二七話②
必要な物資を家鞄に詰め込んで、百々代がそれを背負っては再び迷宮門へ。百港歴八八五年の天糸瓜大魔宮調査の開始である。
「ここは樹海階層。楢擬に似た植物のみで構成される深い森。同じような階層が五階層続くと」
「歩き難そうだし皆んな気をつけてねっ、特に颯は慣れてないから」
「ああ、気をつけよう。だがどうしようもなくなったら、百々代くんが背負ってくれ」
「りょーかい」
「じゃあ行くぞ、目指すは五階層にある中間拠点。そこを起点に前後階層の調査を行っていく」
一同は鬱蒼とした樹海を遅々とした歩みで進み、途中で音を上げた颯を百々代が背負い、荷物を交代交代で他の面々が運んでいく。幸いのこと、家鞄は然程重い代物でもないので、そこまでの苦労ではなかったのだが。
半日と少し経過し到着するは無人の中間拠点。建てられたのは前回調査の一五〇年ほど前、それなのに対して新しく見えるのは迷宮内の時間が経過していなかった事が原因であろう。
内部に入ってみれば人の使った痕跡があり、一季ごとに簡単な見回りを行っているという言葉は真実のようだ。
「漸く辿り着いた…。すまないな百々代くん、多くの時間を背負ってもらって」
「全然いいよ。それに迷宮内での長期滞在は、慣れない内は体力を消費しやすいから早めに言ってね」
「助かる…」
颯を下ろした百々代は家鞄を受け取って、中間拠点を使えるようにするため準備を整える。人一人を背負ってきたのにも関わらず、誰よりも体力を残している化け物だ。
「そうえいばなんだけど、料理どうしよっか。長持ちする食材は沢山詰め込んであるけど」
この質問が飛んでくるということは、百々代一帆は料理ができないのだ、と陽茉梨と勝永は悟り、顔を見合わせてお互いに料理が出来なさそうだと察した。
「陽茉梨くんも勝永くんも得意でないのなら吾がやろうか」
「颯って料理出来たの?」
「振る舞う機会がなかったから知らないだろうが、人並みには出来るのだよ。ハッハッハッハ」
「おぉー!そういえば大体が宿舎か宿屋で、食事に困ることなんてなかったもんね」
「虎丞もいたしな!まあ、長期保存食を使った料理などしたことはないが!」
「そのまま食べるのでなければ何でもいい。アレは飽きる…」
雑に具材を放り込んだ汁物でも、そのまま食べるよりはマシだと重宝されているくらいに、美味しいとは言い難いとのこと。
そんなこんなで清掃をしたり、滞在できるだけの準備を終えれば、迷宮外の時間では夜を指し示しており、一同は颯の製作した料理で腹を満たした。
明くる日、先ず行うのは樹海階層の調査だ。樹木の各部位や土、石など手当たり次第に触媒調査を、三から五階層まで行うのだが過去の結果宜しく、芳しい結果が得られることはなかった。
「動き始めたからといって変化があるとは限らないか。百々代くん、これからは半らで進めていこうか、階層は全てで一二〇階層あるのだろう?景観が異なる毎に、二階層分の調査くらいで」
「片っ端から調査してたら終わるのが春頃になっちゃいそうだし、それでいっか」
そんなこんなで篠ノ井隊の天糸瓜大魔宮調査が始まることとなる。
六階層から一二階層までは岩沙漠階層、長期滞在は干上がりかねないので、端的に調査を終わらせ、湿地の広がる一三から一八階層。砂浜島階層、山岳階層と順調に調査を終えていく。
やはりそのどれもが触媒足り得る素材はなく、どこにも魔物魔獣はおろか篠ノ井隊以外に生き物は存在しない。
「物悲しい場所だな、天糸瓜大魔宮は」
平原階層の中間拠点に到着した颯は、一人呟いては遠くまで見渡す。
「大魔宮の内部は多くを語られることのない、秘した地。俺もおどろおどろしい場所とばかり思っていた」
「姨捨古永たちの痕跡でもあると思ったのですが、流石にありませんね」
「大昔の出来事ですし当然と言えば当然なのですが、天糸瓜の民としては少し寂しくはありますわ」
今尚舞台では人気の題目である天糸瓜大魔宮と姨捨古永一行の英雄譚。それらを昔から聞かされていた者からすると、聖地といえなくもない大魔宮の現状は寂しく感じてしまうらしい。
そういったものに興味の薄い颯ですら、若干の同意を表しているのだから、天糸瓜島に於いては重要な事柄なのである。
「まあでも、魔物魔獣犇めく魔境でなかったことは安堵しないとね。…きっとこれからの話だしさ」
「「「…。」」」
篠ノ井隊はこれから起こり得る、千生龍の再来、そして天糸瓜島の危機を阻止する側の者達である。それを再確認しつつ、青く、変わることのない空を見上げた。
調査をしながらの進行は凡そ二五日の経過で、首魁階層の手前に位置する回廊階層にまで至った。
「ここが回廊階層。…あっ、あそこの壁面に何か刻まれてるよ」
「どこだ?」
「ここ、」
と百々代が歩み寄って場所を示すと、そこには見覚えのある名前が掘られており、天糸瓜史を思い出せば大魔宮の攻略中に亡くなった英雄らの名である。
「『共に帰れなかった戦友らを此処に刻む。姨捨古永』か」
「これがご先祖の」
史学の教科書には書かれていない、歴史の一つに触れて一行は首魁階層へと降りてゆく。
たどり着いた最深層は、混凝土の残骸が無数に散らばっている破壊され尽くした街並み。先の天閣楼迷宮で、大蜈錆と戦った首魁階層と近い風がある。
「一部は撤去されているが凄い有り様だな」
「どんな戦闘があったかを物語ってるよ。…?」
「どうした?」
「なんか、なんだろう?よくわかんないや」
(この迷宮に入った時も、誰かに呼ばれたと言っていたな。…今までの事を考えると、前世に関連する事項の可能性を否定できないが、肯定するだけの材料も不足している。警戒だけしておくか)
一帆は一抹の不安を感じながら、百々代から朗らかな表情が失われないよう、何かあっても対処できるように心を固める。
「ここで最後の調査だ、張り切って行うとしよう!」
「おぉー!」
本人はあまり気にした風はないのだが。
二人の作業は手慣れたもので四半時もすれば終了し、一切の変化のない瓦礫の山だということを記していく。
ここまでの凡そ二五日間、芳しい結果を一切得られず、世間的に見れば徒労ということのなるのだが、百々代と颯はいくつか疑問を覚えていた。
「なんの反応も無かった、で終わりではないのか?」
「調査自体はね」
「だけど、考えてみてほしい。ここまで無数の階層があり、他の迷宮とは異なって、一定の階層毎で異なる環境が形成されているのにも関わらず、そのどれもが!一切の!反応を示さない!なんてことはそうそうあり得ることではないのだ!」
「その実ね、使い物にならない素材にも多少の反応は有ったりもするんだよ。微弱だったり、主流と外れてたりってだけでさ」
「ふむ、使用できる素材が一〇〇として、微弱なものでも一か二はあるということか」
「そ。無反応な素材もそこそこあるんだけど、一貫して無反応を示すのは異常だよ」
「つまりは…どういうことですの?」
「結論は未だわからないけど、要調査ってこと」
「なるほど、ですわ?」
よくわからん、と諦めた陽茉梨である。
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