八話①
髪を一纏めに結い上げた百々代が目を眇めて、精巧に組まれた魔法陣を精査する彩秋季の始まり。小さな間違いすら見落とさない青い瞳を閉じては、椅子に凭れ掛かり大きく伸びをする。
「珈琲でも飲むか?」
「ありがとうございますっ」
一帆が淹れた珈琲を受け取り、息を吹きかけて温度を少し下げ口を付けた。
「よくもまあ魔法陣なんて組めるな」
「工房生まれの特権ですよ、きっと。ここから起動方式、動作制御、魔法内容、属性って繋がってまして、今回は接触起動とするため外莢の上蓋から効率よく魔力を流せるよう配置してます」
「なるほどな、…わからん。…この魔法陣は属性があるのか?」
「氷であれば一帆様の意見も仰げますし、試す良い機会かなって」
「ほう、出来が良ければ買い取るぞ」
「本当ですかっ、じゃあお客様一号になってもらう為、しっかりと作らないといけませんねっ!とはいえ試験的な物なんで、あんまり期待しないでください。わたしもまだまだ素人ですし」
「莢研から直接に報紙が届く百々代がか?」
彼女が作業をしている机には、いくつかの魔法莢研究局の報紙が積み重ねられている。様々な部署から届いているようだが、どれにも目を通してあり、必要そうな頁には開きやすいよう目印が貼り付けられていたり。
「工房とかに勤める本職ではありませんので」
「そういう事にしておくか。…百々代は俺と出会わなくても迷宮管理局を目指したと思うか?」
「どうでしょうね。も魔法莢研究局を目指していたかもしれませんし、安茂里工房の職人を目指していたかもしれませんよ。一緒の路を進もうって一帆様が誘ってくれたから、今のわたしがいるんですから」
「そ、そうか。他の進路を選びたいと思うことは」
「ないですよ。肩を並べて同じ先を目指すのは一帆様と決めているんでっ」
色の違う瞳を開き、口端を上げて笑みを見せる百々代は拳を突き出し、一帆からの回答を待つ。
「ふっ、並べるようにならなくてはな」
コツンと拳を小突いた彼は楽しそうに相好を崩す。
「というか魔法莢研究局への出入りが出来るようになってますし、態々目指す必要もないんですよね。天糸瓜港にあるんで、行くのは先の事になりそうですが」
特別魔法莢研究局員。他の局に属していながら莢研に顔を出せる人員で、それなりの人数に配られている役職だ。生徒の身で持つものはそうそういないが、自作と改造魔法莢の実績と賢多朗の口添えにより贈られている。
「壁は高いな」
「えへへ」
仲睦まじ気な様子を部屋の外から覗うのは、同じ部屋を使う四人で。
(なんであんな良い雰囲気なのに関係が全く発展しないのよ…)
(相棒って感じの二人だね…)
(すっごいしっくり来るー)
(うん。信頼関係って雰囲気)
(お父様と領主様は長い目で見るっていう決定をしたみたいなんだけど、変な虫が付かないか不安よ)
(もう決定したんだ、お早いことで)
(まあ百々代だからね。どこも欲しがるでしょ)
(変な虫は付かないんじゃない?近づいただけで燃えちゃうよ)
(隙もないようにみえる、かな?)
二人の話が一区切りついたと見て、四人は入室する。
―――
学舎が休みの日。一帆と百々代は薫とともに市井へと足を運んでいた。
「百々代さんは歩き慣れていると思うんでどうこう言いませんが、一帆様ははぐれないようにしてくださいね」
「子供と勘違いしてないか?」
「私からしたらまだまだ子供ですし、街の人混みなんて慣れてないでしょう?」
「まあそうだが…」
後ろを眠そうに歩く薫を一度睨めつけ、百々代を見失わないよう赤茶色の髪を追う。
本日の目的はお買い物。魔法莢素材を扱っている雑貨屋にて、事前に取り寄せてもらっていた品を引き取りに行くのだと聞き、彼は面白半分で同行を希望したのだ。
寄り道もなく到着したのは古びた佇まいの看板すら出ていない店。百々代が足繁く通う雑貨屋だ。埃舞う店内に一帆と薫は顔を顰めるも、百々代はお構いなしに細い棚の隙間を縫って行けば、前髪で目元の隠れた店番がうつらうつらと舟を漕いでいる。
「…ん?あーいらっしゃい、百々代。…届いてるぞ、魔法莢」
「見せて見せてっ」
「へいへい」
棚を漁り小綺麗な木箱を取り出して封を開ければ、魔法莢が一つ収まっている。
「あー…燗魅石を使用した港防仕様の擲槍七七型、その中古品。店長と俺で検査したが問題なく動くし精度も十分、現行品が出る直前に購入してそのまま眠ってた新古品ってとこ。とあるお貴族様が譲ってくれたから手に入ったらしい」
(軍用品のお下がり?どういう経路で仕入れたんでしょうね)
「ありがとっ、値段は三五〇〇賈でいいんだっけ?」
「あーそれなんだが、こっちからの仕事を請け負ってくれるならいくらか値引きしてやれるがどうする?」
「仕事?内容は?」
「導銀への魔法陣の彫り込み。陣の組み立てからになるけども、…あったあったこれが仕様書。あー、ちょっとそこのお坊ちゃんと護衛の兄さんは下がっててくだせ」
庶民に扮しているものの、ある程度身分は見破られているようで。
「…。わかった、外で待っていよう」
「ごめんなさい、ちょっとお時間貰いますね」
二人を見送って百々代は机に広げられた仕様書へと目を通す。検知を行うための魔法らしく、あまり見慣れない陣の見本まで置かれている。
「検知の対象は………、人?」
「なんでも店長が人探しに使いたいらしい。詳しくは知らないが」
「ふぅん。線引きと紙貸して」
「あいよ」
確実に請け負うと踏んで必要な道具は準備されており、机に並べられたそれらを手に取り魔法陣を編み組み立てる。
半時も経ては導銀筒盤への彫り込みも終えて、店員が動作の確認と陣の中身を確認し頷く。
「問題ない。百々代に仕事を頼んどけって言われた時にゃ驚いたけど、流石の出来だな。そんじゃ一五〇〇値引いて二〇〇〇賈だ」
「そんなにいいのっ?」
「あー、店長の指示だ。問題ない」
「それじゃあお言葉に甘えて二〇〇〇賈と、この前迷宮に入ったときに手に入れた玉髄山椒の実をあげる」
金子とともに瓶に数個入った玉髄山椒の実を机に置く。
「こりゃどーも、飾っとくわ。あー、金子も問題ない、まいどあり」
「またくるねっ」
「あいよ」
魔法莢を受け取った百々代は帯革に佩いては店を後にする。
―――
「おまたせしましたっ!」
店を出れば退屈そうに時間を潰していた一帆と薫の二人。
「ああ、随分と待たされたな。仕事とやらは上手く行ったのか?」
「はいっ、なんと一五〇〇賈も値引いてもらいました!」
「一五〇〇賈か。ああいう仕事はよくあるものなのか?」
「初めてですよ。改造したり自作したりしてるって覚えてもらってたんでしょうね」
「そういうものか?まあいい、この後はどうする」
「一旦甘味処にでも寄りましょうか?お待たせしてしまいましたから」
「そうだな、少しばかり疲れたから休めると嬉しい」
「わかりました、それじゃあ良いお店があるんで行きましょう!」
雑貨屋へ背を向けて三人は再び街へと歩き始めれば、店員が店の扉に鍵を掛けて姿を消す。
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