二六話⑮
(さて、そろそろかな)
周囲を破壊して周り暴れ狂う大蜈錆、その頭を零距離擲槍殴りつけた百々代は、ちらりと視線を動かしては一帆らが一斉攻撃の準備をしている場所を見る。
それと同時に文子の杖が掲げられ、反撃の狼煙が上げられた。
天閣楼迷宮に赴任している巡回官は、誰もが迷宮管理局に実力を認められた強者揃い。迷宮遺物を手に各々が魔法莢を起動して、魔法の一斉射だ。
飛来する数々の魔法を視界で捉え、深く屈んでから零距離擲槍で大蜈錆から距離を取ろうとするのだが、体躯に命中する魔法射撃などお構いなしに百々代を狙い続けた。
(執拗いッ!そして丈夫な!)
無数の魔法は大蜈錆の装甲を削っていくも、致命足り得る一撃は未だ無し。流石に倍の体躯を持つだけはある存在、巡回官の一同は顔を顰めて攻撃を継続する。
(ここまでわたしを狙うなら、逃げ回って的を動かすのは下策ってものッ。未だ完全してないけど、――)
「雷迎電辿ッ!!」
百々代が口頭で雷纏鎧の枷を全て取っ払えば、全身を雷が帯びて辺りを無差別に攻撃を始めた。強力すぎる焦雷龍の素材は、制限を無しに運用することは、周囲に人のいる状態では出来ない。それこそ、初期段階では工房の一角が焦土に変わるほどの化け物出力になってしまったほどなのだ。
右足を引き腰を落とし、拳を腰の位置で構えては、迫りくる大蜈錆の頭部を見据えて攻撃の機会を待つ。
「ふっ――」
(電磁粉砕槍ッ!!)
チリチリと左肩の火傷痕が熱くなった最高潮、百々代は腕を突き出して相手の顔面を殴りつけた。耳を劈く轟音と彼女の周囲を焼き尽くす眩い雷々、それらは距離を置いていた巡回官一同ですら目を覆い耳を塞ぎ、遅れて到着する衝撃に蹌踉めくほどのもの。
「よくわかんないが、やったのか?!」
なんて言葉を発した忠岑が見たのは、顔の半分が吹き飛ばされ黒焦げとなっても尚、頭を回して天敵の位置を探る大蜈錆。そして、雷纏鎧が砕け散り鼻血を吹き出しながら倒れゆく百々代の姿。
「拙いんじゃねえの、アレは」
「大氷花ッ!!勝永は走って百々代を回収、蘢佳と陽茉梨はそれを援護、やってみせろ」
「「「了解!」」」
「「起動。――」」
射出された成形弾は相手の胴体に命中すれば巨大な氷の棘で全身を貫き、一時的に動きを制限する。とはいえ高々氷であり、巨躯を駆る大蜈錆には効果が薄い。
氷が砕けて動き始めるのと同時に蜂杖による弾幕射撃が開始され、吹き飛ばれた頭部の傷痕目掛けて追い打ちをすれば、漸く巡回官らに首魁の視線が向いていく。
(何度も練習をした、…百々代さんにも可を貰えた。ここでやらなくては何時やるか)
「擲槍、移動!」
蘢佳の弾幕を潜り抜けるように駆け抜けていた勝永は自身の足裏に魔力を集中し、擲槍を起動してみせた。極至近距離にしか有効範囲を持たないそれは、百々代の扱う零距離擲槍に近い、緻密な魔力制御の一端を魔法陣で補った限定試験型。その分、出力は落ちるものの、移動に用いるだけであれば十分すぎる加速であり、勝永は意識を失った百々代を担ぎ上げて踵を返す。
(躱せ躱せ躱せ、自分も百々代さんもこんなところで終わってたまるか!)
六尺二〇貫、成人男性と大差ない百々代を担いで、後方から迫りくる地鳴りから逃げる勝永の表情は必死そのもの。
だが然し、流石に擲槍移動を連発できるほどの練度はなく、数多の脚を動かす巨躯は迅速に動き回り勝永に迫った。
「逃げ切れない、のか!?」
「いいえ、ここまで来ていただければ十分です」
「…。」
勝永と大蜈錆の間に割って入ったのは一帆と小町、そう防御手の二人。
「こちらが広く障壁を張るので、細かい対処を」
一帆は首肯のみで返答を行い、突き破ろうとする脚を的確に防いでは、小町が満遍なく障壁を展開し時間を稼ぐ。
「この巨躯は防ぎきれませんが…、もう十分でしょう」
「「「――――!!」」」
巡回官らの集中砲火は、電磁粉砕槍の損傷が残る大蜈錆が受け切るには厳しく、体躯のあちらこちらが砕け散っては、骸へと姿を変えていくのであった。
―――
「右腕右脚の骨折と鼻からの出血、それと失神なのでこちらの治癒で処置はできます。…左肩に火傷痕があったのですが、あれは元々のものでしょうか?」
「ああ、焦雷龍との戦闘で負った傷だから問題ない。治療を頼む」
「お任せを」
小町は一礼をしては伸びている百々代の許へと歩いていく。その実、彼女は医務局に務めていたこともあるようで、巡回官というよりは戦える医務官に近いのだという。
「百々代さんには多大な負荷を押し付けてしまいましたね…」
「生きていて治療可能であれば問題ない、…こういう状況に慣れたくはないがな」
「そうですか…」
「然し…、これが相手となると周期ごとの再胎が厳しくなるのではないか?」
「そりゃあまあそうだが、篠ノ井隊は常駐するわけじゃあないんだろう?」
「活性化に伴う一時的な助力だ」
「生徒さんを連れていますので長居はできませんし、迷管に増援を頼みますよ。…ここは最重要拠点ですから」
これから大変になる、なんて大蜈錆の残骸に視線を向けていれば、宝物殿からの迷宮遺物らしきものを回収してきた巡回官が合流し、解体作業を行う防衛官を呼ぶため一同は階層を戻っていくのであった。
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