二八話④
風嶺龍の意識が一帆と陽茉梨の攻撃へ向いた瞬間。百々代は息を潜めて不識を起動、武狼を囮に置いては距離を取り擲槍移動で高く跳んだのだが、…その際に彼女の想定以上の速度で飛び上がってしまい、困惑の色を露わにしていた。
(何?!なんか、身体が軽い?)
と一旦高所取りと中止し着地しようと考えたのだが、ツルツルと宙を滑るように身体は上昇していき、覚えのある感覚が脳裏を過る。
(もしかして、黄色の瞳?!)
そう、百々代の金色の瞳は黄色く変色し「浮き渡る黄」となっており、自身の意志とは無関係に重力の枷から解き放たれていた。
(ちょっとちょっと、人の身体での制御なんてわかんないんだけど!待って待ってー!)
こんなところを風嶺龍に見つかってしまえば、回避も出来ず、防御もしようがない。前世のように身体をうねうね動かしてみたり、水中を泳ぐように手足を動かしてみるも成果はなく。あわあわと慌てふためいていた。
(こうなったら着地なんてお構い無し!零距離擲槍で落下がてらの攻撃だ、ぶっつけ本番、やるしかないよねッ)
「雷迎電辿。起動。回削籠手ッ!」
腕に現れた籠手からは、暴力的なんて生温い勢いの雷が放たれており、その騒音に風嶺龍が百々代を発見しては、邀撃す可く数多の風槍を作り出す。
流れ弾からの防御に専念していた勝永と蘢佳が、攻撃を阻害するように駆刃と擲槍の弾幕を張っては、百々代の援護を行う。
(なんかよくわかりませんけど、撃たせはしません!!)
(黄色の瞳が暴走してるっぽいから援護しなくちゃ拙い!)
「一帆と陽茉梨も取り敢えずで攻撃して、ちょっと百々代も困ってるっぽいから!」
「ああ!」
「わかりましたわ!!」
一帆らからの魔法射撃が命中するも、致命足り得ない攻撃群など気に留める必要もなく。そして百々代から視線を外すことは命取りになる、そんな予感のあった風嶺龍は表示し続け、落下を始めた相手に狙いを定める。
(よし黄色から切り替わったッ、これが金なら!)
「落、雷ッ!」
籠手を突き出しながら足裏に零距離擲槍を起動し、雷を放ちながらの急行落下。知らぬ者がみれば流星にも思えるそれは、暴力的な速度で落下しつつ、怯え壊す金で相手の行動への阻害も行う。
「ゲァ…!」
天から二町ほどもある大龍が落ちてくるように見えている風嶺龍だが、先の焦雷龍の幻覚のように、百々代の魔法なのだと狂いそうになる思考を圧し硬め、風槍を射出する。
「ぐっ、」
直撃はしないものの掠るだけでも身体と纏鎧が悲鳴をあげる強烈な攻撃の数々は、流石希少龍といったところ。
全てを潜り抜けた百々代が、風嶺龍の顔面を回削籠手で殴りつければ、先端が骨肉を砕き、挽き肉へと変えては頭蓋を突き抜る。
「これで終わりッ!!」
籠手から腕を引き抜き身体を小さく丸めた防御態勢へと移れば、突き刺さった籠手が百万雷、いやそれ以上の出力を誇る放電を引き起こして、風嶺龍ごと周囲一帯を焦き尽くしていく。
(籠手による最大解放状態の出力制御はうまく行ったけど、…うーん、使い道が限られちゃうね、これはさ)
全身襤褸々々な百々代は、パチパチと僅かな放電をしている今にも崩壊しそうな纏鎧を解除して、自身の魔法に因る惨状を観察しながら、一帆たちがやってくるのを待つ。
頭部の失った風嶺龍を中心に、地面には黒く焦げた樹形模様が無数に広がっており、自身の使った力は間違いなく焦雷龍の一端であることを理解させられる。半径は大まかな見積もりで七間半だが、あくまで「跡が残った部分」だけであり、気軽に使える代物ではない。
(今回は上手く逃げれたけど、次も上手くいくなんて保証はないし、雷迎電辿そのものの運用は考え直さないとね)
「起動。雷纏鎧」
ここは迷宮内、何が起こるかはわからないので纏鎧を起動すれば足音が近づいてきて。
「おつかれー、皆」
「随分と…酷い状況だが大丈夫か…?」
「回削籠手をいい感じに運用できたから問題ないよ。そっちは?結構流れ弾が行っちゃったよね」
勝永と蘢佳の纏鎧は所々損傷が見られるが、人体への影響は皆無。障壁と放散型纏鎧の防御力様々といったところ。
「問題なさそうだね」
「ああ、大丈夫だ」
「あの、百々代さん」
「なあに?」
「倒したのですよね?希少龍の、風嶺龍を!」
握りこぶしを震わせる陽茉梨は頬を紅潮しており、興奮の最中なのだろう。今にも跳んで喜びそうな風である。
「皆のお陰でねっ」
「~~!!や、やりましたわ!!」
「おうわっ!?落ち着け陽茉梨」
手頃な場所にいた勝永へ抱きついた陽茉梨は、希少龍を討伐できたという事実に大喜び。巡回官を目指す多くのものが思い描く栄光をてにした事実に有頂天となり、最後は百々代の手を取り舞踏を始めてしまった。
「はぁ、わからんでもないが…、一旦休憩とするか」
一帆は地べたに腰を下ろし、風嶺龍の死骸を見つめながら小さく握りこぶしを握る。彼も迷宮での栄光、名誉を求める一人、同じ穴の狢なのだ。
(その一帆さん、一つ質問なのですが)
(何だ?声を潜めて)
(百々代さん、飛んでませんでした?)
(…、飛んでたな)
(風嶺龍が不自然に動きを鈍らせた場面もありますし、何かしら秘匿事項に抵触する魔法があるのなら、報告書の検閲をお願いします)
勝永は天糸瓜学舎での件も含めて、百々代の扱う超常の力を、秘された魔法なのだと察して一帆に相談をした。魔法莢研究局の特別局員という立場なら、そういった物があっても可怪しくないという判断なのだろう。
(少し変更は必要だな)
「百々代のことに関しては…、そうだな、迷宮を出たら話そう。お前たちとは長い付き合いになりそうだから、仲間として情報の共有を行うさ」
「承知しました」
「先ずは、栄誉という熱に、浮かれるとしよう」
「うす!」
「…、ある程度素材を買い取って、残りを売却、四分割しても…天糸瓜港に屋敷を建てられるか」
「???。え、そんなに手元へ入ってくるのですか」
「大まかな見積もりだがな。知っているとは思うが、迷宮で倒しな魔物魔獣の素材や、宝物殿で入手した品を買い取らなかった場合、迷管で捌いて一部がこちらの報酬となる。迷宮の制圧をした報酬とは別に」
「はい、あまり詳しくは習っていませんがなんとなく」
「これから俺たちが教えてやるが、まあ何にせよ、捌いた金子の一部が篠ノ井隊に入ってきて、四分割しても十分過ぎる額面になるということだ」
クツクツと笑いながら一帆は金子の使い道を考えている。
「四分割でいいんですか?百々代さんの活躍が大きいと思いますが」
「お前たちがいなければ、こんなの相手じゃ手に余る。というか俺たちを引率してくれた人たちが、等分という分け方をしていたからな。それに従うさ」
「ありがとうございます!」
「礼はいらんさ。当然の報酬だ」
大はしゃぎして疲れた陽茉梨を百々代が連れてきて、一同は一旦の休憩とする。
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