二八話⑧
「追風ですか?」
「そ。擲槍移動の代わりになるようにって、風嶺龍の素材を使って製作した魔法莢なんだけど、なかなかおもしろい挙動してたから試してほしくってさ」
「試すのは問題有りませんが、百々代さんは使用しないのですか?」
「移動の補助魔法だからちょっと物足りなくてね」
「なるほど、攻撃転用が出来ないと」
「出来なくはないんだけど、まあ使ってみればわかるよっ」
「クククッ、試してみたまえ!」
迷宮から出てきた百々代と颯に捕まってしまった勝永は、迷宮に連行されて実験台となる。
「常時発動型ですか、では。起動。追風。おっ?」
ふわりと微風に包まれたような感覚を味わい、少し身体を動かしてみるも実際に風があるわけではないようだ。
「使用方法は擲槍移動と同じで、魔力の部位集中で展開できるようになってるよ。今は脚部だけに制限してあるから、安心して使ってみて」
「はい。――っと、おお?」
踏み込み、足の裏に魔力を集中させて擲槍移動の要領で跳び出せば、擲槍を使用したものとは異なる、柔らかな動作で加速。そして着地しようと体勢を整えれば、空気の層が緩衝材の如く着地補助してくれていた。
「なんか、すごいですね、これ。着地の補助まで魔法陣を描かれたのですか?」
「そうなんだよっ。零距離擲槍はわたしが使う分にはすごく便利な魔法だったんだけど、勝永さんや陽茉梨さんの使う様子をみてたら、少し使い難そうにしてたでしょ。勢いを考慮すれば当然と言えば当然なんだけど、慣れすぎてて使用感を、そして威力を求めるために安全性を疎かにしてたと気付かされてねっ。放散型とかの耐久性、対衝撃性に重きを置いている纏鎧なんかを使えば、自身への損傷は無効化できる。けれども、着地後には隙を作っちゃうから、それの対策に結界を基礎とした衝撃軽減の魔法を彫り込んでみたんだ」
「風で結界を作って、衝撃を緩和したと」
「そっ、条件は加速で、直後の大体着地するまでの僅かな時間に展開されるよ」
「防御には使えないのですか?」
「人体大の結界じゃ範囲的に有効たり得ず、防御目的の使用はできない。組み込んでも良いのだが、それをやるのだったら別途で用意したほうが使い勝手いいからな!」
「それもそうですね」
勝永は納得して腰に佩く魔法莢を手に取る。
「どう、使ってみる?」
「是非っ!」
それじゃあと擲槍移動は回収し、追風は勝永の物となった。同じ隊ということで、試験的ながら最新鋭、もしくは他では絶対に手に入らないような魔法を扱えるのは篠ノ井隊の利点であろう。
「そういえば、攻撃魔法には用いなかったのですか?」
「今のところ手数に困ることはないからね。範囲攻撃にならない、旋颪を用いない風の魔法でも要る?」
「素材に余裕があるのなら試してみたい気持ちはあります」
「任っかせて」
「腕が鳴るな!ハッハッハ」
「…。自分で言っといてなんなのですが、いいのでしょうか?希少龍の素材ですよね?」
「問題ない。莢研より先んじて魔法莢を製作し、その成果を送りつけてやることで向こうも色々とやりやすくなるのでな」
「そういうものなんですね」
「そういうものなのだ」
身体も休め終わって再び迷宮に潜って甲蓋の処理に向かおうとしていた篠ノ井一行なのだが、管理区画内が賑やかしいと視線をむければ迷宮管理局の局員が風嶺龍の素材を回収すべく、重装馬車で乗り付けて荷物を積み込んでいる最中であった。ちなみに管理区画の外には港防軍人が控えており、万全の護送体制である。
「どうも、久しぶりだね篠ノ井隊の皆」
そんな折に近寄ってくるのは迷宮管理局の副局長、乙女賢多朗である。高い地位にいるはずなのだが、案外に腰の軽いお方だ。
「副局長、お久しぶりですっ。本日は風嶺龍の素材回収へ同行ですか?」
「勿論、この天糸瓜島で希少龍が狩られたのだから、南端でも私は足を運ぶ」
((それはどうなんだろう…))
一同は疑問に思いながらも、彼が向けた視線の先。積み込まれていく素材の山を見つめていく。
「然しまあ…、優秀な若手を一纏めにしたのは此方側なのだけど、ここまでの成果を出すとは思いもしなかった。競売も莢研も、版屋も大賑わいの暫くになるよ」
「陽茉梨さんと勝永さんは、学舎に戻ったら揉みくちゃにされちゃうねっ」
「面倒ですわね…」「あー…」
「他人事みたいに言っているけれど、『小雷龍』の百々代及び篠ノ井隊という名も確実に広がるのは確実だ。天糸瓜本所に顔を出した際には、二人を手厚く持て成させてもらおう」
「あはは…」「面倒そうですね」
「私ももっと遅く産まれていれば、君たちと同行して面白おかしく迷宮史に名を残したかったものだ。風嶺龍の素材を用いた魔法莢は、此方でも関心がある。問題ない内容であれば写しを送りつけてほしい」
「承知しました」
「それでは私は失礼するよ。手元から離れてしまう前に希少龍の素材を目に焼き付けなくてはならないのだからね」
「はいっ。それではまた、天糸瓜本所で」
「また。~♪」
ご機嫌な様子の賢多朗は、鼻歌を奏でながら馬車へと向かっていったのである。
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