四話⑥
「俺たちが一番か」
日光を眩む眼を慣らしながら、周囲を見回してみれば半ば同時に疑似迷宮に入った派閥は見つからず、次を待つ生徒ばかり。
「はい、篠ノ井班が最速です。最奥に収められていた品はありますか?」
「これですか?」
「問題ありません。では…あら、西条さんは怪我を?」
「い、いえ、その恥ずかしながら驚きのあまり腰が抜けてしまいまして」
「そうでしたか。怪我がなくてよかったです、では授業が終わるまでご休憩ください」
微笑ましい視線を向けた教師から察するに、別段珍しいことでもないようで、洗礼を受けた、というのが相応しい状況なのだろう。
「百々代が相手に火を付けたと思っていたのだが、あれが普通なのだろうか」
「なら今後はしっかりと気を引き締めて挑まねばなりませんねっ。気を抜いていたわけではありませんが。下ろしますね結衣さん」
「あ、ありがとう。その…重くなかったかしら?」
「軽かったですよ」
「それなら良かったわ」
他生徒や教師の目の前でお姫様抱っこは恥ずかしかったようで、結衣は頬を染めて明後日を観ながら安堵する。
「そういえば、百々代はなんで瞳を隠しているのかしら?言いたくないのならそれでいいのだけれど」
「瞳ですか」と呟いて一帆に視線を向ければ、好きにしろと言わんばかりに表情を見せており、百々代は手で目を覆い目蓋を持ち上げた。
「この通り、左右で色が異なっていまして。見様によっては不気味に思われかねないので隠しているんです」
「綺麗で隠してしまうのは勿体ないけれど…あらぬ噂を立てられては癪に障るから、隠しておくのが無難かしらね」
「神秘的です」
「へぇ青と金なんて晴天の月みたいで素敵だね」
「初めてみたよ。綺麗だね」
「ど、どうも」
恥ずかしくなったようで目蓋を下ろした百々代は身体を縮こめていく。
「一帆様は驚きになられてなかったけれど、ご存知だったのですか?」
「ああ、何度か見ている。限られた、親しい者だけが知る神秘の瞳をな」
「わわっ」
「ならわたくしたちも百々代の親しいお友達、親友よね?」
「は、はいっ!」
茹でられた章魚のように真っ赤になった百々代は頭をブンブンと首肯するのだった。
―――
疑似迷宮から出てくる生徒は、怪我こそ無いものの結構な疲弊状態にあり苦労が窺える。明かりがあるとはいえ薄暗く閉鎖的な空間での行動だ、神経をすり減らすには十分足り得たのだろう。
基本的には貴族家の御子息御令嬢、多少魔法の心得を得たところで自力が高くない。逆に鍛錬を積み実力の底上げを行ってきた者は、一目とも言わずがなある程度余裕のある帰還をしている。
代表格は火凛であろうか。ひぃひぃ音を上げている同派閥の者よりも大分余裕があり、出てきた際に周囲を見回し百々代を見つけ出す余裕すらあった。
先に出ていることを確認しては睨めつけて顔をそらしたのだが。
「今回の実技ですが、わたしに対して改善点等ありましたか?自己評価だと十分な結果を出せたと思うのですが、人の目から見た評価も欲しいなと」
「百々代のか?…十分だろう、咄嗟の起点も利いていたし、何より前衛として頼もしかった」
「えへへ、そうですかなら良かったですっ」
「落ち着いた前衛だったけれど、百々代ちゃんは誰かから教わったりしたのかい?」
「一年と少しの間ご身辺警護を務めてもらった川中島薫さんに。前に出すぎず後ろを護ることに集中しろって、あと格闘術も教わりましたが喧嘩術になっちゃいました」
纏鎧のみ戦闘であればまだ活かせるのだが、零距離擲槍が絡むと独力で戦い方を学ぶ必要がある。彼女なりにまだまだ研究中である。
「全体を通して俺達はそれなりの水準は維持できていただろう。とはいえこれに奢り、各々が研鑽を怠れば足を掬われる事は想像に難くない、日々の授業を疎かにしないように」
今一纏まりのない返事を頷き、一帆派閥は邁進すべく覚悟を改める。
―――
新たに増えた迷宮学、散秋季末の試験には実技は含まれないようで、生徒たちは筆記の復習を確かに試験に挑んだ。
張り出された結果はといえば一、二、三位までは小試験と顔触れが変わることなく、同位点三人組。
杏が六位、駿佑が七位、結衣が二四位、莉子が三〇位と一帆と愉快な仲間たちはなかなかの好成績に上半季を終えることとなる。
「いやぁ、七位。杏ちゃんに抜かれちゃったなぁ」
「わたしにっていうよりも、他の生徒にっていうのが正しいかもね。小試験から順位変わってないし」
「他がやる気出したって感じか、侮れないねぇ」
結果を見て沁沁と話すのは杏と駿佑。
「やったわね!入学時よりも大躍進よ莉子!」
「はい!お互い頑張りました!」
きゃっきゃと友情を深め合っているのは結衣と莉子。そして。
「食らいついてくるとはやりますね、安茂里百々代。ですが、今試験には迷宮実技がなく、次の盛春季末の試験では貴女にとどめを刺して差し上げるわ。残りの半年、楽しく学舎生活を楽しむことね!おほほほほ」
「皆さんの前でわたしのお友達と宣言してくれる日を楽しみにしていますっ。茶臼山火凛様」
「ふんっ。じゃあね、三位の庶民さん。心残りのない冬季休暇を過ごしなさい」
(あの女の自信はどこから来るんだ…。迷宮実技なら顔触れ的にもこっちが有利だろうに)
去りゆく火凛を一瞥し、心の内でつっこみながら一帆は自身の同位点の少女に視線を戻す。
「これくらい、百々代ならば余裕か」
「余裕はありませんよ、皆と過ごすには負けられない戦いですから。一人であったらこの位置にはいませんよ、きっと」
「どうだかな。俺も一人であったら、百々代がいなかったら退屈していたかもしれんな」
「退屈ですか?」
「入学ニ年前の段階ではどうにも周囲の水準が低く、周りはこんなものなのだと、恥ずかしい話し見下しては一人退屈に感じる時期があってな。対等以上の相手を見つけられたことに喜んだものだ、魔法への関心もあり話し合いもできる相手にな。そして入学し賑やかしい仲間と過ごしてみれば楽しいもので……、…感謝しているよ、お前たちにはな」
「わぁ」「あらあら」
恥ずかしそうに顔を背け、感謝を告げる一帆に一同は驚きニンマリと笑みを浮かべる。
「なぁんだ、一帆もこういう事言えたんだね、知らなかったよ」
「てっきりわたくしたちは百々代のおまけくらいにしか思われてないと思っていましたが、嬉しいお言葉ですわ」
「わぁい」「ありがとうございます」
「俺をなんだと思っているんだ…」
「そりゃあ、ねえ?」「うん」「はい」「ああ」
「…。」
不貞腐れたように顔を百々代に向ければ見開かれた瞳が揺らめいて。
「一帆様!」
「なんだ?」
「どこまでも一緒に行きましょう!」
「ああ、楽しみにしているよ、俺の好敵手」
「えへへ、わたしはヒーローにはなれないよ」
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