二九話⑨
百々代が教鞭を執っている最中、賑やかな聞き慣れた声色を耳にして、視線を扉へと向けていれば颯が入室してくる。
「百々代くんと吾宛に魔法莢製作の依頼が舞い込んだぞ!」
「おー、何処から?莢研?」
「港防軍だ!どうにも舞冬季を迎えた辺りから、大陸国が海上で戦の準備をしているとかなんとかで、防衛戦力を高めるために風嶺龍の素材を競り落としたのだ。それを吾らに手掛けてほしいとのことでな!」
「なるほど。期限は?」
「指定はないが成る可く早くに、と書かれていたな」
手渡された依頼書には、使用できる素材の数々と製作費用、そして報酬が記されており、期限そのものはない。ただし開戦までには欲しいという熱意が犇々と伝わってくる文言で、あまり悠長していられる状況ではないようだ。
「とりあえず連絡をとって詳しい話を聞こうか」
「フハハハ、そういうと思って既に呼んである!」
「さっすが颯っ。それじゃあ一旦わたしは席を外すね」
「こちらは文字の読み書きを学んでいるさ。お仕事頑張ってくれ」
「うんっ」
港防軍人との話し合いであれば正装に袖を通したほうがいいと考え、略式正装を身に纏っては胸に勲章を飾り応接間へと足を運ぶ。
「お待たせしました。魔法莢研究局所属の特別局員、金木犀伯爵家の篠ノ井百々代です」
「お久しぶりですね、百々代さん」
「叢林さんでしたか、お久しぶりです。港防軍に気を使わせちゃいましたかね?」
「細々と自己紹介や何かをするよりかは、潤滑に話しが進むだろうからって判断ですよ、上は急ぎで戦力の増強を行いたいらしくて。…それと多少は気を使ってくれたのだと思います、有名人ですから」
風嶺龍を討伐せしめたも篠ノ井隊、そしてその中心人物たる百々代は『小雷龍』の名で多くの者に知られている、今を生きる英雄だ。故に社交やなんかに参加でもしようなら、人々に囲まれてもみくちゃにされてしまい、顔を出し難い状況が続いているのだとか。
「助かります…、鉄線街での活動も知られてしまい、焦雷龍の落胤なんて呼ばれる始末、名が知られるというのは大変なんですね…」
「人の噂も七五日、しばらくすれば落ち着くと思いますよ。さて、今回の依頼なのですが…港防軍でも意見が割れていましてね。なんせ手に入ることのほぼない風嶺龍の素材、どういう魔法ができるかも百々代さんと颯さんの報告からしか得られていないのが現状。やれ攻撃魔法で相手の船を一撃で鎮められる魔法を、やれ相手の攻撃を完全に防ぎきれる防御の魔法をと錯綜しているのですよ」
「ふむ。攻撃用の魔防射撃も、一応防御ともとれなくはない結界の魔法もありますから、仕方ないといえば仕方ないのですが。魔法莢は万能ではありませんし、納得のいく結果を得られるとは限らないと先に伝えておきますね」
「ははっ、その辺りはなんとか言いくるめますよ。それでどういう魔法が出来そうですかね?」
「戦のための魔法ですよね?」
「そうなりますね」
「なら攻撃魔法だろうな。報告に上げている攻撃でない方、追風は帆船との相性が悪い」
「そうそう、風属性の結界魔法ということもあって、規模を大きくする場合暴風域が出来上がっちゃうんですよ。守りには十分かもしれませんが、移動性を大きく損ないますし、波が発生して被害が出る可能性も捨てきれません」
「なるほど…。ふむ」
百々代の言葉を聞いた叢林は考え込んで、指に輝く金環食を撫でる。
「今、手元にはないのだけど、魔法そのものを射出し遠隔発動できる迷宮遺物がある。それと今の言ってくれた結界の魔法と併用することで、海上での優位性を取れないだろうか」
「「なるほど」」
「わたしは迷宮遺物にあまり詳しくないので、そのものの提供をお願いしたいのですが。そうですね、結界の作用する向きを本来とは逆転させたら、広範囲に対するそ行動及び攻撃阻害の魔法になりそうです」
「船に足を任せる海上戦闘なら特にな。広域化と作用の変更、対象の認識付与、追風とは異なる魔法になるが期待に添える物を作ってみせよう!クックック、吾ら二人が揃えば不可能はない!」
大口を叩く颯を禁める者は居らず、着々と話し合いは進められていく。
「放の遅杖か。珍しくもなければ、好き好んで使うものもいない迷宮遺物だが…、いやだから目をつけたのか」
黒姫工房に搬入された風嶺龍の素材と放の遅杖。そして、それらを見にやってきたのは一帆だ。
「今日は迷管の机仕事お休み?」
「ああ。だからいい機会にと様子を見に来たんだ」
遅杖を手に取った一帆は等級を確かめては、「なるほど」と呟いては独り納得する。
「魔法莢の作成は順調なのか?」
「うーん、もうちょっと調整に時間が必要かも。海上での試験運用もしたいしさ」
「試験運用に行く日は俺も同行したいから、日程は事前に教えてくれ」
「うんっ、わかったよ。この後は莢動車の方を見に行くの?」
「ああ、そのつもりだ」
「なら楽しみにしていいよ、わたしもちょっと見たけど色々と作ってたから」
「ほう。…、風嶺龍からの利益も入るだろうから、個人用に一台欲しいな」
「いいのあったら見積もり貰っといてよ」
「ああ。それじゃあまた後でな」
「また後でね」
ご機嫌な一帆は莢動車を開発している職人らの許へと向かっていく。
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