二九話③
「ふぅ…」
逃げていくる住民を助けつつ、木人を細切れにして内部に潜む天牛虫を死骸に変え続けていた百々代は、小さく溜息を吐き出して後方を振り返る。現在地は鉄線街の外れにまで進行し、木と虫の残骸があちらこちらに転がっていた。
そんな折りに探啼が一基舞い降りて、一帆の声を吐き出す。
「百々代、そっちは単身で大丈夫か?」
「問題ないよ。一帆の方は?」
「颯と虎丞、真由を避難させて、これから動き始めるつもりだ。…相手は木人のようだが、注意点はあるか?」
「この木人だけど中に虫が居てそれが本体。虫単品でも他の樹木に寄生することで再び変容するから徹底的に処理してね」
「中に虫が?知らん魔物だな」
「わたしもわかんないし、活性化で現れた新種かもね。大きさは一尺くらいで、動きはそんなに速くないよ」
「なるほど。――――、ああ、そういうことだ」
百々代から得た情報を周囲に伝えていく。
「俺たちは探啼という目があるから、街に入り込んでいる木人倒す。百々代は管理区画の制圧に向かってくれ」
「了解っ。蘢佳をそっちに向かわせたいんだけど信号弾とかで案内をお願いしていい?」
「任せろ」
「それじゃあまた後で。起動。蘢佳」
起動句を言い終えれば蘢佳が現れて、探啼と共に一帆たちの許へと向かっていく。
(わたしも向かおっか。とりあえず様子見っと)
軽い身の熟しで家屋の屋根へと登った百々代は、管理区画の様子を確かめるべく眇めて観察をする。管理区画周囲にあったと思しき木々は、天牛虫の影響で木人と変わり、そこかしこの土が凹凸をして荒れ地のようになっている。
(天牛虫が木人を変えたのなら、管理区画での戦闘は間違いなく起こっているということをだよね。街の内部は一帆たちに任せっきりにしちゃって、わたしは最速で管理区画に向おうかなっ)
建物から飛び降りては、零距離擲槍の連続使用で管理区画へと向かっていく。
瞬く間に迷宮管理区画に到着した百々代は、出入り口たる門扉が破壊されている事を確認し、迷宮管理局員が木人の封じ込めを行ったことを悟る。…結局のところ、天牛虫は飛んで外へ出てしまい被害が出ているのだが、悪くない判断と言えよう。
(内部がどうなっているかはわからないし、下手に門扉を破壊するには得策じゃないよね。これくらいの高さなら余裕だしっ)
擲槍移動で跳び上がった百々代は、管理区画内部から飛び立とうとしていた天牛虫を発見し、擲槍射撃で射潰しながら内部へ視線を向ければ。
「っ!」
建物の殆どは残骸と変わり、所々には赤い染みや身体の一部と思しき部位が転がっており、凄惨な光景が広がっていた。
じわりじわり、脊髄を逆撫でられるような不快な感覚とともに、怒りと暴虐性、善性が湧き上がっては木人の中央に陣取ったフーリと視線が合う。
「またお前かよ人族。悪いけど、チャーはどっかに、グゲ、ガアァァア」
「…」
一切の容赦も、言葉に耳を貸すこともなく怯え壊す金を用いて、壊しにかかる。
(親父?クソ、なんでこんなところに!グエ、頭が割れる、なんなんだよ、あの人族は!)
「雷迎電辿。起動。回削籠手」
出力最大状態に籠手を展開した百々代は、視線を遮らないように跳び上がり勢いをつけて落下する。
「…落雷ッ!」
「雷がァア!…あ?ッ!?」
百々代が着弾する寸前、僅かな隙に怯え壊す金の影響下から逃れられたフーリは、本能的に経験的にこの攻撃が拙いと判断し木人を盾にするようにして一目散に距離を取る。たかだか人に怯えて。
地面へと突き刺さった籠手からは、暴虐性を象徴するかのような夥しく、そして激烈な放電が周囲一帯を焦き尽くした。
(なんなんだよ、アレ!?親父なんて比じゃねえ、人族の皮を被っただけの化物だろ!!)
的を射た感想を思い浮かべたフーリは、百々代から逃れるため全力で明後日の方へと飛び、情けなく逃げ去っていった。
(く…、反動がキツい。……、感情任せに使うべきじゃなかった)
人が害される状況、そしてその被害を目にすることで、暴虐性と結びついた善性が首を擡げて身体が自然と動いてしまう。一種の呪であろう。
特に怒りという感情は彼女の表層に出ることが少ない分、より苛烈に悍ましく変化する。
「すぅー…はぁー…」
(フーリは仕留めきれなかったし、木人は未だいる……。近くのは中身ごと焼き殺せてるみたいだけど)
「起動。成形兵装武狼」
沸き立つ思考を冷やしつつ、雷迎電辿の反動が残る身体を休ませるため、武狼のみで対応を行う。
(新しく人的被害がないことを見るに、フーリと木人相手に管理区画の人たちは…全滅、ってことだよね…。直接的被害を出さないために封じ込めをして、抵抗をした、…はぁ、)
間に合わなかった不甲斐なさに、百々代の感情は更に重くなっていく。「手の届く範囲の誰かを守りたい」という指標と、生まれ育ち培った高い善性が、槍山迷宮でチャーとフーリを始末できなかったことが後悔として重く積み重なっていく。
「見せられないなぁ、こんな顔」
一帆と颯は兎も角、敬い懐いてくれている陽茉梨と勝永、そして百々代を勇者だと認めてくれた利市。三人には見せられない表情をしていると、頭を振り意識を切り替えて木人の対処へと再び動き始めた。
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