七話③
「本日は成形獣の実技となります。手元にある魔法莢を起動してください」
二年生が各々起動句を口にし、魔力で形作られた鼠、偵鼠を作り出しては女子生徒の顔が引き攣る。チュウチュウと鳴かず、動きもしないが、今までの人生で構築された嫌悪感は拭えないようだ。
「起動は出来たようですね。では手に持った杖を基に動かしてみましょう」
「動いたわ!…それにしても見た目がキツイわ」
杖先を指標に移動先の座標を大方指定すれば、偵鼠は脚を動かして進んでいく。
「可愛い見た目ならもうちょっとやる気もでるんだけどねー」
「はい…」
一帆派閥の百々代を除く五人は順調に動かし、杖を手に首を傾げる最後の一人へと視線を向けた。
どうにも彼女の扱う偵鼠は動きがぎこちなく、うまく動かせているとは言い難い様子。
「苦手なことって有ったのね」
「初めての魔法なので少し難しいです。思ったように指示が通らなくて」
「不具合かもしれないよ、交換してみよっか」
「はい、ありがとうございますっ」
杏から魔法莢と杖を受け取り再度動かしてみるも、やはり壊れた発条玩具のような動きをするばかり。
「ふむ。杖を預かっててもらえますか?」
「いいけれど」
「四本脚四本脚…えーっと」
偵鼠の動きを脳内で構築し、道順を組み立てて魔力を基に成形獣を動かす。先程までの動作とは異なり、若干の違和感を残す程度の動きへと収まっている。
「「…。」」
杖という補助具を取っ払い、手導での操作。物事には順序というものがあるのだが、そんな事お構いなしな行動に一同は呆れた表情を見せた。
「百々代ちゃんは杖が苦手なのですか?」
「苦手というか使ったことが殆どなくて。よしみ先生が、『杖なんて迷宮遺物でもない限り何れ使わなくなりますし、百々代、貴女には不要な物よ』とのことで杖無しで教わりました」
「手は空けておきたいし間違いではないが、中々に厳しい人なのだな、坂北女史は」
話をしながらも、ながらで偵鼠を動かす感覚を掴んでいき、他と遜色のない程度には収まっていた。
「学舎の感じを見るに厳しい人だったとは思いますが、当時はこういうものだと思ってたので気にはなりませんでしたね。今は感謝頻りです」
絶えぬ尊敬の念に、よしみがくしゃみをしていたとか。
さて、一帆ら以外の生徒を見回してみれば十全に動かせているのは半数程度。一年間の授業を経て、魔法に多く馴染んだ彼ら彼女らでもそれなりに苦労する二年生の関門だ。
上手く行かず、百々代の真似をし杖を手放した大吉は、更に動きが悪くなり顔を顰める。
「あら、やっぱり庶民である貴方には難しいのかしらね、おほほほ。あの娘に勝利するは私になりそうね」
「煩えよ三番手女、こっちに絡んでくるな」
「あ怖い怖い。敵の敵だからといわけではありませんが、不甲斐ない庶民と肩を並べたなんて思いたくないのでコツを教えて差し上げますわ、感謝しなさい」
「あーはいはい、ありがとうございます。で?」
火凛派閥と市井出身派閥、面白い組み合わせだと感心しながら生徒たちは聞き耳を立てて、火凛の助言を試していくのであった。
―――
一帆らに割り当てられている一室にて本日は結衣と百々代の二人のみ。同じ長椅子に腰掛けては穏やかな時間を過ごしている。
夏場ということもあって密着していると暑いのだが、気にした風もなく百々代が寄りかかるような形で読み物をしていた。
(…。一帆さんだけだと思っていたけども、他派閥の方が見てないところだと結構くっついて来るのよね。駿佑さんには少し遠慮してるみたいだけど、莉子と杏にもよく寄りかかったりしてるし寂しがり屋なの?)
「百々代って末子だったかしら?」
「はい、上に兄が三人いますよ」
(なるほど、うちの妹もこんなんだったわね)
「ふうん、賑やかそうね」
「とっても賑やかです、なにせ男兄弟っていつも喧嘩してるんで。これは俺のだ、俺のを勝手に使っただろーって」
「へぇそうなのね。その割に百々代は影響を受けてないような気がするのだけど」
「小さい頃から礼儀作法も仕込まれているんで。礼儀足らずは人足らずって」
(生まれてからそれなりに自我が有ったことが原因なんだろうなぁ、よしみ先生のお陰でもあるけどねっ)
「よく耐えたものね。ところで百々代、わたくしに体重をかけないように気を使ってるみたいだけど、それでは大変でしょ?膝を貸してあげるから横になりなさい」
「いいんですか?」
「この部屋の中だけよ?」
「ありがとうございますっ!兄たちも年頃ですし、わたしの背丈も大きくなっちゃって家に帰っても甘えられなくなってきまして」
心内を吐き出す事に恥ずかしがりながらも、彼女は結衣の膝を枕に長椅子へ横たわる。
「なんとなくだけど、どんな風に扱われていたかは察しがついたわ。この部屋にいる限りは一声くれれば膝くらい貸すわ、かわりにわからない勉強や実技は教えてもらうからね」
「お安い御用ですっ」
のんびりと時間を過ごしていれば莉子と杏が現れ賑やかな一室へと変わっていく。
「ねえねえ知ってる?なんか最近、学舎の敷地内で幽霊が出るんだって!」
「幽霊っていうと実態を持たない魔物ですか?そんなのが出現するなら大騒ぎになってそうですが」
「ううん、魔物じゃなくてお化けの方!なんかー、夕暮れ時になると森林区域で揺らめく影が見つかるんだって!きゃー、こわいねー!」
怖がっている風ではなく楽しそうな杏は噂話をおやつに茶で喉を潤す。
「お、襲われたとかの報告は…ああ、あるのかしら?」
「ないよー。被害があったら流石に教師も黙ってないし」
「よかったぁ…、でも幽霊を見かけたらどうしたらいいのかな?」
「魔物の幽霊は魔法を用いて霊層を削り、核となる部分を破壊すれば倒せるって見ましたが…怖いですね、殴れないのは」
怖いのはどっちだという雰囲気。
「なんの話をしてるんだい?」
「物騒な雰囲気があった気がするが」
一帆と駿佑も集まれば全員集合で。
「幽霊が出るって噂話だよ。聞いたことない?」
「あー、なんか聞いたことがあるような、ないような」
「無いな。霊層を凍らせれば殴ることはできるのだろうか」
「「…。」」
思考回路が似通った馬鹿者同士だと四人は考えながら、杏が噂話の説明をする。
「ならば夕刻に森林区域に近づくのは避けるべきだな」
「同意するけど意外ね、一帆さんがそういうなんて」
「魔物であれば厄介だが、それ以外の場合はもっと厄介だ」
「それ以外?」
「学舎に入り込んでいる部外者の可能性だよ。誘拐できれば大金と変えられる生徒ばかり、人攫いの可能性は考慮すべきだ」
「「あー…」」
彼が当事者であったことは有名な話。一同は納得して幽霊への警戒を深めていく。
(同じことがもう起こらないと良いんだけど…)
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