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六話③

 春の終わりが近づく盛春季せいしゅんき

 年末休暇の最中に百々代(ももよ)は海上に浮かんで空を眺めている。弾性の纏鎧てんがい、乙で全身を覆って服が濡れぬよう、口に海水が入らないよう細やかな調整をしつつ空を眺めていた。始めて数日は水死体と間違われたり溺れていると間違われることもあったのだが、今では港を行く人も見慣れてしまったようだ。それはそれでどうなのかという話なのだが。

(ちょっと泳ごっ)

 体力を鍛える一貫として水泳を時一つ(1じかん)程行っては浜へと上がれば街人が一人声をかける。


「よっ、水に浮かんでる姐さん。いつも海に浮かんで何をしてんだい?」

「魔法の鍛錬だよっ。ほら、服も髪も濡れてないでしょ?」

「へぇ、面白え事をしてるんだな。ふむ、細かく魔法を調整できるようにするには良い鍛錬ともいえるが…そもそもそんなん出来るなら鍛える必要ないだろうに」

「わたしは未だ学舎に通っている身だし、何かを護るには力が必要だと」

「護る?港防にでも勤めるつもりなのか?」

「迷宮管理局に。魔物相手では力不足を感じてねー…」

「なんだ迷管か。てっきり大型新人が来るかと期待したんだがな」

 街人は落胆の感情を表して肩を竦めている。


「港防省の人だったんだ」

「まあな。あんた安茂里百々代だろ、一年の。どんなもんかと様子見してたんだ、いい感じなら軍に招待してえなってさ」

「残念だけど進む道は決めててねっ」

「気が向いた連絡してくれや。俺は坂北さかきた秀人ひでと、よしみさんの甥に当たる血筋だ」

 よしみの夫の弟の息子、それは秀人の立ち位置。


「よしみ先生のっ」

「そう、よしみさんから物凄い優秀な子を請け負ったって話を聞いて、今度紹介してもらおうかと思ってたら、聞いた見た目のあんたが海に浮かんでて驚いたよ。毎日のように浮かんでは泳いでるってここらの人が口を揃えていうし」

「細かな調整を身体に馴染ませるには良い鍛錬だと思いましてっ。それにしても、世の中っていうのは案外に狭いものなのですね」

「別にかしこまんなくていい、今目の前にいんのはただのオッサンだからな。俺も驚いたよ、色々とな」

 そんなこんなで長椅子に二人腰掛けて、のんびりと談笑をしては、そろそろ時間だと秀人は席を立つ。


「じゃあな、気が向いたり困ったことがあったら軍務局で俺を呼び出してくれや」

「うん、またね秀人さん」

 立ち上がった百々代は砂浜へ足を向けて走り込みを行う。


―――


 数日して秀人が現れては百々代に声をかける。

「よっ」

「どーも、秀人さんっ」

「ふらっと足を運んだら今日もやってるみたいで、休暇中は毎日練習してるのか?」

「うん。朝から昼前までは工房の手伝いをして、昼後は魔法と身体の鍛錬に使ってる」

「精の出ることで。そんじゃあオッサンともいっちょ手合わせ願いたいな」

「対人はあんまり得意じゃないんだけど、それでもいい?」

「問題ない問題ない、伯母の教え子がどんなもんか見てみたいだけだから」

 それじゃあ、と帯革に魔法莢をき百々代はいつもの三点を起動、秀人は訓練用の成形武装である刃の潰れた剣と纏鎧を起動する。


(さて、よしみさんが手放しで褒めちぎる愛弟子。そして市井出身で実技首位、どんなもんかね)

飛手甲ロケットパンチッ!」

 指を一本突き出し起動句を叫べば、指先の纏鎧だけが飛んでいき砂浜へと突き刺さって爆発する。

「おわっ?!」

 纏鎧が展開されている以上、生半可な砂かけでは目潰しにはなり得ない。あくまで視界を遮るための妨害策。

 次いで擲槍射撃の魔法莢へと触れつつ、三本へと形状変化、僅かな弧を描くように軌道調整を行い発射。学舎の魔法莢ではないため、側面を狙うようなエグい軌道線を引く事はできないが、防御し難い箇所への同時攻撃となる。


「へぇ、」

 感心の籠もった言葉を吐き出しつつ秀人は一歩引き、剣にて擲槍を一纏めに斬り潰す。流石の軍人と言ったところか。

駆刃くじん

 胸の高さに剣を構え、起動句と共に振り抜けば飛来する広範囲魔法。

(口頭起動?牽制かな)

 対人において手札が割れる口頭起動は弱い。態々用いるということは、余程の自信がある魔法か、相手へ特定の行動を強いるための牽制、若しくは偽装。

 次の行動を見逃さない為にしっかりと秀人を視界に捉えつつ、百々代は最低限の動作で屈み躱す。何時でも動けるように左手を脇に構えて。


「いい判断だ、視線も外らしてない…多分」

 ニヤリと笑った秀人は振り抜いた腕の片方を剣から離し、拳を大きく開いて振り返せば、五寸釘で出来たような半球の雲丹うにが現れて炸裂した。

 到底逃げうることは出来ず防御に専念する必要のある面攻撃に、百々代は右手右足から零距離擲槍を放ち飛び退く。勢いのまま左足から再度擲槍を使い空中で軌道を秀人に向け、飛び蹴りをかます。


「なんだそりゃあ、うごぁっ!」

 咄嗟に剣の腹で飛び蹴りを受け止めるも、擲槍が炸裂し両者は吹き飛ばされる。

(遠慮なく戦って良さそう)

(上手い中距離かと思ったらガッチガチの至近か。んで知名度のない魔法か自作魔法を使う、相手にしてて一番厄介な相手だな)

 踏み込んだ百々代は左腕で刃を受け止めつつ腹部へと拳を捩じ込み、小さく揺れた瞬間を狙って下腹部へ膝蹴りする。直接の打撃こそ纏鎧が受け持つも、衝撃の全てを殺し切ることは出来ない、背筋に冷たい感覚が走った秀人は剣の間合いまで退こうとするも、肘撃が顎へと命中し、よろけた瞬間に体当たりを受けて纏鎧に罅が入る。


(良い体格してると思ったが…堪えるなこりゃ。…だけど俺の間合いだ)

 体当たりの衝撃で二歩三歩距離を置くことに成功した秀人は、力一杯踏み込んで剣を振るう。

(この間合いなら、ッ!)

 限々で刃の届かない場所を維持し、反撃を行おうとした百々代は伸びる剣身に驚き、しくじったとほぞを噛む。

 肩に入った一撃で百々代の全身を覆う弾性纏鎧は大破、手合わせは敗北となった。


―――


「軍人目指さないか?」

「探索者になる予定なんでっ」

「駄目かぁ…」

 模擬戦闘の休息にと長椅子に腰掛けていた。


「そのぉ…人に向けて魔法を使うのはあんまり気が乗らなくて」

「あー、初撃とか態々砂浜狙ってたし、金的も意図的にズラしてただろアレ」

「凄い痛いって聞いて」

(それでも狙いはするんだな…)

 容赦のない相手だった場合を考えて秀人は身震いする。


「ところで、あの雲丹みたいな魔法はなに?言えなかったらいいんだけど」

「あの雲丹は擲槍の亜系だ。障壁や纏鎧に対して損傷を蓄積させるためのな、決定力には欠けるが、本来は回避なんて出来ない代物だから長期戦に強いんだよ」

「なるほど。軍用品?」

「ああ、そうだ。確か………釘槍炸射ちょうそうさくしゃなんて名前がついてたな、皆が雲丹って呼ぶから忘れちまう」

「口頭起動が多くないから?」

「そんなところだ。駆刃の起動句もはったりで条件だしな」

 魔法に関する談笑をしながら二人はのんびりと時間を過ごし、百々代は知識を吸収していく。


「勉強熱心で実力があって、しっかりと身体が鍛えられてる逸材なのに惜しい。とはいえ安茂里みたいな娘の手を汚させたくもなくなっちまったし、口説くのは止めにするか」

「…。」

「まあ迷管で頑張ってくれや、手に負えなくなるとこっちにも皺寄せが来ちまうしな!」

「うんっ!」

「そんじゃ、また遊びに来るわ。今は軍人が暇でいられるご時世なんでな」

「ずっと暇だといいですねっ」

「ああ」

 夕日が海に映る頃、二人は解散する。

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