二八話②
「ご無事ですか?」
「え、あ、はい。お陰様で何事もなく。巡回官の方々、でいいんですよね?」
「はいっ、昨日到着しました篠ノ井隊です。あちらの二人は引率している、学舎外活動の生徒さんで」
簡単に防衛官へ自己紹介をして、状況の整理を行っていく。
「中間拠点は一〇階層と二〇階層の二つ。活性化の影響で分断されてしまったので、救助に向かおうと甲蓋を討伐しながら進んでいました」
「食料の備蓄なんかは、どれほどありますか?」
「一〇日間保つと思います。活性化してから日が経っていないので、巡回官の皆様の助力をいただければ、十分に間に合うかと思われます」
「そうですか。なら先ずは一〇階層までの道をわたし共が切り開きますので、一〇階層での防衛をお願いしますっ」
「二〇階層までの解放はお任せして良いと?」
「お任せを。いいよね、皆?」
一同は鷹揚に頷いて、百々代の言葉に同意をする。
防衛官も加えた篠ノ井隊だが、基本的に百々代が前線で派手に暴れつつ、蘢佳が制圧射撃を行い、接近してきた相手を勝永が処理。最後に陽茉梨が殲滅して終了という一連の流れで対処できていた。
一帆は探啼を使い上空から敵の動きを察知し、手元にいる三人へ指示を出しつつ、飛来する魔法射撃を防ぐのだから防衛官の出る幕などあるはずもなく、体力を温存して移動することができた。
九階層へ到着し敵を蹴散らしながら、百々代が先行していれば蘢佳の探啼が降りてきて。
「百々代の進行方向の右前方から、甲蓋よりも一回り二回り大きい亀が、そこそこの速度で進んでる来てるから警戒しといて」
「距離は?」
「五町くらい先」
「りょーかいっ」
飛び立った探啼に手を振り、百々代は槍のような岩を登っていき、右前方を観察する。すると、かなりの大きさをした亀が、そこそこの勢いで接近しているではないか。
相手方も百々代の存在に気がついたのか、一度足を止めては首を高く持ち上げて、魔法を用いては風の槍を作り出した。
(亀というよりかは大蜥蜴のような、鱗のびっしり生えた首と四肢。…いやぁ、これは亀じゃないねっ)
「蘢佳ぁぁ!!これは、龍!風嶺龍!」
「え――」
バチバチバチと左肩の火傷痕に電気の走るような感覚が表れ、岩の側面から飛び退けば、暴風の槍が放たれて蘢佳の探啼は粉微塵へ変わっていった。
「風嶺龍?!希少龍のか、チッ。防衛官は全員、前階層へ急ぎ撤退しろ」
「わかりました。ですが皆さんは」
「なんとか対処するさ。中間拠点の解放もだが、下は一〇階層だ。下手に遭遇してもらっても困るんでな」
「、お気をつけて」
「ああ、気をつけるさ。行くぞ、龍狩りの、希少龍狩りの時間だ」
「もう一回、探啼を飛ばすよ」
「頼む。陽茉梨と勝永は何時でも戦闘に入れる準備をして、走るぞ」
「出来ていますわ!」「了解です!」
四人は急ぎ百々代の許へ急行する。
「痛ったた…」
(雷放散を起動してなかったとはいえ、掠りで随分と吹き飛ばされちゃった)
「…雷放」
立ち上がりつつ雷放散を起動し、ドスドスと足音響く方へと百々代は視線を向ける。
(数日分の食料やなんかはあるはずだけど、中間拠点の防衛をしつつ数日を過ごすのは厳しいはずだし、それは一帆も想像できる。…ふぅ…、よしっ風嶺龍狩り、だね)
吹き飛ばされた距離と角度、自身の進んできた道のりを考え、今現在一帆たちがいそうな場所へと目を向ければ、探啼が飛び上がり百々代の事を発見する。
ひらひらと手を振って無事を知らせ、向かい来る風嶺龍の対処をすべく彼女は駆け出す。相手の大きさは、高さ二間、全長は九間程、龍種の中では大きい部類だ。
先の天閣楼迷宮で戦った、大蜈錆が大きすぎるせいで小さく見えなくもないのだが…。
接敵と同時に息を潜めて不識を起動、いくつもの風槍が先程まで百々代のいた場所へと放たれ、地面を抉り凹地を作っている。が、今の行動を考えるに不識は有効というわけで、相手の後方で擲槍を展開し雑に放った。
(当然だけど傷一つつかないね)
「起動。成形兵装武狼。数打『蜉蝣翅』」
二つの魔法を起動し左右から後ろ足を狙って、擲槍加速の斬撃を繰り出す。一人と一基の攻撃は、命中こそしたものの高い魔力耐性に阻まれて、小さな傷をつけた程度に収まり、攻撃を予見して散開した。
百々代の勘は冴えていたようで、一人と一基がいた場所には風の槌とでもいうべき、明白に高威力そうな攻撃が空振っては地面を砕く。
一旦距離を空けようと擲槍移動で後方へ跳び退き、尾装を岩に巻き付けて変則的な移動をしながら様子を伺えば、風嶺龍の標的となっているのは百々代が主であり、機動力の劣る武狼は積極的に攻撃されることがない。
パチリ。火傷痕が再び反応し視線を巡らせれば、視線の片隅から長く伸ばされた尾が鞭のように撓り迫り、擲槍移動で大きく飛んで甲羅に着地した。
(飛び乗ってれば狙われない。なんてこともないかッ)
風嶺龍は自身の甲羅目掛けて、風槌を展開。自身ごと叩き潰さん勢いで魔法を放っていく。
とはいえ百々代もそれを食らってやる程、足が遅くない。蜉蝣翅を後ろに構え、峰と自分自身に零距離擲槍を準備し、突撃と同時に首を狙った一撃を放つ。
攻撃の勢いが余ったまま、蜉蝣翅の刀身が折れて彼女は地面に叩きつけられるも、膨大な放電をすることで損傷を防ぎ、足を止めることなく動き回る。
(小さな傷がついたけど、全然足りないね)
「起動。回削籠手ッ」
折れた蜉蝣翅は解除し、次いで展開するは回削籠手。これを展開すると、掘削面の回転とその振動により、常時放電状態になってしまうのだが、元より敵の目を引き付けることを専門とする役どころ。お構い無しに雷を撒き散らして駆け回る。
「…?」
武狼と共に攻撃を躱しながら隙を探っていた最中、百々代は風嶺龍の体躯、その所々に焦げた痕を発見した。そう、何処ぞの樹氷林迷宮で見たような。
もしかして、と回避の合間合間に周囲に炭化した樹木などを探してみるが、それらしき形跡は見られず、一応の安堵をする。宿敵がいるのであれば、風嶺龍と戦っている場合ではないのだから。
(風嶺龍も焦雷龍に痛めつけられて、それで憂さ晴らしに雷を使うわたしを狙ってる、とか?素材はつかってるけども)
嫌な難癖を付けられてしまったと、少しばかり複雑な心境になりつつ、確実に自身が狙われるのであれば、大分戦いやすいと方針を変えるのであった。
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