六話①
冬季休暇も終わり、久々の学舎に慣れてきた頃。魔法実技では対人模擬戦闘を行うことになっていた。
学舎からの卒業生には港防省に勤め、軍事官や警務官といった国防に努めるものもいる。そういった選択肢を示すためにも、授業の一環として対人模擬戦闘もあるのだ。
「戦う相手は実力の近い者同士の一対一。魔法莢はこちらで用意した、障壁、擲槍射撃、纏鎧を用いて戦い、纏鎧が全損するか降参した方の負けとなる」
学舎が貸し与える魔法莢を使うのは、とある生徒対して他生徒の歯が立たない可能性を考慮してのもの。同じ土台であれば、と。
「それじゃあ一帆さ」
「待ちなさい安茂里百々代!良い機会だから私と手合わせなさい」
「いいや、ここは俺と戦ってもらおうか」
グイグイと寄ってきたのは火凛と大吉。どちらも百々代に対して何かしらの感情を燃やす二人だ。
「一〇座にも入れていない庶民の貴方が挑んだところで結果は見えているのでなくて?私に譲るべきよ――」
きゃんきゃんと吠える二人を前に考え込む百々代。どう助け舟を出してやるかと一帆が考えていれば。
「松本雲雀先生、一対二でもいいですか?」
「ん?」
「お二人が模擬戦闘をしたいというので」
「学舎の魔法莢を使うという前提を忘れてないかい?」
「いいえ、学舎のでも十分対応できそうだなって」
「聞き捨てなりませんわ、第二座におまけが付いても勝てると?」
「悪いが、試験ではそれなりの順位にいたつもりなんだが?」
「わたしは多対一の、お二人は組んだ経験の少ない相手との組むいい練習になりそうだなって。それにそちらも学舎の魔法莢を使う同じ条件なんですよ?」
それらしい理由を口にしては、どうでしょう、と言わんばかりに二人へと雲雀へ視線を向ける。
「はぁ、わかったよ、全く…。どんな因縁があるかは知らないが、今回の勝ち負けにおいて特別な条件を課すことを禁止する。それが呑めるのであれば許可を出そう」
「はーい」「いいですわ」「いいだろう」
三人は準備を整えて演習場に立ち、一対二で向かい合う。
「良かったのかしら、一帆さん?」
「いいだろう、本人がやる気なのだから。それに一と一を合わせても二になるとは限らんからな、上にも下にも」
「あら、自分と百々代が合わされば一〇〇にでもなると言いたげですね」
「きっと結衣でも莉子でも、気のおける相手であれば百々代は良い数字になると思うがな」
「へぇ」
気楽に構える一帆と拳を握る他四人。そして多くの生徒の注目を集めては、模擬戦闘の火蓋が落とされる。
(とりあえず様子見かな)
纏鎧を起動し何時でも障壁を展開できるように、集中しながら相手の出方を窺っていれば擲槍射撃が飛んでくる。素手ででも殴りに行かない限りはこの戦闘での攻撃はこれに限られるというもので。
勢いこそあるが一帆の氷矢程の速度はなく、走り回り照準を狂わせて無くとも軌道を読んで躱せる程度。必要最低限の障壁を展開しては受け止めていく。
(じゃあこっちも。へえ、学舎品って扱いやすいなぁ、購入とかってできるのかな)
先ずは一撃、大吉へと向かった擲槍は咄嗟の障壁を砕き、貫通までして纏鎧へ損傷を与える。
「ッ?!」
「何やってるのよ!擲槍に対して障壁を広げすぎよ!しっかりなさい!」
「煩い!学舎のは使い難いんだよ!」
あくまで三人とも同じ魔法莢を使用して結果が違うのかといえば、大吉は障壁精度が甘く、障壁張られるという大前提で一帆の障壁が抜ける程度に擲槍の形状変化を行っていた。
擲槍おいて一日の長があり、障壁にも理解がある百々代にとって制限にはなり得ない。
(…やっぱ、一帆様以外と戦うのは気が引けちゃうなぁ)
さっさと終わらせようと、障壁による防御を捨て去り百々代は駆け出す。
肉体強化がない以上、一定の動きをすれば偏差で撃ち抜かれることは目に見えているため変則的に向きを変え、常に二人を視界で捉えながら距離を詰める。
「なんで当たらないのよ!くっ」
至近距離、障壁を厚く構えなければ敗北は確実だが、守りに徹してしまえば返す手札がなくなる。
射線上に厚い障壁を展開した二人は、明後日の方へと飛んでいく擲槍を目にし、血の気が引いていく。
何故ならば、その擲槍射撃は弧を描き障壁を迂回するように自身らに向いているからだ。慌て二枚目を展開するも、多くの魔力を目の前の障壁を維持するので手一杯。
二人は纏鎧を砕かれ敗北することとなった。
二本を同時展開し貫通できるようにするための形状変化、そして軌道調整。走りながらでこれだけの事を行える一年生は彼女くらいなもので、変化に長ける一帆も舌を巻いていた。
そもそも百々代の魔法莢は自身のお小遣いで購入した物を改造するか、そのまま使用するかしており「高価で高品質な魔法莢を使っていたから強い」のではなく「安価な品を自作と改造で水準を引き上げていた」に過ぎない。
それを同じ土台に上げてしまったのだからこうもなろう。
(俺と対峙することを前提に擲槍の形状変化と軌道調整。学舎の貸し与える魔法莢に誘導性なんてなかったはずだから、…軌道は人力。眼の前の障壁を迂回する対象へ向ければ正面から撃ち込まれ、近づかせた段階で負けてただろう。…、楽しくてしょうがないな!)
自身への対策を大きく盛り込まれた戦い方を目にし、一帆はどうやれば百々代に一泡吹かせられるかを考えていく。
「お疲れ様でしたっ」
「今回“は”負けました。ですが試験では覚えておきなさい、貴方をこの学舎から追っ払って上げますわ」
「…。…こちらに組みしていないのが本当に惜しいな、貴族の犬め」
各々反省点があるようで、自身らの派閥へ戻っては考え事をする。そう、二人もどうやったら百々代を出し抜けるかと。
その後は一年生の身の丈に合った模擬戦闘が繰り広げられたのだった。
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