二九話⑦
「それでは一旦解散だ。なにか用事があれば、黒姫家に連絡を入れてくれ」
「承知しましたわ」「はい」
学舎への報告もあるとのことで、陽茉梨と勝永を天糸瓜学舎で降ろし篠ノ井一行は島政省天糸瓜本所へと車を走らせる。
「黒姫の方である程度の準備は整えてくれているのだったな」
「はい、藤華様が世話を焼いてくれまして」
「面倒見の良い男だな、黒姫藤華は」
「打算有りきのお方ですが、利益の提示をできる相手へは献身的とも言える程に協力をしていますね」
「百々代であれば颯と力を合わせて、利益を生み出す湧泉となるだろうから、こちらも利用させてもらうさ」
「クロヒメトウカ殿というのは」
「颯の兄、俺の義兄でもあるな。目鼻の利く男だが余計な詮索はしてこないはずだから安心していい。記憶喪失で名前くらいしか覚えてない、という設定さえ抑えていれば十分だ」
「承知した。ふむ、然し…随分と大きな港だな」
「この島で一番、百港国でも二番目に大きな港だから当然だ」
「ほほう。あの帆のない船は蒸気船かい?」
「帆のない船?この車と同じ莢動力、魔力を用いて動く莢動力船だろう。颯の発明品だぞ」
「なるほど。車のを応用したか、それとも逆か、形式は違っても似たような歴史を辿るものなのだね」
利市はウンウン頷いて、海を眺めている。
「ところでジョウキセンとはなんだ?」
「蒸気船は燃料を燃やすことで動く動力船だよ」
「燃料を燃すことで動く…。利市はその仕組に詳しいのか?」
「全然。戦いのことしか学んでもなくってね。和平を結ぶ際も色々政の事を教え込まれて大変だった…」
(百々代もだが、元の世界の知恵を活かせる者は、世界を超えられない縛りでもあるのか…?)
遠回しに活かされてはいるのだが、直接的な利用ができていないのは三人の特徴だろう。
さて、そんなこんなで島政省へ向かい、身分証を発行した利市は正式に『阿連楠利市』として百港国民となり、こちらでの人生を歩んでいくことになる。勢いのまま迷宮管理局に向かっては、利市を発見した経緯などを説明しつつ一定以上の、迷宮門を使えるだけの水準があることを証明し見習いとして篠ノ井隊に加わることとなった。
天糸瓜学舎を二人が歩いていけば、彼女らを眼にした生徒たちがざわめき密々話を始めていく。
(なんなんですの?)
疑問を覚えていれば、玄関口から走ってくる学舎長や教師の姿。
「おおぉ、よくぞ二人共戻ってきてくれた!!」
「学舎長、お久しぶりですわね。ふふっ、何に慌てているかはわかりませんが、お元気そうで何よりです」
「篠ノ井隊に参加していた我ら二名、一時報告にと戻ってきた次第であります」
「そうかそうか、報告に!いやあ、本当に素晴らしい、そして華やかな成果を上げてくれた。私どもとしても鼻高々だよ」
陽茉梨と勝永は何のことかと首を傾げてみれば、「希少龍討伐の件だ」と教えられて納得をする。つまりは彼の風嶺龍を討伐した面々に二人も加わっていたことで、現役の生徒が討伐に携わったと大きく話題になったのだ。
自尊心と学舎の知名度を大事にする学舎長は連日連夜の大喜び、未だか未だかと二人の帰還待っていたとのこと。
「ところで篠ノ井百々代巡回官はいないのかね?一言、礼を言っておきたかったのだが」
「色々とありまして、島政省と迷管に向かいましたわ」
「そうか。それは残念。是非にも我が天糸瓜学舎で講義の一つでもしてもらいたかったのだけどね…」
最初はあんなに邪険にしていた百々代へ対しても、擦り手揉み手で煙が出そうなほど。
「大歓迎をしてくれるのは嬉しいのですが、自分たちは援護を行ったに過ぎないので、そこまで持ち上げられる程では…」
「何を言っている!!生徒の地位で希少龍の討伐に携わった時点で、援護であろうとなんであろうと差異はない!『小雷龍』の篠ノ井百々代巡回官の近くに居すぎて価値観が歪んでしまっているのだな、嘆かわしい」
「まあまあ学舎長、彼女の近くにいましたら必定だと思いますよ」
(百々代さんの評価って良いのか悪いのかわかりませんわ…。でも、暫くは色々大変そうですし、学舎での講義云々は控えてもらうよう話しの誘導をして、しっかりと休んでもらいたいですわね。…完全無欠の英雄のように思っていましたが、百々代さんも同じ人なんですから)
陽茉梨は百々代の前世が何であろうと、どんな華々しい成果を上げていようと、彼女は一人の優しい人なのだと理解している。憧れていたからこそ、その差異に触れては理解せざるをえなかったのだ。誰かが傷つくのを甚く嫌い、誰かを助けるためならば自身が傷つこうとお構い無しで突撃する百々代を。
「先ほど言っていた講義ですけど、今であれば学舎外活動に出ている生徒もいますので、日程は盛春季から清夏季頃が良いのではないでしょうか?」
「ふむむ、それもそうか。私がいきなり書簡を差し出すよりも、二人がそれとなく伝えてくれたほうが潤滑に物事を進められそうだから、是非とも頼みたいのだけれど。どうだろうか?」
「お任せください学舎長。私たちで百々代さんに訪ねてみますわ」
「え、あ、はい。お任せください」
「うーん、なんと優秀な生徒か。さあさあ、篠ノ井隊での活躍を聞かせてほしい!」
ご機嫌な学舎長は賓客を相手するが如く、陽茉梨と勝永を連れて行くのであった。
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