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五話⑫

「大丈夫か百々代?!」

 血相を変えて駆け寄った一帆は、だらしない相貌の百々代(ももよ)を見て胸を撫で下ろす。

「えへへ、一帆かずほ様も上市場かみいちば様もかっこよかったです!こういうのを眼福っていうんですね、身体の痛みなんて吹き飛んじゃいましたっ」

「はぁ、無事なら何でもいいや。誰か安茂里に回復の魔法かけてやれ、俺と薫にもな」

 身体を起こした百々代の隣に座り込み回復を待つ直弼なおすけは、首の落ちた王太鼠の死骸に視線を戻す。


「上市場殿、今回の王太鼠は魔法を使っていたようにも見え、文献とも大きく異なるのですが、本来はこういう生き物なのですか?これは魔獣だと、そう書かれていましたが」

「俺にも分かんねえ。初めてだぜ、こんなん」

「そうですか。百々代、硬化と治癒に関する触媒で、王太鼠から採取出来る素材はあるか?」

「ないんじゃないですか?あったらここは資源迷宮ですよ、硬化は兎も角治癒は値の張るものが主なんで」

 秋桜街の森林迷宮はありきたりな森林迷宮の一つ。樹木を主とした迷宮資源こそ採取出来るが、別段珍しいものは多くなく玉髄山椒ぎょくずいさんしょうは珍しい部類で頻繁に入手できるわけでもなく、探し回って採取する程の利もない。


「解体して事情と共に魔法莢研究局に送ったほうがいいかもしれませんねっ。今までは確認できていなかっただけで、どこかしらの部位が対応しているかもしれません」

「王太鼠なんて云百年も駆除してきた相手で、確認されてないなら本来はないはずだが…まあ莢研に送りつけてみるか。骨、歯、表皮、胆、石類か。骨が折れそうだ」

「じゃあ俺らでやっとくんで、直弼さんは若手二人連れて宝物殿に行ってくださいな。せっかくですし」

「それもそうだな。よし、篠ノ井と安茂里は俺について来い、宝物殿漁るぞ。大したもんはないだろうがな」

「はいっ」「承知しました」

 元気溌剌、完全回復した百々代は元気に立ち上がる。


―――


 宝物殿の虚へと足を進めている最中、直弼はバツの悪そうな表情で頭を掻く。


「あー、なんだ。いい大人ってのは、ガキの無茶を叱ってやんないといけないんだろうが…俺はそういうのが苦手でな。まあ…なんだ、あんま無茶しないようにな安茂里、よく頑張った大助かりだったぜ」

 困り眉の彼はくしゃりと笑っては百々代に小さな忠告をして、働きを労う。

「はいっ!わたしは実力を過信していた部分がありますので、今後は更なる進歩へ鍛錬と勉学に励もうと思いますっ!」

「篠ノ井、お前さんは本当に良くやった。それと安茂里の事をしっかり見ててやれよ、いい組み合わせなんだって薫から聞いてるからよ」

「期待しててくれていいですよ。少しすれば私達の名前を聞くことになると思うので」

 現職の探索者に褒められたことが嬉しいようで、一帆は自信満々な笑顔で胸を張る。

「眩しいねえ、追い抜かれんのは時間の問題だろうな。さてと、お待ちかねの宝物殿だ。さっきも言ったが大したもんは出ないと思った方が落胆は小さくなるぜ」


 樹の虚へ踏み入ると足元にはゴロゴロと転がる石、石、石。

「石っころか…」

 期待の敷居を下げていたのにも関わらず、それを下回る光景に一帆は徒労感に支配される。

 そんな石を拾い上げた百々代は、一つを拾い上げて青い瞳で観察し、所々にくすんだ金属が露出していること発見。

「これ導銀鉱石ですね、導銀が混じってる石ころとも言いますが」

「どっちにしろハズレってこった。記念に持ち帰ってもいいぜ、大した価値もねえからな」

「じゃあ記念に」「そうだな」

(なんかこうして石漁りしてると前世をおもいだすなぁ、食べやすいように金の瞳で小さく砕いて。あの頃は味覚が無かったけど、石とか木とかって味したのかな?)

 ご機嫌な百々代は石を拾い、観察しては形が良いものを探していく。記念品なのだから見てくれが良い方が映える、そんな感覚なのだろう。

 直ぐに決めた一帆や関心のない直弼は、楽しそうにしている百々代を微笑ましく思いながら休息を取る。


「なあ篠ノ井の、お前さんはなんで迷宮管理局なんて目指すんだ?」

 高位貴族の御子息。領主家の長子であれば家を継ぎ次期領主になるのが無難ではないか、そんな意味合いの籠もった問いかけに、面倒臭そうな瞳を向けて口を開く。

姨捨おばすて古永ふるながに憧れてる、自分の活躍で篠ノ井一帆の名を示したい、その二つですよ」

(家の事、領地の事なんてやりたがってる英二えいじに任せとけばいい。劣等感を感じてるようだが、俺よりも才能もあるしな。…腐るようなら知らんが)

「へえ、そういうね。まあ多いぜ、姨捨古永に憧れてって奴はさ。俺も切っ掛けは同じだ、姨捨叙事詩(じょじし)がこんな襤褸ぼろになる迄読むくらいにはな」

 懐から取り出されたのは襤褸本。何度も読み返した結果か文字は掠れ、頁の端々は欠けているが、手入れはされている風のそれ。


「頑張んな、期待してるぜ。あーい、安茂里そろそろ良いの見つかったか?」

「ちょっと待ってくださいっ!小さな虚の先に何かあるみたいで!」

「おっ、迷宮遺物か。目が良いとは思ってたが上出来だ、取れそうか?」

「もうすこし…っ!取れました!」

 虚の奥から取り出されたのは、紐で封をされた木箱。持ち上げてみるも重量感はないが、何かしらが入っていることは確かだ。

「へへ、明るいところで開封してみようぜ。丁寧に梱包されてる遺物を開ける時が一番心躍るんだ」

 紐を解き、蓋を持ち上げると綿を緩衝材にされた、円柱状の陶器の杯が納まっていた。持ち上げてみれば、表面には百港国で使われている文字でなく、意味不明な文字列が書き込まれており、独特の雰囲気を直弼と一帆は感じ取る。


「流れ物か?ふむ、何かしらの入れ物だろうか?」

「底はあるが筒状で表面には文字、異国の魔法陣では?」

「有り得る。安茂里はどう見る?」

「へっ?!えっと、どうでしょう。ちょっとわかんないですねっ」

 ビクリと肩を震わせ、顔を反らしておりなんとも挙動不審。


(これって前世の人たちが、魚を生で食べるお店の杯じゃない?!書いてある文字も…多分魚の名前だし!)

 百々代、いやローカローカには心当たりが多くあった。味覚のない当時、食事には関心が無かったが、人の生活を模してみる試みとして人気料理店に足を運んだ事があり、その場にあったのだ。

 人に化けていようが機能を模倣することは出来なく、何を食べても活動の糧とすること可能だったローカローカに味蕾という機関は無く「柔らかいだけで小さい何か」程度の感想だった。


「こ、こういう変な品は良く見つかるんですか?」

「そこそこだな。大体は遠い異国の品だって結論付けられて、流れ物の競売にかけられることになる。こいつはなんかあるかもしんねえが」

(百々代が興味を示さない?何かしらの知っている可能性があるな、後で聞いてみるか)

(サシミバー24/7、そんな名前だったんだ…)

 縁のある物品に驚きながらも、もしかしたらと故郷の人が作りし品に期待する。


―――


「それで迷宮攻略を終えて、お土産まで貰って帰ってきたと。まったく貴方達は…、はぁ…もう怒る気にもなれないわ。おかえりなさい、無事で良かったわ」

「ご心配おかけしましたっ。迷宮の首魁も倒し終わり秋桜街が魔獣に襲われることはありませんよ」

「救護や避難を任せっきりにして悪かった。そっちはどうだったんだ?」


 西条にしじょう家の別荘にて一帆と百々代は、腰を落ち着けながら四人の話を聞く。

 迷宮管理局の対応が良かったため死傷者はなし、街にはそれなりに損害があるものの軽微なもので、迷宮氾濫被害としてみれば万歳をして喜べるほどのものだったという。逃げる最中に怪我をした街人も、四人が尽力をしたので治療も終わり、迷宮への攻略が始まると同時に避難所から皆帰還していったのだ。

 白秋桜しろこすもす伯爵はくしゃく西条家のお嬢様が先頭に立って、あれやこれやと指示を飛ばし、回復の魔法にて治療をした活躍は大いに語られているのだとか。


「そっちも上手くやったのだな、ご苦労様。滞在期間は残り少なくなってしまったが、ゆっくりと疲れを癒そうじゃないか」

「そうね、鶏冠を立てていても良いことはないわ。さあ遊ぶわよ!」

「「おー!」」

 一帆らは少ない日数を遊び倒すのであった。

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