二九話⑪
「あーあ、ヤダヤダ、嫌になってしまうわ…」
「あー…奴さんたち本気で天糸瓜とやり合う心算なんですかね。はぁー…面倒くさいことこの上ないでさ」
「全くですね。せっかく兄貴の雑貨屋が再建出来たっていうのに、また働き詰めとは運がない」
金木犀の諜問官は岬に立っては遠方に観測できる船団を眼にして、辟易とした表情を露わにする。
「そんで、あー…俺たちは何をするんで?義勇兵に混じって船にのりこむんですかね?」
「ほほほっ、私達は留守番ですよ。本土戦がないこと、そして諜問官なんて役職が表に出ないことを祈りましょう。…それに百々代が派手なことをしてくれたみたいだから、なんとかなると思いますよ」
「そうえいば暫く見てませんね、常連さん」
「もう雑貨屋で仕入れる必要なんかねぇだろ。あー…暇な店番が待ち遠しい」
「雑貨屋の常連だったのが大昔の事のようですね」
ころころ笑う店長らは影に消えていく。
待冬季の半ば、寒さの厳しい洋上に天糸瓜港防軍を中心とした百港国港防連合軍艦隊が集結し、プレギエラを中心とした大陸国連合艦隊へ睨みを利かせる。
(篠ノ井百々代の気配は感じない。海を渡ったがアレほどの実力者はそういなかったから、間違いなく最上位の軍人であろうから…フーリが相手にすることになるのか。惜しいな)
大陸国連合艦隊の上空で腕組みをするチャーはどう攻め込むかを考えて旗艦へと降りていく。
「チャー殿、相手側の数や動きでどうでしたかな?」
「数は多いが有象無象、俺の相手ではない。それに我が力をもってすれば船舶など軽々制圧できよう、さあ戦をしよう、大戦を!!」
(フーリ、そっちで暴れるのは任せるぞ)
(ああ、良いところを見つけたよ)
(ならば我々の戦を始めるとしよう。こちらに篠ノ井百々代の気配は感じない、そちらに行く可能性があるから気をつけるようにな)
(アレとね…、最悪。……まあでも仕返しはしたかったしいいかな)
(やる気で何よりだ。再開の時には勝利の美酒でも楽しもうぞ、フーリよ)
(はいはい。それじゃあね)
戦いに飢えた魔王族は戦の火蓋が切られるのを待つ。
―――
黒姫工房で魔法莢弄りをしつつ手伝いをしていた百々代の許に、天糸瓜侯爵家の莢動車がやってきては陽茉梨と勝永が勢いよく飛び降りる。
「わぁ、どうしたの二人共?」
「大変ですわ、百々代さん!!」「フーリと思しき魔物が天糸瓜大魔宮へと突入し」「大魔宮が動き始めたとのことですわ!!」
「え!?」「な!?」
声を荒らげて驚いたのは工房の職人たち。
今現在大陸国連合との戦時中であり、黒姫工房も魔法莢の生産でてんやわんや。そこに来て天糸瓜大魔宮に何かあったとあれば、次は迷宮管理局への魔法莢納品も加わることになる。この世の終わりと言わん表情へと変わっていた。
「港防軍の増援が望めない今、天糸瓜大魔宮がね…。すみません、わたしは迷宮管理局へ向かいますので、後のことはお願いしますっ!」
「おう、任せたぞ!百々代さん!」「頼みますよ、『小雷龍』の姐さん!」
「はい、巡回官としてわたしは国民を守ってみせます!席を外している颯にもよろしく伝えておいてください」
「あいよー!」
試作品の一人用莢動車に跨った百々代は、二人とともに迷宮管理局へと急行する。
「失礼しますっ」
迷宮管理局の会議室へと案内された三人へ視線が集まり、一帆の隣へと座るように促される。
口々に「あぁ、アレが」と密々声が聞こえてくるのだが、それはどこでも変わりなく聞こえてくる雑音に過ぎない。
「さて、昨今話題な迷宮管理局の看板巡回官も到着したことだから、話しを始めさせてもらう。此処に来る間に大方の内容は掴んでいると思うが、舞冬季頃に迷宮を飛び出したとされる特異型魔物が霞草街にて出現し、天糸瓜大魔宮へ強襲、その後天糸瓜大魔宮へと侵入し彼の大魔宮が動き始めた」
賢多朗の言葉に会場は僅かにざわめくが、事前に情報が入っていたものが殆どということもあり混乱はない。
「質問だ副局長」
「どうぞ」
「強襲とあったが被害はどれほどであろうか?」
「防衛官に重症者三名、軽症者一二名。皆、防衛に尽力してくれたようだが、特異型の魔物を生成する力に圧されて多くの被害を出してしまったとのことだ。その後、巡回官が駆けつけたことで状況が一転、相手は大魔宮に大急ぎで逃げ込んだと」
「霞草街の防衛官が…なるほど」
視線が僅かに向かうのは百々代。篠ノ井隊が二度も殺り逃した相手ならば仕方ないとでも思っているのか、…それとも責任を押し付けようとしているのか。
「心苦しいのだけど、未だ公開されていない情報がある。…、特異型が何をしたのかは不明であるが、首魁、つまりは千生龍が再胎をした」
「「なんと?!」」
これには重鎮や局員の多くが驚き、会場は市井かの如く賑やかさに変わっていき、局長の將煕が咳払いをして鎮めた。が、やはり未だ口々に言葉が辺りを漂っており、それほどの衝撃が支配しているのだろう。
「今現在、天糸瓜島及び百港国は大陸国との戦争状況にある。故に港防への増援は望めず、制圧に掛かる時間と周囲の迷宮の周期、そこから生じる氾濫の可能性から、彼の姨捨古永が名を馳せた時代のように全軍で挑むことは叶わない。そういう時代ではなくなってしまった。故に我々局員は一丸となり、優秀な巡回官を補佐、援護することで彼らが万全の状態で戦える場を用意する必要がある。…すぅ、いいか万年人手不足を嘆いておるが!此度は迷宮管理局の全力を以て千を生きる龍の対処に当たる!この時のため溜め込んだ物を全て吐き出し、愚かな魔物と島を滅ぼさん龍を討伐する!!」
会場に響き渡る嗄れ声に、迷宮管理局員は各々肯いて対策会議が始まっていく。
「大声出しすぎちゃった…、喉に良い飲み物をお願い」
「あっはい」
(孫とその学友、そして英雄だのなんだの持ち上げられている新人たちに任せっきりになってしまうのは心苦しいが…文官仕事に掛かりっきりな局員では足手まといにしかなるまい。…希少龍を倒せたと奢らず、堅実に挑んでほしいものだね)
引退間際の局長は、彼ら若者の安全を願っては三天の魚に祈りを捧げた。
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