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二九話⑩

 港防軍から依頼を受諾してから一二日後。冬季にしては温かい陽射ひざしが降り注ぐ日に、黒姫工房の面々と港防軍の面々が集まっては顔を合わせていた。

(あれが希少龍と討伐してみせた稀代の天才魔法師…、港防に引き込めなかったのが惜しいですね)

「どうも初めまして、私は港防省軍事局の局長を務めております、菖蒲あやめ子爵ししゃく象山口ぞうざんぐち裕香ゆかと申します」

 腰を折り丁寧な礼を黒姫工房の面々にしてみせたのは、三〇歳前後と見られる局長職を務めるには若い女性。

「お初にお目にかかります。魔法莢研究局特別局員及び迷宮管理局巡回官、金木犀きんもくせい伯爵はくしゃく家の篠ノ井(しののい)百々ももよです。本日はわたくし共にご依頼いただいた風嶺龍ふうれいりゅうの素材を用いた新規魔法、その海上試験にお越しいただき、誠にありがとうございます。港防の方々のお眼鏡に適うだけの品に出来上がっていると此方は自負していますが、何かありましたら忌憚きたんのないご意見をお申し付けくださいませ」

 黒姫工房の関係者は、「言えるもんなら言ってみろ」という雰囲気を纏っているのだが、百々代本人は至って本気で意見を求めていたりする。

「どういった形での試験及び披露が良いかと考え、実際に体験してもらおうかとも思ったのですが。…その、船員が危険にさらされてしまいますので、無人の老朽船を購入しましたので経過を見ようと思います。というわけで既に沖合に老朽船を置いてきていますので、向かいましょうか」

(さあ、どんな物が出来上がっているのかな)

 叢林ら港防軍人は莢動力船へと乗り込んで、百々代とはやての成果を確かめに行く。


 航路は北西、幾らか進めば海上にぽつんと浮かぶ船が一隻だけ存在し、莢動力船が速度を落とし始めたことも考慮してここが試験会場なのだと理解する。

「それじゃあ一帆かずほ、あっちに連絡しといて」

「わかった。起動。探啼たんてい

 探啼を起動した一帆は信号弾を起動し、自身等の位置が停止位置だと知らせながらもう一隻の船へと降り立たせた。

「こちら篠ノ井一帆だ。大事を取って大きめに距離を置いているが、魔法の影響で海が荒れる可能性もある。船から乗り出したり危険な行動は控えて、視力の強化を魔法で行っての視察とするように」

 相手方から承知の声を聞いた一帆は、手で百々代に問題ないと指示を出し試験に移らせる。

「一つ伺いたいのだけれど、その成形獣は黒姫工房で一般販売していないですか?」

「一般販売どころか生産もしていませんね。使用者が非常に限られてしまうので」

「それは操作系の問題ですよね?最初から各船に乗せていれば連絡が取れるのですが…」

「それならこの成形獣でなくとも、他の成形獣に発声機能搭載すれば解決すると思うので。本試験が終わり次第、資料を送付しますね」

「っ!いいのですか?」

「これ、既に発表されて頓挫とんざした技術なので、莢研の報紙をさらえば誰でも知ることの出来る技術なんです」

「感謝します」

 正直なところ、黒姫工房は様々な魔法莢生産に追われていて、これ以上抱え込める程の余裕は一切ない。特に大蜈錆だいごしょうから入手された発条はつじょう心臓機しんぞう、それを莢動力船にするべく日夜職人が働いているので負担は増やせない状況なのだ。故に今回の魔法も百々代と颯のみの制作であるし、二人は魔法陣の調整や再構成なども請け負っていたり、黒姫工房は誰も彼もてんやわんやの大騒ぎということ。

「それでは皆さん、お配りした肉体強化の魔法を起動してください。こちらは本魔法莢、青嵐結界せいらんけっかいほう遅杖ちじょうで放った場合の起動予想線及び効果範囲を視認化するための魔法です。範囲が範囲なため、この強化無しで用いた場合は自軍に被害がでる可能性もありますので、お忘れないようお願いします」

 同じ説明を一帆がもう一隻へ行い、百々代は遅杖を構えて予想線の調整を行っていく。今回の予想線は全て彼女の持つ遅杖に連動されているため、一同は微調整される杖の様子を眼にしていた。

「起動準備。成形弾展開。起動。―――青嵐結界」

 ゴッ、と空気は爆ぜる衝撃と共に展開された成形弾が放たれれば、眼にも止まらぬ速度で進んでいき老朽船真上で結界が展開される。

 効果範囲は半径四半里(1キロメートル)、嵐を思わせる強烈な暴風が範囲内を吹き荒び、見る見る内に波が高くなっては荒れ模様へ変わっていた。結界、そして味方が入りこまないよう範囲には視認化できる半透明の帳が張られて、それらも内部の嵐の影響を受けてしまって動きをみせ、一般的な結界とは一線を画す魔法なのだと全身で感じさせられていた。

「問題ありませんね。効果も十分ですし、展開と起動、順調に行えました。如何でしょうか?」

「え、ええ。想定以上の成果です。アレは本来の結界としての機能も備えているのですよね?」

「本来と言われると懐疑的ですけど、内部から外部への魔法射撃は強力な減衰負荷が掛かりますので、一般的な擲槍であれば四半町(25メートル)も飛ばせません。外部から内部に関しては減衰が掛からないのですが、暴風での阻害がありますので範囲内から逃れようとする相手を叩くのが一番だと思います」

「理解、しました。…、この青嵐結界、港防で調達できた風嶺龍の素材及び制作費用ですと、如何ほど制作できるのでしょうか?」

「単純計算で八本となりますね。ただ、」

「ただ?」

「心苦しいのですが、黒姫藤華(とうか)の方から「報酬金が不相応だ」との意見がありまして、記載されていた報酬金ですと本製品も含めて三本までとなります」

「承知しました。必要な額面をお送りください、耳を揃えてお支払いいたします」

(良かったぁ…、もう既に生産の準備してたんだよね)

(百々代め、既に制作を進めていたな)

(この感じ、百々代さんは既に準備をしてましたね…)

 こうして完成した広範囲行動阻害魔法「青嵐結界」は、満を持して制作が開始されるのである。

叢林そうりん、現在の面々は覚えましたね。先の襲撃と間者の件もあります、情報が漏れぬよう彼らに警戒をお願いします)

(畏まりました。黒姫工房の方は如何しますか?)

(あちらには黒姫の若狐(藤華)がいますから問題ありません。情報の秘匿も兼ねた報酬の請求でしょうから)

 叢林は頷き、荒れ狂う波に一度視線を戻してから、「どんでもない代物が出来上がったな…」と独り言ちた。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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