三〇話⑦
「!百々代め、この土壇場で意識を!?」
意識の消失と共に雷纏鎧を始めとする魔法の類は消え去っており、百万雷いや地面との衝突ですら大事になりかねない。とはいえ、今まさに放電を開始する場所に飛び込める者もいるはずがなく。加えて首へ猛攻を受けた千生龍は、憎き百々代へ前脚を向けて攻撃を加えようとしている。
万事休すとはこのことか。
「は?」
忸怩たる思いをしていれば、百々代が蛙のような六本脚の大蜥蜴にパクリと食べられてしまった。
そう、それは全身に樹形模様が浮かび上がった丸い鱗を有し、過去に百々代を瀕死に追いやった相手である。怒り千万、覆成氷花を起動しようとした一帆だが、様子のおかしい彼の龍を見て手を止める。
千生龍の攻撃を受けても、首が爆ぜる時に発せられる雷を受けてもビクリとも動かなかった焦雷龍は、姿勢を低くして口に含んでいた百々代を地面に下ろしたのである。…、唾液塗れではあるが、外傷はなく全く全体無事な姿で。
「…」
これといって鳴き声を出すわけでもなく、ただじっと見つめては呼吸をしていることを確認し、焦雷龍はもう一匹の千生龍へと向きを変えた。
「グォオオ!!」
何に触発されたのか千生龍は利市と理愛の相手を放棄して、高く飛び上がり光線を吐き出さんと息を溜め始め。焦雷龍も全身に雷を纏っては鱗を逆立てる。
「利市、理愛!全力の退避!!!勝永は百々代の回収を急げ!!」
一帆は知っている。焦雷龍の攻撃を。
「陽茉梨も障壁を張れ、取り敢えずでいい手数を用意しなくては!」
鬼気迫る一帆の声色と表情に陽茉梨はただ頷いて、有りっ丈の障壁を張り巡らせて篠ノ井隊の全員を収容。その上から一帆が障壁を更に展開して、龍同士の攻撃に備えていった。
瞳を焼かん光の瀑流は、千生龍の熱戦と混じり合い悍ましい大爆発を起こして迷宮そのものの形状を崩壊。視力が戻って天を仰げば焦げた千生龍と、三〇階層後半の雪山階層が露わになっているではないか。
一帆たちは焦雷龍の影に隠れていたこともあり一応のこと無事なのだが、障壁は跡形もなく消え去っている。
「何今の爆発っ!?…なんか、べちょべちょしてるんだけど。?、何この状況!?」
目を覚ました百々代は混乱を極めており、…まあ全員混乱を極めているのだが、目の前に無傷で聳え立つ焦雷龍を目にしては顔を引き攣らせた。
「これって、…焦雷龍?」
「ああ、そうだ。理由はわからんが百々代の窮地にやって来て、…助けてくれたらしいのだが、この有り様だ…」
(この世界の龍、規格が違いすぎるんだが…)
(…世界は広いってことね)
(うーん、多分違うと思う)
黒焦げになった千生龍はそのまま地上に落ちていき、ただただ力無く地面に横たわるのみ。一同はどうしたものかと考えていると、一匹目の千生龍の首を焦雷龍が飲み込んでは振り返り百々代を見つめてから、何をするでもなく明後日の方向へのさのさ歩き、霧のように消えていってしまった。
「なんなんだアイツは…」
「わたしもあそこまで理不尽じゃなかったかなぁ」
「うん。そうだねぇ…」
片が付いたのならそれでいいかと一同が息を吐き出すと、フーリが土の中から這い出て、ブツブツと何かを言いながら千生龍の死骸へ向かっていく。
「なんなんだよ、どいつもこいつも僕たちの邪魔をして…、ふざけるなふざけるな。もういい、後このことは兄さんに任せて、僕は全部を滅茶苦茶にしてやる」
千生龍へとフーリが触れると、互いの境界線がなくなっていき彼の方が取り込まれるように姿を消していく。
「まだやるつもりらしいが、アレはなんだ?何をしたんだ?」
「すまないが、私にもわからない」
「…本当に…、」
「情報的な役に立たない男だ」と呆れていれば、千生龍の死骸が泡立つようにブクブクと膨らんでいき巨大化していくではないか。そして倍以上姿となったそれは、起き上がり咆哮をあげた。
「煩っ!なんなんだ、魔王族とかいうのは。面倒にもほどがあるぞ」
「しぶといのが多かったと認めるけど、フーリは異常だと思うよ。あの感じ…、千生龍ってのと自身を融合させちゃった見るべきね…」
「つまりは?」
「もう一回戦ってこと」
やるしかない、そんな気持ちで立ち上がった一同を千生龍は見下ろして、口端を吊り上げた。
「ははっはっはっ、ハハハハ!最高だ、上手くいった!気分が良い!なんだこの万能感は!今なら親父だって倒せそうだ!アハハハ」
口を動かすだけでなく、脳に直接言葉が伝播し篠ノ井隊へ意思が伝わる。
「千生龍だったっけ?もうそんなんじゃない、巨億の災いを振り撒く凶兆の龍、今の僕は万死龍だ!フッハッハッハッハ!!もうお前たちなんて小さな存在はどうでもいい、僕は僕の計画通り外の世界を滅茶苦茶にして、戦乱蔓延る最高の世界を作るんだ!!アハハハ!!」
バサリバサリ、力強く羽撃いた万死龍は大穴の空いた階層を翔んでいき、光線を吐き出しては大魔宮を突き破り進んでいく。
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