六話②
「はぁ…完全敗北よ。あれが試験でなくてよかったわ…」
「「…。」」
気落ちした火凛の姿に取り巻きたちは目配せをして反感を買わないように息を潜める。触らぬ神になんとやら。
「ねえ、貴女たちに聞きたいのだけれど、傍から見て私に何が足りなかったと思う?お願い、教えてほしいわ。全部足りてないのは百も承知なのだけれど、安茂里百々代に勝ちたいの」
殊勝に頭を下げて意見を乞う。
取り巻きとしては普段に実力が足りないなど色々言われていた鬱憤を晴らしてやろうと考えもしたのだが、なんだかんだ口厳しい火凛も授業でわからないところは懇切丁寧に教えてくれるし、自分たち以上の努力をしていることは知っている。加えて庶民に大きな顔をさせているのも癪に障ると、一緒に対策を考えることにしたようだ。
「そうですね…何もかも全部です!」
「はっ倒すわよ?!」
「ひっ!」
「…実際、二人いて手も足も出ないようじゃ本当に何もかもが足りてなかったのよね」
「一人と一人だったと思いますよ。連携もなく、ただ並んでいるだけでしたし」
「連携できていたとしても結果は変わらなかったと思うけれど」
「そうですね!」
「…。」
「スミマセン。そういえば今回の魔法莢って口頭起動の纏鎧と、接触起動の躑槍と障壁ですよね?庶民が走り回っている時は、障壁を展開していなかったので、あの躑槍は発動までに時間を要する可能性はありませんか?」
「あー、躑槍の見た目も火凛様のとは少し異なっていたようにも思えます。細くて、こう…鋭いと言いますか」
「貴方達しっかり見ているじゃない。なるほど、形状の変化や…誘導性?を付与するには時間が掛かるという可能性は念頭に置くべきね。ということは走っていたのは時間稼ぎということかしら、…あの最中に当てられてさえすれば、攻撃の妨害になった、と」
現状はどうしようもない事に変わりはないものの、何れの勝利に向けて少女たちは話を進める。
「どうせなら庶民にも声をかけませんか?敵の敵は味方、というわけではありませんが、情報の交換くらいには役立ちそうですし」
「ええ、アレと?」
「下島大吉はそれなりの成績だったと思いますよ」
(わたしより上だなんて言えないわ)
「そうね、気が重いけど声くらいかけてみるわ」
―――
教員室にて雲雀は取り寄せた百々代の情報に目を通す。
(年齢を詐称しているわけでも、特別な血筋をしているわけでもないとは。強いて言うなら魔法を学んでの歴が長いだけで、魔力質もまあまあ。迷宮管理局と三年の二人から迷宮攻略に同行したと聞いたけれども…)
年齢に対して実技の実力が頭一つどころでなく抜けている。その事に疑問を覚えて、情報を集めてみるも成果はなし。一二歳の段階で一年生終業程度の実力から首位することを推し進めた彼ですら、最近は疑問に思うほどの成長性だ。
「松本先生、ご苦労さま。…何に頭を抱えているので?」
顔を見せたのは魔法学の暁明。
「安茂里百々代の素性を探ってて、本当は年齢がいくつか上ではないか、と」
「ほほう、して結果は?」
「産婆や街医者の話では間違いなく。あの目蓋の奥には色の違う瞳が収まっている珍しい病持ち、四歳から魔法を学んでいるくらいさ」
「一日の長、と考えるべきか」
「だね。形状変化と軌道線調整を走りながら同時に熟す一年生なんて、僕が学舎に在籍していた頃も、教師になってからも初めてだよ」
「そんなことしてるのか…。迷宮に同行したなんて話を聞いた時は驚いたが、活発な娘なのだな。座学では真面目一辺倒の大人しい生徒だから意外だ」
「とんでもない事を出来るだけで、実技でも真面目で大人しいよ。実力は逸脱してるけどさ」
「然し、君が大騒ぎした時は驚いたが、実技首位にしておいてよかったな」
「そういうものだと思って接せられるけども…」
「卒業が楽しみだ」
教師たちは規格外な生徒の行先に思いを馳せる。
―――
勉学に勤しみ、冬が終わり春の中頃には年末試験が行われ、その結果を素に二年時の上位座が決められる。
第一座、安茂里百々代。その一文に本人以外の一年生驚きの表情を見せる。市井の出身ながら第一座に着いたという事実と、百点満点でしか測られず、同位点であれば家格順になるという仕組み上、年末試験で同位点三位だった彼女が上がれる理由はない。
まあ理由は簡単で実技の実力が飛び抜けすぎていたからなのだが。あの二人を相手取った模擬戦闘後、他の教師が見学に来た授業で百々代は一帆に難なく勝利している。
同じ魔法莢を使用する模擬戦闘という、百々代から枷を取っ払い、一帆に枷を強いる内容では当然といえば当然。
一帆も火凛も歯が立たない相手を第三座に置くことは、二人への侮辱にもなりかねないと、学舎長が許可を出し第一座を得たのだった。
「おめでとう百々代」
「えへへ、ありがとうございますっ!」
第二座となった一帆は楽しそうに彼女を称える。実力差は本人が一番理解しており、変に忖度されるより上に座っていられる方が追い抜き甲斐がある、と闘志を燃やす。
第三座は火凛、第五座に駿佑、第六座に杏。上位座の顔触れに変化はなく、順位が変動した程度、一帆派閥が圧倒的なのは相変わらずである。
さて、順位を抜かれた上に第三座に一つ落ちた火凛はといえば、非常に悔しそうな瞳を百々代へと向けている。市井出身の相手に負けた事実が悔しいのだろう、若干の涙目だ。
「か、火凛様!大丈夫です、あと三年もあるのですから追い抜けますよ!」
などなど、取り巻きちゃんたちが声をかけて火凛と百々代の間に壁を作り移動を促していく。
(なんというか…自分以上に悔しそうな感情を向けているのいると、自然と冷静になれるんだよな。……、年末休暇は得意と言える障壁を中心に鍛え、四年で決着をつけられるようにするか)
「安茂里百々代!」
「はいっ、なんでしょう、下島大吉様」
(また厄介なのが…、人気者だな)
「お前をこちらに取り込むのは諦めた。だが!あの敗北を俺は忘れん、覚えておけお前に勝利するのは者の顔をな!」
「はいっ!何時でもお待ちしています、挑戦をっ!」
伝えることは伝えたのか、ふんと鼻を鳴らしては市井出身の者らと共に大吉も去っていく。
「大人気ね、百々代」
「えへへ、学友と競い合い高め合う、(勇者みたいで)こんな楽しいことはありません!皆さんも来年から頑張りましょうねっ!」
ぐっと拳を掲げては満面の笑みを浮かべる百々代に、一同は小さく呆れながらも楽しげな返事を行う。
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