三〇話⑧
大魔宮が崩壊する光景を目にした篠ノ井隊は、万死龍を如何にして止めるかを模索するのだが、あそこまで行くと最早人の身でどうこうなる相手ではない。とはいえ、諦めることは出来ない。
「中身がフーリと考えるとそうそう簡単には倒せないだろうな」
「私の魔法で仕留めきれなかったのが痛いね…」
「過去を悔やんでも今は変わらん。さっさと片付ける必要があるが、…あの気まぐれ龍は何処かへ消えてしまったから利用もできん。なんだったんだよ、焦雷龍は…」
「百々代さんを救ってくれた恩人、いや恩龍とでも考えましょう、か?」
「然し…どうしましょうか。大魔宮が穴だらけで…沙漠階層まで到達してますわ…」
現在の大魔宮は一〇階層付近から四七階層まで吹き抜け状態。走って追いかけるには遠すぎて、百々代の力で飛んだところで一人きりでは厳しい戦いになるだろう。
(百々代に迷宮遺物と魔法莢を集結させ重武装化、…したところで出来ることに限りがあるから下手に物をもたせるのは悪手だろう)
一帆が百々代へ視線を移せば、焦雷龍の唾液を払っており、やや呑気している姿。身体の匂いを嗅いでは、険しい顔を見せていた。
「ふぅー、それじゃあ飛ぼうか皆っ!」
「皆で?どういう事だ」
「わたしには沢山の瞳の力があるでしょ。その内の二つを同時に利用すればさ、皆ごと飛べる筈なんだよね」
「変えられるのは左眼のみで、青い瞳は固定だったはずだが」
「だから、増っしゃおうかなって」
「なるほどね、逆にすると」
「そ」
「「「?」」」
百々代と蘢佳は理解し合っているようだが、非ローカローカの面々は頭に疑問符を浮かべている。
「一人より二人のほうが上手くいきそうだし、力を貸して蘢佳」
「バレ、力になれるかはわかんないけどね。…それじゃ誰か荷物預かっといてよ。解除」
魔法莢と迷宮遺物二つを地面に置いた蘢佳は、自身の成形体解除して百々代に戻っていく。
(なんとでもなるかな、百々代と手前なら)
「アレ?蘢佳の声が聞こえる」
(ホント?お〜い)
「うん、聞こえる聞こえるっ。よし、なんか調子良いし行こうか!!」
百々代は左眼を銀の瞳へと変えて、化ける姿を思い描いていく。
(前に百々代が使ってた時は真鍮色の勇魚だったよ。日輪を背負ったやつ)
「今回もそれで行こっか、目を増やしてさ!」
銀の瞳が輝いては百々代の姿が変容していく。大きさは一五間、姿は日輪を背負いし真鍮の勇魚、前回と異なるのは目が八つ並んでいることであろうか。青金緑黒銀黄赤紫、計八つの瞳が揃い踏みで黄色の瞳を輝かせては、ふわり浮かび上がる。
(いけたいけた!よし、皆を回収して、おお?)
「うお、なんだ!?」
「わわっ、身体が浮かんで百々代さんに引き寄せられていますわ」
そんなことをした覚えはないのだが、篠ノ井隊の面々が身体が浮かび上がっては百々代に引き寄せられて、最終的には吸収されてしまったのである。
「あれ?皆大丈夫?」
「なんか、見覚えのある空間だ…」
何も無い空間に空間に百々代と蘢佳を除く五人は漂っており、姿勢を直しては口を開く。
「廃迷宮の時に巨大な武王作ったろう?アレと同じような場所出来上がっている」
「なるほどね。上に乗せるより安全だし、落しちゃう心配もないから万々歳だよっ。皆、捕まっててね、飛ばすから!」
大勇魚と化した百々代は雷纏鎧を展開しては、零距離擲槍を使用して勢いよく吹き飛んでいく。
「前回もだが!どこに捕まればいいんだ!?」
「うおあっ!」「きゃああ!」
「手前の方で銀の瞳の力を使って、内部の調整が…、出来た!」
しっちゃかめっちゃになっている五人が無事に姿勢を維持できるよう、しっかりとした空間を作り上げて、成形獣の視覚同調の要領で彼らに外の様子を共有する。
「助かったぞ、蘢佳…」
「…大変そうだったし。」
「何が何やら、自分には理解が及ばないのですが」
「…、誰も理解してないだろうから、迷宮とは不思議なことが起こる場所、とだけ考えればいいさ」
「無関係ですけれどね、迷宮も大魔宮も」
「いやぁ、世界は広いね、理愛」
「そうね!」
利市と理愛は完全に思考を放棄して、そういうものだと受け止めていく。そういうものでもないのだが。
「アレって地上!?こうなったら一気にいくよ!!」
光線により破壊された大魔宮。その空には大穴が開いて、雪の舞っている鼠色の空模様が広がっているではないか。大急ぎで擲槍を連打した百々代は、最早生き物の速度を超えて大魔宮内を突き進み、外へと出た万死龍へ追突したのである。
―――
「ふぅ…、毎日毎日よくもまあこんなに雪が降るものだ」
「今日もお疲れ様です颯さん。おらほの出身地でもさっちら雪降ったらしく、毎日雪ばっか掻いて親父が屋根から落ったなんて手紙が届きまして」
「父親は無事だったのか?」
「雪ん中落って、偶然にもお隣さんが目撃してたから大事なく」
「それは良かった。雪下ろしの最中に雪に埋もれて行方不明なんて聞く話だからな」
「颯さんも気をつけてください」
霞草街で働く職員と会話をしつつ、颯は除雪作業を再開し馬車や莢動車が通れるだけの道を整備していけば、幾人から声を掛けられては時折手伝いもしてくれる。
「おーい、颯ちゃんや、生姜湯くれるからこっちおいで」
「ああ、助かるよ」
もこもこと魔法で着膨れした颯はのそのそと軒下へ向かっていき、差し出された生姜湯を飲むために一旦魔法を解除した。
「颯ちゃんって雪掻き以外にも何してるの、省局に務める人なんでしょ?」
「不足している魔法莢の制作をしている。クク、こう見えても魔法莢研究局の職員兼黒姫工房の工房長もしている」
「へぇ、お偉いさんなのね、驚いた」
なんて話しをしながら雑談に興じていれば、ぐらぐらと地面が揺れて。
「地震か!?建物から離れたほうがいいぞ!」
「そうね!」
急ぎで魔法を再起動し軒下から飛び出せば、大魔宮の迷宮門がある地点から光の柱が天を突き、巨大な六肢龍が飛び出てきたのである。
「なんだ、あの龍。千生龍とかいうのか?どうして―――」
疑問を口にしていれば大穴から真鍮色の大勇魚が飛び出し、万死龍へと追突。空高く押し上げていった。
「真鍮の勇魚、」
(百々代くんか?!なにがどうなっている)
昔話として語られる災厄の龍、そして信仰の対象たる日輪背負う大勇魚が飛び出したことで霞草街は、大混乱に見舞われる。
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