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終話

「ここは…何処だ?」

 とある海岸にて一匹の魔物が流れ着く。そう、腕を切り落とされ蜂の巣にされたチャーである。

 彼は腕以外再生しきった身体で、力なく起き上がり周囲を探ってみると、場所は金木犀きんもくせい領にある海岸の何処か。…彼自身では判別できないことであるのだが。

(おい、フーリ。そっちの状況はどうなっている……、返答がない?殺られてしまったのか…?いや、集中しているのだろう。なんだかんだいってフーリは俺以上に優秀な力を持つ、…本来であれば親父の後継なれた奴だ)

 振り返り海上に目を向ければ、いくつもの大陸国連合の船が煙を立ち上らせて炎上しており、隊列と陣は滅茶苦茶。海を漂いどれ程の時間が経ったかは不明だが、遠目に見ても大陸国連合の敗戦濃厚な状態だ。

(負けたのか。此処でも)

「クソ…、――ッ!」

 項垂うなだれたチャーは自身の腹が裂けては血が吹き出す瞬間を目の当たりにして、何が起きたのか困惑頻りに首を動かすも、両手足、そして首をも落とされて血溜まりの中に沈んでいく。

「あー…この魔物か魔獣は、あれか。百々代んところから情報が回ってきたっていう…。…見た目も一致するな」

「も…、もよ?」

「喉裂いているのに未だ喋るかよ。あー…面倒な」

 店番は不可視の斬撃でチャーを処理することを優先し、木っ端微塵に解体していっては諜問官の仲間を呼び、痕跡を消していく。

「いいんですか兄貴、情報を引き出さなくて」

「あの状況なら困らないだろ…」

「それもそうですね」

 百港歴八八五年の待冬季。天糸瓜島東沖の八八五戦役及び天糸瓜大魔宮の大魔宮崩壊事変は、その強烈な出来事は百港国民の記憶に強く残り、長い時を語られていく。その立役者と共に。


 さあ、その立役者だが。

「いやぁ、お世話になりました。連戦続きの疲労困憊ひろうこんぱいで戦いが終わった安堵、とでもいうのでしょうか。安心しきったら意識がとんじゃいましてっ」

 呑気に医務官へ事情を説明していく。

 大勇魚おおいさなの件は篠ノ井隊が口裏を合わせて、「よくわからないが戦闘中に現れて、千生龍せんしょうりゅうの一体を撃破。そして篠ノ井隊に協力する形で共に万死龍を倒した」なんていう荒唐無稽こうとうむけいな事を全員が話すものだから、「迷宮、いや大魔宮だしそういうこともあるか」と話半分に飲み込んでいく。…本当の事を言われる方が困惑するだろうから、こういったでっち上げ話しの方が他人みんなの為でもある。

 その原因たる百々代(ももよ)だが、彼女の左眼は使いすぎた影響か金色の綺麗であった瞳は色を失い真っ白に変色し、細視遠望の青以外の力は全て失われてしまった。視力は元と同じ程度備わっており、今まで通り活動できるとのこと。

「今回は力を使いすぎてたし、その反動なんでしょっ。まあでも、前世の力が殆ど失われてもさ、篠ノ井隊(みんな)がいるならこれからだってなんとかなると思うんだよねっ」

「はぁ…、こういうところなんだよなぁ」「ああ、非常にわかる」「わかりますわ…」

 彼女の周囲にいる者は、その毒気の無さに惹かれて「敵わないな」と呆れていく。


―――


 百港歴九〇六年の清夏季、天糸瓜へちま学舎にて新任の教師が着任することとなる。

「初めまして生徒の皆さん。わたしは本日から魔法莢学の教師を務めることとなる、金木犀伯爵家の篠ノ井百々代と申します」

 金木犀伯爵家の篠ノ井百々代。その名を聞けば天糸瓜島で知らないものはない英雄の一人、『小雷龍』の百々代だと生徒たちは口々に囁く。

「あはは…、未だにその通り名には慣れておらず、少しばかり赤面してしまいそうですが、数年前まで巡回官をしており教師としては素人ひよっこに過ぎません。至らぬ点も多くあるとは思いますが、その度にご指摘をいただければ教師としての糧にできると思いますので遠慮なくお願いします」

「篠ノ井百々代様に質問があります!」

 全生徒が集っている中、一人の生徒が立ち上がり質問を行う。

「はい、どうぞ」

「百戦錬磨の英豪たる篠ノ井百々代様です、魔法実技を受け持つのではないのでしょうか?」

「ひゃ、百戦錬磨の英豪…、其実そのじつわたしは、魔法莢研究局局員と黒姫工房の魔法莢開発室も兼任してまして、常駐は出来ません。なので数日に一度だけ、三年生と四年生が学ぶ魔法莢学を教えに足を運ぶ形になったのです。…前学舎長からどうしても教師をしてほしいと頼まれてしまいましたし、教鞭を執り誰かを導く先生という立場にも憧れがありましたから、この天糸瓜魔法学舎に着任する覚悟を固めたというところだったりします。…そんな理由わけで魔法実技の教師ではなく、魔法莢学の一教師として接してもらえると非常に助かります」

「ご回答ありがとうございました」

 にこりと微笑んでは現学舎長へ視線を向ければ、少し考えて頷きが返ってくる。

「では許可もおりましたので、皆さんから質問を受け付けます。なにかありますか―――」

 こうして百々代の着任発表の場は、今までに無いほど賑やかな会となり、生徒と教師たちの心を幾ばくか掴んだのである。


―――


「それでは行こうか、真帆まほ

「はいっ!」

「まさか真帆が旅に付いてくるとは思わなかった」

 利市りいち理愛りあが可愛がる真帆という娘は、篠ノ井真帆といい百々代と一帆の間に産まれた長女である。元気活発であちらこちらで騒動を引き起こす、問題児として扱われたりしているのだが。昨年に学舎を卒業し一九歳となった今、百港国の全土を巡って旅をしようという二人に付いて、自身の見聞を深めたいとのこと。

「百々代さんと一帆さん、颯さんには挨拶してきたのかい?」

「うんっ、大丈夫!年一くらいで顔を見せろって釘は刺されたけどねっ!見てこれ便利そうな魔法莢と路銀をくれたんだっ!」

「なら年一で戻ってこないといけないね。…いや、一帆さんも迷宮管理局副局長に就任してから忙しそうだし、細々と帰ってきたほうがいいかな」

「落ち着いた風して子どもたちへの溺愛っぷりは凄いもんね、一帆さん」

「私もわからなくないけどね」

「うん。皆の元気な顔を見たいから、適度に戻ってこようね」

 利市と理愛が会話をしていれば、落ち着きのない真帆が二人の手を引いて、莢動車へと向かわせる。

「さあさあ出発しようよ!」

「急がない急がない、旅っていうのは急いだところで疲れてしまうだけだから」

「そうそう、ゆっくり風景でも眺めながらじゃないと気疲れしちゃうよ」

 二人は赤子の頃から見知った真帆を我が子の如く可愛がり、莢動車で天糸瓜港を旅立つ。


―――


「…きっつ。追風は駄目、覆成氷花も…逝ってる、雷纏鎧までも破損しているとは…流石焦雷龍、ね」

 荒野に一人座り込む五〇代の女は長野陽茉梨。現在最年長の現役巡回官で、先程まで焦雷龍との戦闘を行っていた。

 十数年前に一帆が年齢を理由に引退を告げ、良い機会だと篠ノ井隊が解散された後も彼女は一人で巡回官として迷宮へ潜っていたのだが、三〇年以上の昔に天糸瓜大魔宮で見かけた希少龍を目にした途端、攻撃を仕掛けたのだ。

(勝てるとは思っていなかった。けれど、百々代さんを瀕死に追いやり、千生龍を丸焦げにした大技を引き出すことも出来ないとは思わなかったわ…)

 じゃれつく子猫の相手をするが如く、殺し合いとは程遠い簡単な攻撃のみで纏鎧を砕かれ、陽茉梨からの攻撃が届くこともなく、あっという間もなく敗北をしたのである。

(折角の大事な希少龍素材を用いた魔法莢、はぁ…これで私も、引退。…「魔法を使って敵を討つ」、百々代さんたちの前で吐き出した大口を、よくもまあここまで熟せたものよねぇ)

「だ、大丈夫ですか、長野巡回官」

「問題ないわ、私相手じゃ物足りなかったみたいで、さっさと帰ってしまったから」

 様子を見に来た防衛官の手を借りて立ち上がった陽茉梨は、衣服の汚れを軽く叩いて落とし、迷宮の空を見上げて溜息を吐き出す。

「引退したら何をしようかしら」

「引退、なさるのですか?」

「年齢的に考えれば孫がいても可笑しくない年齢よ。今回の敗北が切っ掛けになったわ」

「そうですか…。自分が生まれるよりも前から巡回官をなさっていた偉大な方なので、少し寂しく思ってしまいますね」

「え、そんなに若いの?」

「昨年赴任したばかりでして」

「活性化なんかも知らないのね…、いや、あれもまあ二〇と数年前に収まったのだけども」

「一応学舎の授業では聞いたりしましたが、『小雷龍』の篠ノ井百々代様や大魔宮崩壊事変等々」

「はぁ…、引退して百々代さんのところにでも遊びに行こうかしらね。そろそろ初孫が産まれるって話だし」

「今まで天糸瓜の為ありがとうございました、長野巡回官」

「ふふっ、どういたしまして。それじゃあ後のことはよろしくお願いするわ、首魁も倒してあるから」

 ご機嫌な陽茉梨は迷宮外へと出ていっては、そそくさと荷物を纏めて天糸瓜港へと莢動車を走らせる。


―――


「…。」

 朧気な視界の中、赤子は鳴き声も上げずに周囲へ視線を向ける。然し赤子の視力とは非常に低いもので、目を細めようが何をしようが何も理解することはできない。

「皇妃様っ!お子様ががお産まれになりましたよ!」

「…、見せて、くれるかしら?」

「どうぞ、こちらにいらっしゃいますよ」

「…。」

「…。赤ちゃんとは、生まれると同時に泣くものだと教わっていたのですが…、無事なのでしょうか?」

「うー」

(なんか聞こえるかも。もしかして利市とかが言ってた転生って本当だったんだ)

 この赤子は蘢佳、いや百々代を省いたローカローカの生まれ変わり。百々代と一帆の没後も篠ノ井家の一員として彼女たちの曾孫辺りまで面倒を見ていた蘢佳だったが、成形体が徐々に崩壊を始めて再使用を出来る者も居らず、“家族”に見送られる形で自身を解除したのが先程までの記憶。

「龍皇陛下!お子様がお産まれになりましたよ!こちらです!」

「おお、おお!私にもよく見せておくれ…」

「黄色と銀の、左右で異なる瞳。これは神話の英傑を彷彿とさせる縁起の良い子だ…、苦境に立たされたこの国を善い方へ導いてくれるやもしれん」

「ええ、ええ、吉兆の証ですよ、第一皇子は!」

 こうして何処かの世界、何処かの国で蘢佳は新たな名を受け新たな人生を歩んでいく。

本話で完結となります、ここまでの御高読ありがとうございました!

それではまた何処かでお会いしましょう。


誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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