二九話⑧
天糸瓜港に戻ってきてから数日。黒姫家の屋敷に滞在している百々代は、利市と理愛へ百港の常識を教えるべく教鞭を執っていた。
理愛は、声の調整を行って武狼に近い操作感の成型体を用意したことで、満足のいく活動を行えており、利市と共に机に齧り付いている。
「お二人とも覚えがいいですね」
「世界中を旅していたから、その地域に合わせた常識を身につけるのは得意なんだ。政が関わるとその限りではないのだけど、信仰形態の違いなんかも対応できるつもりだ」
「迷宮周りがガッチガチに固められて、資源採集に使われているってところには驚いたけど、それくらいよね〜」
「あっちでは違うのですか?…、そもそも迷宮なんて有りましたっけ?」
「そういえば」「そのあたりの話を忘れたね」
利市と理愛は顔を見合わせて、やらかし顔をしている。
「今、蘢佳さんはいるのだろうか?」
「わたしの中にって事なら不在です。颯と黒姫工房に行っているので」
「それなら都合がいいかもしれない。前世の、ローカローカの事についての言及は、彼女の望むところではなさそうだからさ」
「そういうことでしたら、休憩がてらお話を聞きましょうか」
机に茶と菓子を用意した百々代は席に着き、話しを聞こうという姿勢に変わっていった。
「その前に一つ。私たちは百々代さんから物を教えてもらったり、面倒を見て貰う立場だ。嫌でなかったら、他の皆のように砕けた話し方をしてもらえないだろうか?」
「わかったよ。長生きな元勇者さんと神族さんだから、無礼があっちゃいけないかって思ってて」
「今はただの一国民、そして只人過ぎないから、知人くらいの感覚で接してほしい」
「私的には友達でもいいよ」
利市と理愛は親し気に百々代へ話しかけて、彼女の方も応じるように言葉を返す。
「それじゃあお友達の利市さんと理愛さんから、お話を聞こうかなっ」
「こほん。先ずは百々代さん、いやローカローカの出自と正体についてだ」
「ローカローカの正体ですか」
「以前、ダンジョンを経由して百々代さんと出会った時に、ローカローカは神族でそれ故に転生したのだと伝えたが、アレは少し語弊があってね。龍族であり神族であり、そのどちらでもないともいえる、というのがあちらの世界での見解となっている」
「細かな名称は決めかねていたけど、『星の緒の龍神族』なんて名称で呼ぶ者もいるね」
「星の緒というのは?」
「その名の通り、あちらの世界、星が生じた際の緒がローカローカだったという事に起因する名だ。浄化後、保管されていた遺体の成分を、かれこれ一〇〇年以上前から分析を続けているのだけど、君の遺体は星に必要な成分を全て備えており、龍の形をした星そのものなんだ」
「土と岩と水ってことですか」
「細かな詳細は私も理解しきれていないのだけど、創星の神族が記したとされる、原始星を生み出すのに必要な星の成分と一緒なんだ」
「ふむ」
「それだけだとなんで星の緒ってなるよね。ここからはローカローカが亡くなった後の話なんだけども、貴女の死後から星中の至るところでダンジョン、こちらで言う迷宮が生じ始めたの。最初は魔王族なんかが、大規模魔法を使っての侵攻を企んでいると思っていたんだけど、あちらにも発生しているし、なんなら被害も出てる。暫くの間は天災くらいに考えていたのだけどさ」
「ダンジョンを通じて他の星文明、その文献との接触を果たすことがあったんだ」
そこで入手した文献には「星の緒」、星が誕生する際に生まれ出る不老長寿の生物的特異点を害したことで、ダンジョンという他の星、異世界との衝立が無くなる現象が記されていた。
迷宮という異界は、異星や異世界を模して生成されるそれらとの接点であり、世界の綻びであり不具合である。星の緒というのはそれらから星を保護する為の防衛機構であり免疫なのだという。
残念ながら星の緒を殺害することでしか、その重要性に気付くことができないので、気がついた時には既に平和安寧は過ぎ去っているのであるのだが…。
「迷宮が他の世界を歪に模倣していること、そして他の世界、わたちたちが元いた世界とも繋がっていることは知ってたけど、ローカローカが重要な存在だったなんて驚きだなぁ」
「知ってたの?模倣しているってことと、繋がってたってこと」
「うん。前者は首魁の元となった人の記憶を瞳の力で見て、後者はそっちの世界の品々が迷宮で発見されてたことが切っ掛けでね。どっちも公にはしてないけど」
「「…。」」
あっけらかんとした様子に、肩透かしを食らった気分になる二人だが、目の前にいるのは星の緒の生まれ変わりであり、人知を超えた存在なのだと自身を納得させていく。
「というか迷宮が星の不具合って事なら、今の迷宮が沢山ある状況は拙いってこと?」
「それはわかりかねる。我々としても三〇〇と数十年付き合ってきただけの現象であり、得られた文献からは星の緒という情報しか得られなかった。百港国やそれ以前の歴史を軽く学び、長い事付き合ってこれていて、対処するだけの仕組みが出来ていることを考えれば、今すぐにの危険性はないと思う」
「それもそっか。一〇〇〇年以上も前から発生してるもんね。となると活性化は、迷宮っていう仕組みの何かしらと考えるべきだね」
ふんふんと鼻を鳴らしながら、百々代は筆を執って走り書きで話しをまとめていった。
「いやぁ驚き頻りだね」
「然程驚いているようには見えないのだけど」
「前回に多少の情報は利市さんから貰ってるし、繋げられる点は沢山あったから。よし、こんなところかな」
「これらの情報は公開を?」
「ん?しないよ、根拠がわたしたちしかないからねっ。一応記録として残しといて、わたしがこの世を去った後にでも発見されれば、戯言の一つにもでなるかなって」
異世界から転生してきた者、異世界から渡ってきた者、どちらも今の百港国の常識の尺度で測れば荒唐無稽な戯言でしかない。百々代の過去を信じてくれる者も少なからずいることは確かだが、彼ら彼女らは百々代の為人を信じているというのが主である。
まあ、これら覚書は百々代の没後に発見され一悶着起きたりするのだが、遠い未来の話だ。
「そうだっ、蘢佳の事なんだけど。わたしの死後って蘢佳は転生したりするのかな?」
「あー、蘢佳さんの方は間違いなく転生するはずだよ。神族の魂は人族と比べて大きすぎるから、何度か転生を繰り返して魂を削っていくの。削られた方の百々代さんは、対象から外れちゃうけどね」
「そっか、蘢佳は転生して人になれるんだ。それが聞けて良かったよ、成型体じゃ不自由もあるし、人としての生を楽しんでもらいたいからねっ」
百々代の両親が如何に素晴らしい教育を施したのか、と二人は思いを馳せる。
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