二八話⑩
「これから向かう先は遠く異なる星の一つ、天神族では現界も適わない。残ってくれても構わないのだが」
「何を今更いってるの。かれこれ、三〇〇だか四〇〇年も組んできたのだから、今更置いていかれても困っちゃう。それに神呪を祓い勇者も降りた、只人のアレックスを、『はいさようなら』なんて手を振れるわけないじゃない。朴念仁よね、ホント」
「そうか。それじゃあ、私の命が尽きるまでの短い間、よろしく頼む。相棒殿」
ダンジョンの一角。数多の器材が並べられた一室で、アレックスとサテーリアは新天地へ向かう準備を行っていく。
「時間軸の調整は問題ない筈だが、迷宮で出会った前後に到着できるだろうか」
「魔王族のアイツまで協力しているんだから問題はないでしょ。信頼はしないけど、信用は出来る相手だし〜」
イヤイヤ顔するサテーリアにアレックスは苦笑いをして、作業を進める。
「長い争いの歴史があるとはいえ、和平が結ばれて方々が活気づいている今だ。魔王族の事は大目に見ようじゃないか。…しっ、準備は終わり。打っ付け本番のダンジョン転移、上手くいってくれよ」
「神頼みでもするべきね、天神サテーリアにでも」
「ははっ、そうしよう」
二人は手土産を持って、龍の生まれ変わりの許へ向かう。
それなりの量の荷物を背負った百々代が、零距離擲槍と実験的に浮き渡る黄を併用して峡谷を飛び抜ける。昔漁る黒のように身体への負荷も考えられるため、短時間のみで移動補助程度でだが、便利に使っていた。
「黄色の瞳って、どういう感覚で飛びますの?」
「氷の上でも滑ってる感じかな。つるーっていくから、藻掻いても制動できないんだよね」
「それで擲槍移動で加速させて押し込んでいると」
「だね。じゃあもう一往復してくるから、中身確認しといてっ」
行きは荷物がない分、跳躍力と擲槍だけで峡谷を越えられるみたく、回収に走り去っていった。
「こうも沢山並べられると気持ちが落ち着かんな。迷宮遺物が出てくるといいのだが」
「箱の大きさ的に杖型とか銃型はなさそう」
「ないな」
「ちぇー」
「攻撃用以外にも便利な迷宮遺物はあるんだ、金環食とか不識とか」
「ふぅん」
あまり関心のなさそうな蘢佳は扨措き、一同は並べられた箱を開けていく。
先ず出てきたのは、切嵌硝子で作られた丸提灯。見栄えがよく、中に蝋燭でも置けば綺麗に輝くであろう流物。陽茉梨が興味を示しており、購入を検討していた。
次いで出てきた品は、木彫りの鼠。これは迷宮遺物であり、童鼠という誰かが見ている間だけ動く品だ。ただし、虎に類する品が近くにあると動かないのだとか。
「これは、攻撃用どころか戦闘につかえもしないね…」
「当たり外れあるからな、こんなものだ」
「一帆さん、こっちは髪飾りみたいな物が出ましたが何かわかりますか?」
「鮮やかな赤い小さな花の髪飾り、百日紅の花ならば『雄雅』だな。呼吸を整えやすくなる迷宮遺物だったはず」
「呼吸を整えやすく、ですか。不識を用いる百々代さんにいいかもしれませんね、女性物っぽい造形ですし」
「それもそうか。ふむ…購入するか」
以降に出てきたのは食器や玩具で、篠ノ井隊の面々が関心を寄せるような品はなかった。
「ただいま、成果はどうだった?」
導銀を山程抱えた百々代が戻ってきては、開封された品々を覗き込んでいく。
「まあまあってところだ。この雄雅は百々代にいいか、ってくらいか」
「これ?わたしじゃ浮いちゃわないかな?」
「似合うさ、なんでも。それに呼吸を整えやすくなる効果もある、不識を多用すると呼吸が乱れるから、購入次第着用しとけ」
「えへへ、わかったよ。それじゃあ一回戻ろっか、手荷物だらけじゃ探索も面倒だろうし」
迷宮を出ようと来た道を戻っている最中、九階層で風嶺龍との戦闘痕を眺めながら足を進めていると、百々代の左肩にバチリと電気が走り周囲を警戒する。
「なにか来るかも、警戒して」
細視遠望の青で周囲を探していれば、空の一部が歪み始めて人影が二つ現れて宙に浮いていた。
「人型、犬頭に巻き角、鳥の羽、蛇の尻尾、…魔物だと思うけど記憶にはないね。羽撃く様子もなく浮いているから、特殊な魔法を使うかも」
「いつも通り攻撃の準備だ。ただし相手の情報がない、勝永は前に出すぎず近寄って来た場合の対処に専念してくれ」
「それじゃあ、ぶっ放すよ!」
ガチャン、と蜂杖の二脚を立て地面に設置した蘢佳は、遠くに浮遊する相手へと容赦なく発砲を行う。
「ああ?!おい、いきなり攻撃してくるなんて、こっちの人族はやべぇ野蛮かよ」
「種族間戦争でもしてるんじゃない、暫く前までは僕たちもやってたじゃん」
「へへ、良いねぇ、こういうのを待ってたんだよ。平和ボケのクソッタレな世界なんぞ、こっちは願い下げなんだ、暴れまくろうぜ」
「そんなのは兄さんが勝手にやっててよ。僕は勘当されたから着いてきただけで、…チッ面倒な小蝿共が!!」
魔物と思しき二人は無数の擲槍から逃れるべく飛行しながら回避し、片方だけが反撃を行うために距離を詰めていった。
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