二七話①
「お待ちしておりました、篠ノ井隊の皆様」
霞草街の一角で、この街が作られることとなった原因たる侯爵直轄地へと一行は到着した。迷宮管理局局員や魔力質の高い港防軍人が屯し、厳重な警備が敷かれているこの場所は天糸瓜大魔宮。
“現在は”関係者しか入場することのできない、天糸瓜史跡の一つである。
「天閣楼迷宮の対処が終わりましたので、本日付けて天糸瓜領主長野紀光の命による天糸瓜大魔宮の調査任務に加わりますっ」
「よろしくお願いしますね」
「事前に情報を受け取ってはいるが、詳細を尋ねても?」
「うーん、そうですねぇ。見て貰った方が早いと思いますので、このまま向かいましょうか。危険性は皆無なので、魔法莢研究局の篠ノ井颯様の同行も可能です」
重厚な扉を開け放ち、一同が向かっていくのは迷宮門。
「大魔宮なんて呼ばれるので、特殊な迷宮門を想像していたのですが、案外普通の見た目ですね」
「大魔宮も一つの迷宮ですので」という返答を聞きながら、一同は纏鎧を起動しつつ、迷宮門で天糸瓜大魔宮へ潜行する。
(…音?)
ぼこぼこと水泡が溢れ出るような音を耳にした百々代は、視線を動かしてみると集光模様揺らめく天井を目にし、心安らかな、揺り籠に寝かされているような感覚に襲われた。
「―――、――」
何か、誰かに声を掛けられた、そんな気がして振り向けば、そこは深い森の中。きょろきょろと頭を動かせば、一帆を始めるとする見慣れた面々に、案内をしてくれている防衛官が一人いるのみ。
「ふむ、内部も普通の迷宮という風だな」
「森林ですか、移動するのであれば足元に気をつけなければいけませんね」
一帆と勝永は何事も無かったかのように話を始めている。
「どうした百々代、別に珍しいものもなかろう?」
「…?迷宮門を使ったら、水の中にいた気がしたんだけど」
「「「?」」」
百々代以外は首を傾げる顔を見合わせ、改めて彼女の方へと振り返った。
「疲れているのかもしれんな。休息の期間も魔法莢を弄ったり、俺と劇場に足を運んだりしていたろ」
「疲れてたのかな?なんか、誰かに呼ばれた気がしたんだよね。知っている人に」
「知り合いか?」
「わかんないけど、たぶん。声も上手く聞き取れなかったし、振り返る途中だったから」
「出る時に同じことがあったら、また伝えろ。俺もよくはわからんが、何かあるのやもしれん」
(古海底迷宮では異なる廃迷宮に飛ばされたこともある。前世に関連して何かある可能性は否定できないからな…)
「わかったよ。とりあえずは天糸瓜大魔宮に集中しよっか」
「さて、先程に「内部も普通」と仰られましたが、よくよくご覧になられれば他の迷宮との違いをご理解いただけると思います」
「ふむ。…魔物魔獣がいないことと、なんでしょう…迷宮内の物がゆっくり動いていますね」
青い瞳を晒した百々代は、不可解と感じた二点をあげた。前者は兎も角、後者の物がゆっくりと動くというのは、風に揺られる樹木の葉を見ての言葉だ。
どうにも本来の木々と比べて、異様に遅い動きで揺れているそれは彼女にとって違和感となっていたのだ。
「正解です、目が良いのですね。実は暫く前まで天糸瓜大魔宮では全ての物に動きがなく、完全静止状態にありました。ですが、一季ごとの調査の際に、徐々にですが微々たる動きを見せ始めまして、最近ではゆっくりと動くまで至ったのです。そこで、大魔宮の監視警備の任に就いている我々が、簡単な視察調査を行い、巡回官の派遣をお願いしいたしました」
「なるほど。だが俺たちでいいのか?天糸瓜大魔宮に関しては素人に他ならないのだが」
「天糸瓜大魔宮に詳しい者など、この世におりませんよ。数百年の間、静止していたのですから」
「だが、調査はされているのだろう?」
「階層数と各階層の情景記録、内部物質の触媒調査記録があります。然し千生龍討伐以前の、どんな魔物魔獣が存在していたか、静止する以前にはどんな資源が得られていたか等は、歴史の移り変わりとともに消失してしまったようです」
「調査記録があると言っていたが、触媒になりそうな素材なんかは存在しているのか?」
颯は興味津々に尋ねてみる。天糸瓜大魔宮内の素材云々は、現在秘匿されている情報の一つであるから、仕方ないだろう。
「動き出す以前に行われた前回、まあ前回と言いましても一五〇年前なのですが、その調査では何一つ触媒として反応を示さなかったとのことです」
「そんなことを秘匿していたのか」
「なにもない、というのは見栄えが悪く、千生龍を討った英雄たちの犠牲が無駄ではなかったと示すために秘匿しているのです。さも重要な資源があるかのように」
「それらを調査するために百々代と颯を呼び寄せた、というのが今回の目的といったところか」
「迷宮探索をできる魔法莢研究局局員は多くありませんからね。純粋に調査もお願いしたいので、不測の事態に対処できる少数精鋭の面々を呼んでいただいて、今この場となっております」
「動き出した以上、何が起こるかわからないからか。それと年齢的に千生龍と直接戦う可能性が高いと」
「そうなります。今日明日にでも再胎するのであれば、天閣楼迷宮に赴任している方々が最有力なのですが、熟練ということもあり…」
言葉尻を濁したものの、言いたいことは「三〇代の方々で引退が近い」なのだろう。
「依頼を受けた以上、仕事は熟すさ。…先ずは調査の為の荷造りからか」
「家鞄が有ったほうがいいねっ。こっちで回収して持ち帰るより、現地調査をした方が楽だし素材の混同も避けれるから」
「天糸瓜大魔宮内に中間拠点はあるのですか?」
「使われてない中間拠点跡が点在している程度で、運営はされていませんね。物資も現地にありませんので、必要なものを伝えていただければ、こちらでご用意いたします」
「つまり…場合によっては野宿ってことですの?」
「陽茉梨」
「はい、何でしょう一帆さん」
「俺も苦労した、慣れろ」
「ひぃん」
「今のところ魔物魔獣がいないから、案外に気楽なものだと思うよ」
篠ノ井隊は賑やかに必要な物資を割り出しては、準備へと外へ出るのであった。
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