七話①
「久しいな後輩ちゃん、元気してたか?」
「おひさー、格好いい先輩たちの登場だよ」
二年生に上がり、蝉の声が聞こえる清夏季の中頃、百々代へ声を掛けてきたのは現在四年生の慶と航。
「お久しぶりです柿平先輩、出馬先輩!学舎でお会いするのは始めてですねっ」
「あの後は森林迷宮の調査探索に同行してて、その後にも色々と立て込んでさぁ、ようやく学舎に帰ってこれたんだよ」
「…大変だった」
「そうなんですねっ。参加できなかった部分の授業とか試験は大丈夫なんですか?」
「実績あるし免除だ、三年はそこまで重要な授業もなし。それに自分たちでいうのもなんだが上位座であるからな、然程問題もない」
「うんうん、僕たち優秀だからねー」
「おー」
パチパチと拍手して感心する百々代。彼女もあちら側なのだが自覚はないのだろう。
「聞いたよ、第一座なんだって?いやぁすっごいね、驚いちゃったよ」
「単独で甲熊を倒せて、魔物とも渡り合えるのなら当然ともいえるが、驚き頻りだ」
「わたしも驚きました。第三座だとばかり思っていたので。試験を頑張った甲斐がありますっ!」
(試験というよりは)(実力の問題だろうがな)
廊下の壁に凭れ掛かり談笑をしては時間を過ごしていると、航が思い出したかのように声を上げる。
「あっ、忘れてたよ。これこれ、迷宮調査報告書と迷宮遺物の鑑定報告書を、安茂里ちゃんと篠ノ井一帆様に渡そうと思ってたんだった」
「いただけるんですかっ?!」
「当然だ。迷宮管理区画の奪還及び迷宮攻略の立役者に報告をしないわけないだろうに、報奨金も学長経由で渡されると思うから楽しみにしていると良い」
「わあ」
嬉しそうに紙面を食い入るように見つめて、落ち着かせるように報告書を胸に抱く。
「ありがとうございます!一帆様と読みますねっ!」
「そうしてくれ、それじゃあ授業の時間もあるしこれで失礼する。またな後輩ちゃん」
「またね、安茂里ちゃん」
「はいっ!」
―――
一日の授業も終わり、一帆派閥が集まって駄弁る時。百々代は机に報告書を置き一同と眺める。
「階層ごとの地図と植生、魔物の出現割合と見つかった迷宮資源。へぇ、こんな事が書いてあるのね…面白いの、これ?」
「わたしは楽しいですよ。潜っている時は同じ様な森だと思ってたんですけど、実際に調査結果を見てみると結構違っていたり、馴染みのない迷宮資源も記載されていますし」
「そう…」
「役に立たないことはない。迷宮実技では内部調査の試験も追加されるだろうから、本物の資料で必要な情報の得方を見れるいい機会だ」
「うっ、もう憂鬱だわ」
「王太鼠の調査結果は不明ですか」
「何かしら掴んでいても公表されないこともある。世間では迷宮の大時化も知られていないしな」
「そういえばそうですね」
長椅子に座った二人は、首魁の資料を眼にしな肩を触れ合わせている。
「見て見て迷宮遺物の絵もあるよ。なんかすっごく沢山の文字が書かれているけど、これ流れ物なんだねー」
「魔法莢の、導銀みたいな見た目なのに意外だね」
類似する文字列から未発見国番号を振られ、詳細が書き記されている。とはいえ陶器であり、魔法に反応することがなく書かれている内容は不明というだけで、これといった有益な情報はない。
「国番五一、とびっきり変なものが流れてくる不思議国家は何処にあるんだろうね」
「杏さん詳しいんですか?流れ物に」
「お父様とお兄様がそういうの好きなの。その余波でちょっと知ってるってだけ」
「…、五一番の物ってどういう物があるんですか?」
「うーん、確か…剣の形状をしているけど軽いし脆弱で武器には使えない玩具のような物と、精巧なお人形があったかなー。お人形も似たような材質で、自由に手足が動かせるんだって」
「そうなんですねっ。…きょ、興味深いです」
なんとなく心当たりのある物品に冷や汗を流しつつも、金子に余裕が生まれたら集めたいという欲求が湧き上がる。お人形は住処で両手に持っては戦わせ、勇者の武器を模した玩具は必殺技を叫んで遊んだ記憶がある百々代からすれば、是非とも手元に欲しい一品だ。
百港国でも木像や石像なんかはあるのだが、前世の精巧な玩具と比べてしまうとどうにも見劣りする。無いものだと諦めていた彼女には朗報とも言えるだろう。まあ、希少性と相まってそれなりのお値段なのだが。
(なあ百々代、アレがなんて書いてあるか知っているのではないか?)
(あーはい、知ってます。全部お魚の名前ですよ前世の国での、ツナ、サーディン、イール、サーモン)
(…。何の意味があるんだそれ)
(さあ?わたしにもイマイチわかりません)
こそこそと話す二人の視線や仕草をみて、杏は興味深そうに観察する。
(ふぅん…?なんか訳ありなのかな?)
―――
学舎長室の扉を叩き「どうぞ」を促されて、一帆と百々代は入室する。
室内には学舎長である初老の聖高原隆造、菊見子爵。そして見慣れない男が一人、長椅子に腰掛けていた。
「失礼します」「失礼しますっ」
「空いている椅子に座り給え。さて、此度二人を呼んだ理由は冬季休暇の際に迷宮攻略への協力をした件に関してだ。こちらは乙女賢多朗殿、迷宮管理局天糸瓜本所の副局長を務めている」
「はじめまして、紹介に与った鈴蘭子爵の乙女賢多朗だ。上市場からの報告を読んで、君たちに大いに興味を持ったから、他所に勧誘される前に、と急いできたんだ。ああ、序でに特別報奨も持ってきてるよ」
「お初にお目にかかります、金木犀伯爵家の篠ノ井一帆です」
「安茂里工房の安茂里百々代ですっ」
お互いに自己紹介を終えて差し出された茶で喉を潤す。
「他所からの誘いはなかった?港防省なんかは真っ先に勧誘しそうだけれど」
「社交の場で何度か。迷宮管理局に進む予定だったのでお断りさせていただきましたが」
「一度ありました。同じくです」
「ほほう、迷宮管理局志望とは、いやはや嬉しい限りだ。知っての通り迷宮へ足を踏み入れるのは一定の魔力質必要だから、巡回も防衛も常に人手不足でね。卒業を待たずと何時でも受け入れる準備をしておくさ」
ほくほく顔で賢多朗は筆を走らせ、紹介状を認めては二人に手渡し椅子に凭れ掛かる。
「然し意外ですね、こうして副局長が天糸瓜港から態々足を運ぶとは」
「一年生の段階で魔物と渡り合えるだけの傑物、そうそうお目にかかれるものではないよ。それに自作の魔法莢を申請していたみたいで、魔法莢研究局も目をつけてるし」
(目当ては百々代で俺はおまけか)
「そうなんですねっ。魔法莢研究局も興味はありますが、進む路は一帆様と歩む迷宮管理局なので、心配はいりませんよ」
「いやぁいいね、優秀な若者が迷宮管理局を目指してくれるのは。一応、あっちも同じ魔法省だから名前を登録して、顔を出せるようには出来るから必要であったら言ってくれ。手配してあげよう」
「是非にお願いしますっ!」
「それじゃあ話を通しておこうか。篠ノ井一帆くんはどうする?」
「私は必要ありません」
「そう。なら迷宮遺物への優先購入権を付与していこうか、金子を落としてくれているみたいだから」
「ありがとうございます。優先の度合いは管理局員と同等と考えて良いので?」
「ああ、局員と同等。今よりも随分と楽になるんじゃないかな」
「助かります」
持てる権力を用いて確固たる繋がりを構築し、賢多朗は実に満足そうである。
「じゃあ特別褒賞を渡しておこうか。金子五〇〇〇賈、もう少し準備をしたかったのだけれど、これが精々でね」
申し訳ない、といいたげな表情をしているが、百々代からすれば十分すぎる大金の為に硬直している。
「感謝します」
「あ、ありがとうございますっ!」
金子を受け取り、話も終わったということで二人は退室していった。
「驚きました、まさか市井出身の娘が第一座になっているとは」
「見ての通り素行は良く、報告で知っての通り実力が頭一つ飛び抜けています」
「それだけじゃあないでしょう?」
「後ろに付いている方が多いのですよ、彼女は」
「油菜崎男爵以外にも?」
「ええ、金木犀伯爵と白秋桜子爵、坂北爵士家ですね。言いたいことがある者もいますが、ケチを付けられる場所が出身以外にありませんから」
「へぇ、というか金木犀伯は我が子が第二座になっても良いと考えているのだね」
「正当な評価をした方があの子は燃える、だそうで賛成下さいましたよ」
「ほほう、三年後が楽しみだ」




