五話③
飛来する氷の矢を最低限の動きで躱し、百々代は動き出す。
湖の畔で模擬戦闘をおっ始めているのは、言うまでもなく一帆と百々代で。
(躱されるか。躱したなら次の行動は)
浜の砂を零距離擲槍で散らし、爆発的な加速で纏鎧の人型戦車は駆け出した。
「来い、佩氷」
言葉に反応して一帆の指にはまった指輪がキラリと輝き、その手には透き通った氷のような、細く短い杖が握られており、二度三度と振れば二人の広がる地面に障壁が広がっていく。
(足元に障壁?攻性の防御魔法かな)
空中で危険を察知した百々代は足を止めては、広がる障壁から逃れるために飛び退り、足元に転がる小石を蹴り上げる。コツンと障壁に当たったそれは、表面に霜が這い凍結していく。
(やっぱり。)
ならばと左手を帯革に佩いた魔法莢に接触させて右手を振るい、擲槍射撃にて一帆の腕部、頭部を狙う。
杖を振るい新たに障壁を生み出しては凍て砕き、氷矢にて反撃を行っていく。
(ッ!対人は気が引けるなんて言ってたが容赦がないな)
(あの迷宮遺物は、なにかしらの条件で氷の属性を追加する能力があるって見るべき。そして月の涙杖で氷の適性と副次効果の凍結を連鎖反応させてるんだ、最ッ高!)
障壁を踏まないよう走りながら弾幕の合間に擲槍を捩じ込み、激しい攻防が始まった。
「「「…。」」」
遠目に実技首位と次位の模擬戦闘を眺めている者らは言葉を失っていた。
「か、川中島さんは百々代に格闘術を教えたと伺いましたが…」
「いやぁ…いやぁ?心当たりがないって事でいいですかね?」
「ですよねー」
「今更だけど百々代ちゃんって実技首位だったんだなって思わされたよ。擲槍の頻度と精度がエグいよ、取りに行ってるじゃん完全に」
迷宮実技だと前衛に就いて、敵が後ろに届かないよう防いでいる防壁のような立ち位置なのだが、それは魔法攻撃の難があるからではなく、自分に、そして周囲に合った戦い方をしているだけで、授業範囲の魔法は満遍なく高水準である。
(距離を、とれば優位性を確保できるかと思ったが。攻防を同時に熟すのは)
攻撃の手を止めて守りに専念すれば、完全に勝ちの目を失うことになり、防御を捨て去る事は敗北に直結する。対して百々代の防御は常時展開型であり、足を動かし続けている限りは被弾も大幅に抑えられ、攻撃に多くの意識を向けることができる為、摩耗する精神の比が大きく異なるのだ。
零距離擲槍にて大きく宙に吹き飛び、青い瞳で狙いを定める。
(突っ込む気か!だが擲槍移動は左手を握り込む構えが条件の一つ、そして擲槍射撃は左側の魔法莢への接触起動、同時にはつかえまい)
百々代と擲槍、どちらの射線も隔てられる障壁を張る事で、一帆は次の攻撃点を探る。
(甘いねッ!零距離擲槍射撃からの)
「飛、手甲ッ!この距離なら――」
右の拳を突き出したまま障壁を飛び越えるように上へ吹き飛び、起動句を叫ぶ事で一帆の直上から腕を覆う纏鎧が吹き飛んでいく。
「はァ?!」
「――ブチ抜ける!!」
攻撃の手筈を全て投げ捨てて、奥の手たる三重障壁。未知数である攻撃魔法に対する最大の警戒と備え。
「えへへ、悪いねっ」
にへらと笑った百々代は身体を縮めて防御態勢を固め、飛手甲が爆発し三重障壁を砕いた上で一帆を吹き飛ばしたのだ。
―――
「痛たぁ…、纏鎧込みでも全然痛いよ」
爆風で明後日の方向へ吹き飛んだ百々代は、木の枝葉を緩衝材に勢いを殺し大木の枝に引っかかっていた。
(まあ軽い打撲はあってもその程度、威力を制限しといてよかった。棘鹿角は爆発性の魔法と相性が良いって話は本当だったね、最大出力だったら流石に拙かったかも)
「よいしょっと」
(とりあえず戻らなくちゃ、怒られるだろうなぁ)
身体を動かし問題がないかを確かめてから、百々代は湖畔へと走り出す。
―――
「三重障壁使って纏鎧全損。意味わからん。実は暗殺を試みてたりしないか百々代」
湖畔の砂浜にて一帆は空を見上げながら沁沁と敗北感を受け入れる。自身に有利な場を作り防御に関しては上手く行っていたが、攻撃に関しては有効足り得る瞬間は無く、最後の魔法で自慢の防御も全て吹き飛ばされた。大敗、良くて百々代の自爆による引き分け。
(最後のアレを抜きにしても、こっちはジリ貧の状態。攻防を両立するのは魔力や魔法の操作よりも、状況把握と最善手を模索する思考への負荷が課題だろう。…まあ、一対一で戦う事を避けろという話ではあるが、それはそれこれはこれ。接触起動では迷宮遺物を両手で扱えないから、氷矢を杖を振ることによる一次条件起動に変えたが…両手で別の杖を振りながら魔法を使い続けるのは草臥れる。簡単な起動句による口頭起動へ変更するべきか)
先の模擬戦闘で得られた発想を種に改善点を模索していく。
「一帆様!大丈夫ですか!?今治癒をしますので!」
観戦していた結衣たちは足早に掛けより回復魔法での治癒を行っていく。纏鎧こそ全損しているものの、身体への影響は多くなく三重障壁は間違いなく役に立っていた。
「百々代は何処に?」
「わかりません、森の方へ吹き飛んでったのは見えたのですが」
「なら少しの間待ってみて、姿を現さなかったら捜索に出るぞ」
「「畏まりました」」
「外側から見ていた皆に問いたいのだが、…よいしょっと、俺に万に一つも勝ち目は有ったと思うか?」
「最後の抜きにしても無いですね。魔法で自身に有効な空間を作り出したのは面白いと思いましたが、完全に戦闘の手綱を握られてましたから、時間の問題ってやつです」
薫は一同が言い難そうな言葉をつらつらと吐き出し一帆に浴びせる。
「お前がそういうのならそうなんだろうな。わかってはいたが現実として突きつけられると堪えるものがある…あー、悔しい」
人生で始めての壁にぶつかった彼は、顔を顰めながら曖昧に笑っていた。
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