二八話①
霞草街を後にした篠ノ井一行が目指したのは花椒街、天糸瓜領東部に位置する山裾の静かな場所である。日暮れ直前くらいに花椒街に到着し、管理区画に辿り着く頃には完全に夜になっていた。
「巡回官二人、学舎外活動車二人、魔法莢研究局局員一人と従者二人入場許可をもらえるか?」
「はい。えぇっと…身分証の確認をしても宜しいでしょうか?」
「ああ、問題ない」
一同が代わる代わる身分証を提示していき、管理区画の職員が記録をしては、莢動車が入れるように大扉を解錠し一同を招き入れる。
今回の迷宮は槍山迷宮という、槍のように鋭い岩々が並び立つ険しい場所とのこと。階層は全部で三六階層、敵もそれなりに強いので気を引き締めて挑まなければならない。
篠ノ井隊は宿舎に部屋を取り、一室に荷物を置いては蘢佳に荷物番を任せては解散し、各々個人の時間を過ごしていく。陽茉梨は芳香蝋に火を灯し、心地よい空間で読書や刺繍をしてみたり。勝永は湯浴み前に鍛錬をしたり。篠ノ井夫妻は百々代を中心にだらだらしていたりと、様子は様々である。
本日の百々代たちは普段とは少し異なっており、魔法莢の導銀筒盤と触媒配置の最終確認を行っていた。確認をしている品は放散型纏鎧の試験型、纏鎧のような安全に直結する、それも自身が用いるものでない品に関しては特に時間を掛けて不具合の有無を確かめているのだ。
これらを使用するのは一帆と陽茉梨と勝永。彼らの使用感を集積し、細かな調整を加えていって量産化に向けて動き出す予定とのこと。休暇の間に試した結果では、既存の一般化されている纏鎧よりも六分前後の強度増加が確認されており、一帆も唸る程の性能となっていた。
「明日から、使えそうか?」
「うん、細々確認してたから問題ないよ。ね、颯」
「ああ、命に関わる魔法だ、念入りに調査をしている。この最終確認が終われば完成と成るぞ!フハハハ」
「やはり約得だな」
「こちらとしても使用者が多く、しっかりと使用感を提出してくれるから大助かりだぞ」
「本来使う人の声って大事だからね。わたし使えればいいんだけど、構成が特殊すぎて」
「ふっ、そのあたりは俺たちに任せろ」
「ありがとっ」
「使用感の集積や微調整が終わったら、黒姫工房で量産し港防や迷管に卸すのか?」
「今のところはその予定。情勢的に港防が主になりそうだけど、大魔宮が動き出したらわからないね」
確認を終えて外莢へ筒盤と触媒を入れ、上蓋を閉めては机に並べて、百々代は寝台に横たわる。
「ふぁ…、槍山迷宮は相手もそこそこだし、色々と性能の確認がてらやってきたいね」
眠そうな百々代を挟むように一帆と颯は陣取って、のんびりと雑談をしながら眠りに就く。
「おお、見ない顔、もしかして巡回官殿ですかな?」
「はい、そうです。昨日に到着しまして、これから潜ろうとか思いまして」
迷宮門に向かっていた一行が出会ったのは、やや薄汚れた格好をした防衛官の一行。見るからに迷宮内で戦闘をしてきました、という風である。
「これは助け舟!実はつい先日から迷宮が活性化しましてなぁ、魔物化した魔獣の対処の追われているところなのです」
「そうなんですか。ここの槍山迷宮だと、甲蓋でしょうか?魔物化した魔獣というのは」
「そうですとも、よくご存知で。今までは堅牢な甲羅を持った動きの鈍い魔獣だったのですが、…硬化と思しき魔法と擲槍のような属性のない魔法射撃をするようになりましてな、少しばかり苦戦をしていたところなのです」
「なるほど。どのあたりの階層で戦闘を?」
「私共は一から三階層を進みましたが、そこまで実力があるわけではないので、苦戦し撤退を。中間拠点へは腕利きの防衛官合流と援護に向かいました」
「ではわたしたちも急行しますねっ」
「お願いします」
篠ノ井一行は迷宮へと潜行する。
防衛官の言った通り、三階層までは魔物魔獣の処理が終わっているようで、一応のこと蘢佳が探啼を飛ばしても索敵に引っかかる相手はいない。
四階層に到着すれば疎らに甲蓋が見られるものの、進行の妨害にはならない程度なので無視して五階層へ。
すると階層を潜って直ぐに防衛官と思しき者が戦闘を行っているので、百々代は一帆たちへ頷いて零距離擲槍で急加速を行う。
「なんだ?!」
「巡回官、ですッ!」
先ずは一歩、勁く踏み込んでから零距離擲槍で先頭にいた、ゴツゴツと岩のような甲羅をした大亀、甲蓋を殴り飛ばし。
「雷放。起動。回削籠手」
バチチチとけたたましい音を立てながら百々代の腕に展開された成形武装は円筒状の籠手、その先端には無数の小さな刃が備わっており高速回転をしている。そう、これは円筒型掘削機を小型化した武装であり、発条の心臓機を用いて制作された新作だ。
前世で見た英雄劇、そこで出てきた巨大具足を蘢佳と共に思い出し、休暇の間に設計から制作までを終えた、対魔力耐性用の装備である。
甲蓋の一匹を軽々吹き飛ばし喧しい騒音を奏でる百々代の登場に、相手は一斉に彼女目掛けて魔法射撃を展開するのだが、その時には既に対象は居らず集団の側面へと移動され。
硬化に加えて魔力耐性も備える相手の装甲を軽々破壊し、放たれる雷で内側から焼かれ焦げ臭い煙を上げていた。
(よし、全然いけるッ)
甲蓋は直ぐ様、百々代に対応すべく魔法射撃を行うのだが、そもそもの機動力に加えて尾装を用いた自由自在な動きには追いつくことが出来ず、視界から消えたと思えば更に一匹が削られていく。
「蘢佳と勝永、援護を。陽茉梨は掃討準備」
「「「了解」」」
蘢佳は蜂杖の二脚を展開し、地面に寝そべっては狙いを定めて引き金に力を込め、制圧射撃を行っていく。百々代を巻き込みかねない攻撃に、防衛官はギョッと眼を見張るのだが、これくらいの攻撃に巻き込まれる調整手ではなく。なんなら射撃に混じって更に一匹を潰していた。
「駆刃」
制圧射撃が終わる頃合いに、勝永が旋颪を振りかざし駆刃を放って範囲攻撃を行う。流石にこれを避けきるのは難しいらしく、百々代は前線から立ち退いて、地面に聳え立つ槍のような岩へと尾装を刺し、回削籠手を解除し次の本命が到着するのを待つ。
(陽茉梨さんなら大丈夫だよね、練習もしたし)
「陽芒!」
日の眩杖から放たれたのは無数に枝分かれした、薊の花のような光線。それらが陽茉梨の思い描いた起動通りに進み、敵陣を閃光と爆撃で覆い尽くした。こちらは蝲鋼の素材を混ぜ物に完成した、颯謹製の光線魔法。威力、速度、数、どれをとっても擲槍を用いていた時と比べて、数段強化された魔法なのだが。取り回しの悪さは未だに健在で、少々練習には苦戦させられたとのこと。
「よっし!やれましたわ!って未だ生きてるのがいますわ?!」
「氷花」
大半は潰したのだが、当たりどころが良かったのか悪かったのか、生き残った甲蓋がいることに驚いていれば、一帆が止めに覆成氷花を放って戦闘は終了となったのである。
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