきて扉を見つめている。
「買い物とは聞いていたが港防の擲槍とは思いもしなかったぞ」
「今使っている擲槍だと少し出力不足を感じまして、軌道を引くにも大きく曲げることは出来ませんし、魔物相手には通用しませんでしたから。臨時収入を得たいい機会なので、一部は日頃の感謝を込めて家族と今井の小父様、よしみ先生への贈り物に使って、残りはこっちに回したんです」
「なるほどな」
「擲槍七七型、現行の丙〇四と比べて威力こそ落ちますが多分な変化に応じてくれる名作、らしいですっ!昔に一帆様が良いものに触れておいたほうが今後の為になると言ってたじゃないですか、二年生になって学舎の魔法莢に触れることも多くなり、物の質の大事さを学びまして」
(アレは百々代を手元に置いとく口実だったのだがな)
「俺もなにか購入を考えてみるかな」
暫くして乾酪を使った焼き菓子が机に並べられ、三人は舌鼓を打つ。
「美味いな」
「ですね」
「えへへ、ここのお菓子美味しいんですよ」
茶で喉を潤し、一息ついては護衛に徹していた薫が口を開く。
「百々代さんはあのお店をどうやって知ったのですか?看板もなし、知らない者からすれば古びた倉庫程度にしか思えないあの場所を」
「そういえば薫さんが護衛してもらっている時は、いつも閉まってたんで紹介したことがなかったですね。四年くらい前に街を見て回ってる時、偶然店長が店の掃除をしている所を見まして珍しい迷宮資源があったので話しかけてみたのがきっかけです。わたしも最初は倉庫だと思っていたのですが、魔法関連の品を扱っている雑貨屋だってことで通うようになりました」
「店長っていうのはさっきの?」
「あの人は店番をしている店員さんです。店長はあまり見かける機会がなくて、…三回くらいでしょうか」
(あんまり深く詮索したい方がいい類の対象ですね。護衛の最中は意図的に店を閉めていた事を考えると…今回は不測の事態といったところか。良好な関係を築いていいるようだし、よっぽどのことがない限りは)
あからさまに怪しい店に薫は疑問を覚えながらも、余計な口出しをして藪を突く理由もないと話題を終わらせた。
「この後はどうするんだ?」
「贈り物を選ぼうと思っているのですが、いいですか?」
「問題ない。同行を申し出たのは俺の方なんだ、気にしないで連れ回してくれ。市井を歩くのは案外に楽しいものだ」
「ありがとうございますっ」
その後は夕刻まで様々な場所を連れ回して、自身の軽はずみな発言に小さく後悔する一帆だったとか。
―――
「薫さん、今日は一日護衛ありがとうございましたっ!」
「ご苦労だったな」
「明後日には足が筋肉痛になってそうですよ。それじゃあ街歩きする時はまた呼んでください」
「はーい」
篠ノ井の屋敷へと戻っていく薫を見送り、一帆と百々代は二人、寮へと向かってゆったりと歩き始める。
「…なんだ、今日は楽しかったぞ」
「えへへ、それは良かったです。金木犀港の街中、わたしの好きな場所を紹介で嬉しい限りで、またお誘いしますねっ」
「ああ、頼む。それでな…百々代が雑貨屋で仕事か何かをしている最中に買い物をしててな。こほん、前のこれの礼だ」
首に掛けられている首飾りを引き出し百々代へ見せてから、小さな紙袋を一帆は渡す。
「わぁ、開けて見ても良いですか?」
「構わんぞ」
中身を取り出してみれば、青い石を目に見た立てた真鍮の勇魚が飾りとして付いた首飾りが収まっており、晩照を映して輝いている。
「…百々代の金と青の瞳のようだと思ってな」「一帆様の御髪と瞳みたいですねっ」
「「…。」」
二人は瞬きあい、次第に一帆の頬が上気する。
「あくまで百々代の瞳と色が合っていると思っただけだからな!」
「えへへ、ありがとうございますっ!大事に、わたしの宝物にしますね」
首に掛けては服の内に蔵い込み、手を乗せては嬉しそうに相好を崩してみせた。
「そこまでしろとは言わんが、大切にしてくれるなら贈った甲斐があるというものだ」
(俺の髪と瞳は、そうか。そうなるか。結衣たちに茶化されることくらいは覚悟するか…)
背を向け足早に歩き出す一帆を百々代は嬉しそうに追っていく。
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