二七話③
篠ノ井一行が迷宮外へ出る頃には舞冬季に変わっており、寒風が通り過ぎては体を震わせる。
「随分と迷宮に籠もっていたのだな。なんというか、新鮮な経験だったよ、吾にとっては」
「丸々一季も移動詰めだったし、しっかりと休まないとねっ」
「疲々ですわ…。天閣楼迷宮もですが、学舎外活動で行く場所ではないです、よね?」
「うん、多分ね。でも、依頼をしてきたのは侯爵様や迷管局長さんだし、これくらいは出来るんだって期待されてるんだよ。わたしも付いてきてる二人は、頼れる仲間になれるって思ってるんだよ?」
「ふっ、優秀ではあるな」
「「っ!」」
尊敬できる先達からそうも言われてしまえば、泣き言なんて言ってられないわけで。二人は照れくさそうに篠ノ井夫妻の後を追っていく。
「報告書は纏めてあるし、わたしが報告をしてくるから皆は先に一息入れてていいよ」
「そうか、じゃあ頼む」「先に食堂で待っているぞ、百々代くん」「お言葉に甘えますわ」「よろしくお願いします」
管理署に報告へと向かう百々代を見送り、一帆たちは宿舎へと戻っていく。
「ところで一帆さん、一つ質問なのですが」
「なんだ勝永」
「天糸瓜大魔宮の中では何に警戒なさってたのですか?」
「なんだ一帆くん、魔物でも出るかと怯えてたのか?」
「まあそんなところだ、迷宮ではなにがあるかわからないからな。勝永と陽茉梨も、高い脅威度の迷宮を探索したからと今後の迷宮への警戒を怠らないように」
「うっす」「わかりましたわ」
(茶化してはみたけれども、きっと百々代くんに関連することだろう。迷宮に入ったときも不思議なことを言っていた)
生まれ変わり、それも異なる世界からという稀有な存在だ、迷宮と合わされば何でも起きてしまう可能性があるのだ。
「ところで次の行き先は決めているのか?」
「いくつか候補はあるが、空模様次第ではあるな」
「空模様?…あぁ、降雪」
「雪が積もっては何かと面倒だろ、莢動車でも」
「そういえばそうだな」
一同は宿舎に到着し、これからの予定を立てながら温かい食事を食んでいく。
しばらくすれば百々代も戻ってきて、休暇の日数と次の予定地が決まるのであった。
はらり、はらり、と紙を捲る音が室内に響く。百々代と颯は魔法莢研究局から発行されている報紙を確認し、一帆は台本を手に取り暇をつぶしている。
「透布套の進展があったんだね」
「ほほう、吾無しでもやるではないか。どれどれ」
と颯は報紙を覗き込み確認していく。特定の素材と導銀を混ぜることで、本来とは異なる反応を示したらしく、それらを中心に調査を進めていくとのこと。
とはいえ混ぜ込むもの全てがめぼしい反応を示すわけではなく、ほんの一握りの限られた素材のみではあるが、百港の魔法技術に新たなる光が差したことになるのだ。
一枚、報紙を捲ってみれば、百々代と颯に宛て当てられた経過報告の束が同封されております、活かせるのであれば活かしてほしいとのこと。
「ほう、自分たちだけの手柄にしてしまえばいいものを」
「わたしたちを頼ってくれてるんだねっ」
「利用、が正しい表現な気がしなくはないが。まあいいだろう」
「でもどうやって使うべきなんだろうね。筒盤として活用してみる?」
「別の切り口、魔法莢以外の形状も試してみたいな!」
「だが、それだと魔法莢の携帯性が損なわれて、本末転倒ではないか?」
台本を閉じた一帆は冷静な意見を入れる。
「透布套も持ち運びを考えると不便な気がするのだがな。夏なんか最悪だろう…、アレ」
「使い勝手を考えると魔法莢になっちゃうのは、きっとあるよね」
「まあ否定は出来んな。だが!新しいことに挑戦せねば進歩は終わってしまうぞ!」
「遊びたいだけだろ。…出来上がったものには興味がある、期待してるぞ二人共」
「頑張ってみるよ」「ふふん、吾は大天才だからな、ギャフンと言わせてみせよう」
なんて賑やかに篠ノ井夫妻は過ごしていく。
―――
「要調査か」
「ええ、篠ノ井百々代巡回官と黒姫工房工房長の報告では、天糸瓜大魔宮内に存在する物質全てに触媒としての反応が、一切なく不審と言わざるを得ない、とのことです」
「元からそういうものなのじゃろう?考えすぎではなかろうか」
報告書が到着し中身を精査するのは、海良と紀光、將煕に魔法莢研究局局長など、天糸瓜島の重鎮たちである。海良は完全に馴染んでしまっているのだが、彼は一応大蕪島の王族だ。
「杞憂であるのならばそれで良いのですが、警戒をしなければならない場所ですので。…人員の増強をして監視と調査を行いましょう」
紀光の言葉に異を唱える者は居らず、必要な人員の選出等を行っていく。
「然し…いやまあ、そういう心算で送り込んだのですが…、報告書の大半が触媒調査ですね」
「魔物魔獣は不在で、内部状況も防衛官からの報告通りなので問題はないのですが…」
「ですがここまでの触媒調査を、一季で行えているのは異常ともいえる速度ですよ。一つの階種に於いて二階層分の調査を行って、これだけの速度であれば…。正式に調査官のような役職を用意して方々に派遣したいくらいです」
苦笑いしていた面々に力説するのは、魔法莢研究局局長。
「そんなに、なのかのう?」
「何せ天糸瓜大魔宮は一二〇階層もある、国内でも最大の迷宮ですから」
颯を除けば健脚な若者たちで、彼女も百々代に背負ってもらっていたというのがあり、非常に速い進みであった。
会議室の重鎮らは、あれやこれや話し合い天糸瓜大魔宮へと人員を派遣する。
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