二八話③
風嶺龍は苛立っていた。
希少龍という存在は迷宮内を渡り歩く放浪の龍種にして、迷宮という異空間群に於ける最強の一角。
それが暫く前に同じ希少龍である、一枚の鱗を失っていた焦雷龍と鉢合わせし、喧嘩を売ったが相手にもされず去ろうとしたのだ。
相手にされない、その事実に腹を立てた風嶺龍は不意打ちを行ったのだが、相手には傷一つつ付かずに、反撃の雷で丸焦げときた。命こそ奪われなかったものの、目を覚ました時には焦雷龍は居らず、生きていることに安堵するほど。
それから傷を癒やしながら過ごしていれば、焦雷龍に似た雰囲気、だがまるで違う気配を感じ取り、迷宮を越えて襲撃に向かったのである。憂さ晴らしの為に。
「――!!」
風槌を無数に展開し、辺り一面に範囲攻撃を仕掛けるも素早しっこい百々代には命中せず。時折感じる焦雷龍の気配、眷顧紋の存在に更なる怒りを募らせていく。
「――あはッ」
百々代が視界えると同時に、風嶺龍の聴覚を刺激する嫌な声を感知し、風を用いて索敵を行えばやや離れた側面にそれは佇んでいた。
合計六本の脚、飛び出た目玉、ずんぐりとした胴体、まるっとして樹形図のような模様の入った無数の鱗。そう焦雷龍。
グラグラと揺れる視界を抑え込むように、一歩踏み込み風魔法を整えようとした瞬間、怯え壊す金の効果が消え去り回削籠手を振り翳す百々代が現れて、顔面を無数の刃が回転する成形武装で殴りつけた。
ギィィィッと雷と火花、鱗の破片を飛び散らした一撃は、風嶺龍の鱗を削ることに成功したのだが、ただの一撃で耐久が限界を迎えてしまい破損、霧散していく。魔法は中断されてしまったのをいいことに、百々代は相手の顔を蹴りつけて擲槍移動で後退、武狼で自身の身体を受け止めたのである。
(希少龍となれば、これが限界かもね。だけど、切っ掛けは作った)
「陽芒ぃ!!」
視線が釘付けにされていた結果、一帆たちの到着に気がつくことの出来なかった風嶺龍は、百々代の作った傷痕に光の瀑流たる一点集中の陽芒を喰らって顔面を焼かれていく。
「――!!!!!!」
断末魔とも言うべき怒号が響き渡りぐらりと揺れた体躯は、崩れ落ちそうになったものの四肢で堪えては、怒りを爆発させて暴風域を作り出す。
(拙いかも)
「退くよ!」
百々代と勝永、武狼で、一帆たちを回収し猛烈な風の結界の外へと逃げ退けた。
「内部の様子は見えるか?」
「ちょっと待って。…障壁の準備して、攻撃が来るよッ」
初動で用いられた風の槍が暴風を突き破り飛来、一帆は一二枚の障壁を瞬時に展開しては防御に臨む。一枚二枚と砕けていく障壁だが、色の違う鋲影の素材を用いた新型障壁、その調整版。思った以上に耐え凌ぎ、九枚目で風槍を打ち消してみせたのである。
「はぁ、やれるもんだな俺も」
「出来るって信じてたよ。それじゃ、相手はわたしを狙ってるみたいだから掻き乱してくるよ。纏った風もなくなったみたいだしッ」
「持ち堪えろ、いいな?」
「任っかせて」
顔の半分が焼け爛れた風嶺龍に向かった百々代は、擲槍移動で距離を詰め傷口に蹴りを入れては放電、自身に視線を釘付けにするため立ち回っていく。
「蘢佳、勝永、お前たちは障壁を展開して、流れ弾に備えろ。あれで百々代はいっぱいいっぱいだ」
「バレ!」「承知しました」
「陽茉梨はもう一発、陽芒だ。無理に止めを刺そうとはしなくていい、俺も攻撃をする」
「わかりましたわ!起動」
「起動」
蘢佳と勝永の魔法射撃では風嶺龍の守りを抜くことが出来ないので、攻撃を捨てて防御に専念させつつ、百々代の行動範囲を狭めないようにする。
下手な攻撃は通用しないと理解した百々代は、武狼を自身の移動補助として運用し、風嶺龍の猛攻を的確に躱しては、擲槍を傷へと打ち込んで気を引き続けていき。
ただただ躱し続けているだけとはいえ、希少龍と渡り合えている事実に、口端が上がっていた。
手足から発せられる零距離擲槍と尾装、武狼、そして不識という厄介な組み合わせは、風嶺龍が矢鱈滅多に魔法を放ち始めるには十分だったようで、狙いなど付けずに自身を巻き込み周囲一帯を破壊し尽くしていく。
(お怒りだね。でも時間は十分稼げた)
キラリと数多の閃光が輝いて、夥しい数の光線が傷跡めがけて再び飛来する。角度的に直線ではなく、軌道線を描いた完璧な道筋。だったのだが、命中する直前に、風嶺龍が暴風を纏ってしまったがために軌道が逸らされ、傷口以外に命中した。
当然のこと、希少龍の魔力耐性はそこいらの魔物とは比べ物にならないわけで、僅かに熱を帯びて赤くなり、焦げた程度。
「やるわね希少龍!」
陽茉梨の眉を曇らせてみせた。
「大氷花!!」
次いで放たれたのは一帆の覆成氷花、成形弾も弧を描くように空を裂き進んでいくのだが、暴風が邪魔し軌道が逸らされ前脚へ命中。傷を負わせることは敵わなかったものの、脚一本を氷漬けにする。
先程の一撃から今回の攻撃まで、再攻撃に長い時間が必要になることを理解した風嶺龍は、一帆らの一団への警戒を更に引き下げ、“武狼”へと向き直った。そう、武狼へ。
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