六話④
成長しても問題ないように少し余裕のある社交服に身を包んだ百々代は篠ノ井家の馬車に乗り込む。待っているのは当然、一帆で。
「新しい衣装か。似合っているじゃないか綺麗だぞ、まさか流行りも押さえているとはな」
「え、あ、ありがとうございますっ!一帆様も格好いいですよ」
褒められるとは思っていなかったため、照れ照れとしながら百々代は隣に座る。
「これ流行り物なんですか?」
「なんだ知らないのか?ここ最近の流行りはゆったりとした衣装だ、少し前まではピッシリしたものが受けていたのだ。…直ぐに移り変わるだろうがな」
「そうなんですね。わたしはまだ成長中なんで、対応できるようにと大きな物を用意してもらった感じです」
百々代の身長は五尺八寸《175センチ》、六尺になろうと驚かないところまで来てしまった。ちなみに一帆は五尺七寸《172センチ》で少しばかり負けている。
「何をどうしたらそんなに背を伸ばせるんだ…」
「前世の影響だったりするんでしょうかね?瞳の色もありますし」
「かもしれんな」
のんびりとした二人が向かうのは厳桂劇場。姨捨古永英雄譚の公演に向かっている最中なのだ。
前回はそれどころではない状況に陥ってしまったが、今回は念入りに同行者らの精査を行っているため問題は無い。
ワクワクそわそわ、楽しみという感情がダダ漏れな百々代を見て、一帆は口端を上げて様子を眺めて時間を過ごす。
「なんだかんだ二人きりになるのは久しいな」
「そういわれればそうですね、学舎では賑やかですし年末休暇で顔を合わせるのはこれが始めてですし。毎日顔を合わせるものだと最近は思っていたので、少し寂しかったです」
「…。…年末の時期は社交が多くて忙しくて困ったものだよ」
「大変なんですねぇ」
「まあな。百々代を屋敷に呼んであの頃のように過ごせればよかったのだが」
「ずっと昔のようにも思えますね。わたしにとって大切なひとときなんですよっ!今も、学舎でもそうですけどっ!」
「そいつは良かった」
俺もだ、という言葉は照れ臭くなり飲み込んで、近づく劇場に二人は心躍らせる。
―――
個室で二人、椅子を寄せ合い眼下の劇場に視線を向ける。
観客が集まり賑やかしくなってきた頃、開演を告げられ幕が開かれた。内容は氾濫を起こした天糸瓜大魔宮の魔物魔獣に苦しむ民の声を聞き、姨捨家の古永が挙兵し地上を制圧。
背中を預けられる仲間たちと共に一〇〇以上もの階層で構築された魔宮を攻略し、首魁たる千生竜を討伐するというのが大筋の流れ。
今回の脚本は歴史に基いた硬派な内容。娯楽小説のようなものよりは、百港史の授業を演劇として観ている感覚であろうか。とはいえ英雄の物語に心躍らない筈もなく、青の瞳が輝かんばかりの大興奮である。
迷宮ではなく魔宮と呼ばれる艱難辛苦の地で、数え切れないほどの犠牲を払い突き進み八年の歳月を経て相対する首魁の大竜。二〇人で挑んだ彼らは一七人が海へと還り、姨捨古永と聖高原紗代子、駒ケ根伸成らが竜の首を落とし泰平への足掛かりを作ったのだ。
昨今の娯楽色の強くなりつつある演劇へ一石を投じる今公演は、大きな拍手の許、幕を下ろした。
―――
公演が終わり後援者である篠ノ井家の御令息は、劇団員らが挨拶へとやってくる。
「此度もお越し頂き、誠にありがとうございました、篠ノ井一帆様」
深々と頭を垂れて挨拶をするのは七久保劇団長。
「楽にしてくれ。今回の脚本も非常によかった、敢えて流行りから外し硬派な内容で、大団円で終わらせるだけでなく遺されたものの苦悩と前を向く姿勢を描いた部分を俺は評価する。全日程が終わってからでいい、脚本の写しを用意してくれ買い取り保管したい」
「ははっ、畏まりました!脚本家に伝えておきます、大喜びするでしょう」
「百々代も感想があったら伝えるといい」
「はいっ、そうですね。わたしが今までは触れてきた姨捨古永像というのは、完全無欠の偉大な英雄だったので、一人の人として描かれているのは新鮮で楽しかったですっ!あと当時使われていた古式魔法莢の再現には驚かされました、外側だけ似せて中身は現在の魔法莢なんじゃなくて、本当に当時の物を作り出して使ってましたよね?」
パチパチと目を瞬かせる一同。
「いやぁ…良く見えましたね。ええ、今回は脚本家どうしてもということで古式魔法莢の再現も行いました。…モモヨ様は魔法省にお勤めになっている学者の方でしょうか?」
「魔法学舎の生徒です、古式魔法莢は魔法史の授業で習ったものでっ!劇の内容も道具の力の入れようも素晴らしくて、一生胸に残り続ける最高の一時でしたっ」
「楽しんでいただけたようで何よりです」
ここまで言われれば脚本家も大喜びだろうと七久保は考えながら、他の後援者へ挨拶回りへと向かう。
―――
「本日は有意義な時間をありがとうございましたっ!すごい楽しかったです!」
「また行こう、別のえ公演でもな」
「はいっ!」
前世の演劇とは大きく異なるが、百々代も観劇は好きな方だ。誘われれば大喜びで首を縦に振るであろう。
「一帆様へお礼にこちらを」
手提げから取り出されたのは、簡素な作りの首飾り。円盤状に磨かれた緑がかった白灰色の石が日光で輝いている。
「あの時の玉髄山椒か、大事に身に着けされてもらうよ」
秋桜街の森林迷宮で採取した玉髄山椒の一部を削り、研磨して装飾品へと変えたのだ。首に掛けた一帆は相好を崩し、一度撫でてから服の内へ蔵う。
「それじゃあ、また学舎でな」
「はいっ!学舎で!」
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