二六話⑭
七七階層の中間拠点へは各々の隊が別々に向かっていく。お互い進みやすい速度が違うので、大所帯にならないほうが速やかに到着できるからである。天閣楼迷宮を歩き慣れている篠ノ井隊以外はさくさくと進んでいくので、七七階層に到着するのは百々代たちが一番遅くなった。
「これで揃いましたか。篠ノ井隊の皆さんも数日間の移動で疲労していると思いますので、首魁の討伐は明日からにいたしましょうか」
「助かりますっ。首魁の偵察はもう行いましたか?」
「いいや、未だです。機動力と眼の良さを備える百々代さんにお願いしたく、待機していたところで」
「そうなんですね。ではわたしが偵察を行ってきますが、注意点などはありますか?」
「先日の説明は覚えていますか?」
「はいっ、資料での予習も終えています」
「なら問題はありません。…そうですね、うちの小町も一応のこと連れれて行って下さい。小町」
「はい、何でしょうか、文子様」
「百々代さんの偵察に同行をお願いします」
「畏まりました。よろしくお願いします、百々代様」
慇懃な礼をした小町に釣られるように、百々代も丁寧な礼を返してから話しを詰めていく。
「危険と判断しましたらお伝えしますので、私を抱えて階層を戻っていただたら幸いです」
「結構な衝撃がありますが大丈夫ですか?」
「問題ありません、二重纏鎧を使用していますので」
「そうなんですねっ、硬性と弾性の構成ですか?」
「はい。数年前に百々代様が発表なされた二重纏鎧を、懇意にしている工房へ依頼して、近い魔法莢として制作していただいたのです」
「おぉー。二重纏鎧を使用する理由は防御性能でしょうか?」
「防衛手という立ち位置でもありますが、治癒の魔法を用いるので、絶対に落ちることのないよう、強固な守りを用いているのです」
「なるほどなるほど。なら、未だ完成はしていませんが、放散型纏鎧というのも発表していますのでご期待下さい」
「ええ、聞き及んでいます。既に完成を楽しみにしているところです」
「「こほん」」
完全に話が逸れて纏鎧に話題を持っていかれている二人を見て、一帆と文子が咳払いをして中断させる。
「あはは…ついつい。それでは行ってきますねっ」
百々代と小町の二人は階層を潜っていき、首魁階層へ足を進めた。
あいも変わらず無数の建物群が立ち並ぶ、ここ暫くで見慣れた風景を二人が進んでいくと、地鳴りが響き渡っては赤褐色の大蜈蚣が顔を見せる。一噛みで人なんぞ真っ二つになりそうな大牙、顔の正面から伸びる長い触覚、そして無数の脚。そう、どこからどう見ても蜈錆なのだが。
「なんか、思ってたよりも大きいですね」
「普段よりも大きいかと思われます。全体が見えていないので長さを把握できかねますが…頭部と触覚から推定するに、倍の二町はあるのではないでしょうか」
「二町で無数の脚、…」
百々代の頭を過るのは転生する以前の自身の姿。あちらは龍でこちらは虫なのでそっくりということはないのだが、人として立ち会うとこんなに圧迫感のある相手だったのだと認識させられていた。
「とりあえず撤退しましょうか、一応のことわたしをしっかり掴んでいて下さいね」
「畏まりました。っ、わぁ!」
物凄い勢いで激走する百々代に驚きながらも、小町は表情そのものを変えることなく回廊階層へと戻っていく。
「倍程ある蜈錆、全く別物なのでなければ多少の無理で通ると思います。ただ、前衛を張っていただく方々には、多大な負担になってしまう事が懸念材料なのですが」
「そこよな」
「わたし一人に任せてみませんか?大物相手であれば、周囲に味方がいない方が立ち回りやすいので、皆さんは後衛からの攻撃と防御に専念していただければと」
雷放散状態は防御が段違いなのだが、放電の制御が出来ない。ある程度離れれば、距離減衰で一般的な纏鎧でも受けきれるようになるのだが、それでも事故は避けきれないだろう。
雷纏鎧の仕様を簡潔に説明してみせれば、巡回官らはなんとなくで納得したらしく、百々代の提案を受け入れていく。
「では百々代さんにお願いしましょうか。奴は巨躯が脅威に思われやすいですが、真に厄介なのは岩の魔法です。特に足場には気を付けてくださいね」
「承知しましたっ」
「さあ、気合い入れて挑みましょうか。大蜈錆に」
いざ戦闘が始まってみれば、篠ノ井隊以外の巡回官は百々代の動きに圧倒されるばかり。『小雷龍』の百々代、という名を理解するのであった。
圧し潰そうとする巨体を零距離擲槍で回避し、窓枠を足場にしながら壁面を物凄い勢いで駆け上がり、飛来する岩石を最低限の損傷で受け流す。そのどれもが雷を放つので、大蜈錆の体躯から剥がれ舞う無数の錆粉に反応し火花が走る。
急行落下からの飛び蹴りが頭部に命中するも、これといって損傷は見られず、噛み砕こうとする大牙を瞳に捉えては、両手からの擲槍移動で難なく回避。
「起動。数打『蜉蝣翅』」
展開した蜉蝣翅を壁面に突き刺し、衝撃を殺しては刀を足場に大蜈錆見下ろす。
(纏鎧で錆粉は防げてるっぽいね。なら、存分に掻き乱せる、っとっと)
大蜈錆は巨躯を使って建物を倒壊させながら、執拗く百々代を狙う。戦闘の開始直後は、動きのない団体さんを狙おうともしていたのだが、その度の彼女が妨害を入れて、今では他の者は視界に入る余地がなくなっていた。
崩れる建物の残骸を蹴飛ばし、相手の顔面に命中させては擲槍移動で飛び退き、隙を見ては零距離擲槍踵落で足の一本を砕き折る。
(着地点に岩の杭、ね)
豪快な行動に気を取られそうになるが、大蜈錆は魔法を得意とする魔物である。擲槍で着地点を操作して降りていけば、次から次へと石の杭が展開されて。
「起動。成形兵装武狼ッ」
武狼を足場に一旦の着地とする。一息つきたいところであろうが、そんなことが許されるはずもなく、次いで迫りくるは無数の礫。
脚が杭で破損した武狼では動くことが叶わないので、解除で消し去っては両腕で防御の構えを取っては礫の嵐を受け止め、衝撃を百万雷として放ち相殺していく。
(本体の直撃を喰らわなければ問題なさそうだけど、相手も学習してきたねッ)
動きの止まった百々代の周囲には四枚の壁。石柩とでもいうべきそれは天井を乗せて完成となり、大蜈錆は圧し潰すべく巨軀を動かす。
ズドン、と土煙を立てて潰れた石柩の中身を確認せんと、大蜈錆が頭を回して視線を向けたのだが、潰れたと思しき形跡は残っておらず、頭上から呼吸の音を捉えて再度頭を動かした。
「ふぅー…、」
尾装を壁に突き立てぶらりと下がっているのは勿論のこと百々代であり、牙を鳴らして相手は怒り露わに大暴れをする。
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