四話④
「工房長ー?なんかお客さんみたいですよ、下島商会の御子息だとか」
「下島商会?何処だ?」
「いやさっぱり」
「ふぅむ。」
怪訝な表情で首を傾げつつも、客人というのならば対応せねばならないと、千璃は作業を中断して応接室へと足を進める。
「どうも初めまして、安茂里工房の長を務めている安茂里千璃です」
「下島商会の下島大吉です。どうぞお見知り置きを」
(御子息とはいったが、百々代と同じくらいの年齢か。学舎の学友とみるか)
「無学で恥じるばかりなのですが下島商会は何処の商会で?金木犀領内ではありませんよね」
「ええ、そうです。下島は月梅領に拠点を置く紹介でして、金木犀魔法学舎では百々代さんの同級の生徒として学びを得ています」
「そうでしたか。百々代は今、外に出ていまして戻ってくるのには暫く時間が掛かると思いますが、如何なさいますか?」
「いえ、安茂里百々代さんに用があったわけではなく、親御さんにお話をと参ったのです」
「はぁ?私にですか?」
「はい。今現在百々代さんの置かれている状況についてお話をとしたいと思い立って―――」
ここから語られたのは百々代が優秀な立場故に「貴族に取り込まれて良いようにされている、操り人形のようだ」という話。
(西条家だかに養子に誘われているとは聞いて驚いたが、この坊っちゃんの言うような状況とは思えないんだよなぁ。百々代の話だけを全面的に信じるのは良くないとはいえ、噛み合いがなさすぎる)
「質問をよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「先ず娘とはどういったご関係で?」
「同じ学舎、同じ学年、そして何度か話したことがあります」
「なるほど。それで今の話をしたうえで何をどうされたいのですか?」
「安茂里工房長からは百々代さんに貴族共との縁を切って、同じ市井の出である我々と組むように説得して欲しいのです。生まれの違いも有りますし、あんなのと一緒にいるよりも同族たる我々と」
「どうぞ、お帰りください」
「は?」
「お帰りくださいと申しました。娘の友好関係に割って入って、切り裂くような真似をするつもりは毛頭ありませんので」
不機嫌そうな千璃は睨めつけるような目つきで大吉を見つめ、退室するように無言で促す。
「それでは安茂里百々代さんが、貴族の道具に」
「失礼ですが、下島大吉殿は本当に娘と交友関係がお有りで?話したことがあるのなら、操られているだのなんだのそういった感想は抱かないと思うのですが」
「それは篠ノ井一帆たちが都合よく仮面を付けて」
「貴族というのは体面を取り繕うのは上手い方が多いですし、篠ノ井一帆様が娘を利用していることはよく知っています」
「なら!」
「然し、それはお互いに高め合える、鎬を削り合える仲として、そして同じ道を行き、肩を並べる者としてお互いに持てるものを利用し合っているのです。ですから私の方で娘の友好関係にとやかく言うつもりはありません。仮に路を踏み外したのなら、手を掴み支えるのが私と妻の考える親なので」
ぐぬぬ、と納得の行くはずがない大吉は、思考を巡らせ次の策を。
「お帰りください。当工房は今井商会連盟に属しています。交渉事は油菜崎男爵、今井達吾郎様を介して貰う必要がありますので」
「貴族の犬め」
「ええ、犬ですとも。安茂里工房は昔から今井家お世話になっており、幾度の苦境にも手を差し伸べてもらいました。尻尾があるのなら振りたいほどです」
親子揃って憎たらしい、そう大吉は考えながら、安茂里工房を後にした。
(百々代に寄る虫も多いのだなぁ、良くしてくださってる貴族のお子さんは防波堤も努めてくれているのだろうか。西条家のご令嬢からの提案と…ちゃ、なんとか家のご令嬢からの宣戦布告は今井様に相談しないとな)
手の掛からない娘、なんて思ってた頃を懐かしむ千璃は、百々代が成長を楽しみ一人笑顔を見せる。
―――
「―――揃いも揃って貴族に肩入れしやがって」
などと荒れる声を聴いて、駿佑が窓から階下に視線を向けてみれば、怒りの形相で学舎の寮へ戻ってきた大吉の姿が。
(大半が貴族のこの場所でよくもまあ、…あんな大声を出せるものだ、本当に煩くて困っちゃうよ。さて…貴族に肩入れって事は市井から学舎に入学した者を指しているのだろうが、心当たりは一人しかいないような。どこに行ってたか、なんてのは簡単に予想がつくし、執心している一帆に報を入れておこうか)
往復するだけで短期休暇の終わる、一部領地のご子息ご令嬢は学舎の寮に滞在して休暇を過ごしている。金木犀港に出て楽しんでいる者もいるのだが、これといって興の乗らない彼はだらだらと過ごしていたのだ。
(というか篠ノ井家に遊びに行ってみるのも悪くない。百々代ちゃんと魔法以外に関心がないだけで案外面倒見もいいし、つるんでて嫌じゃないんだよな一帆って)
「誰か居るかい?」
「はい、駿佑様。こちらに」
「ちょっと金木犀伯爵、篠ノ井家に手紙を届けてきてくれないか?」
「畏まりました」
手紙を渡しては再び風に当たりながら空を眺める。
―――
「本当に来たんだな」
「やあ、休暇を楽しんでるかな?」
篠ノ井の屋敷にて顔を合わせる一帆と駿佑。一帆に関しては迎え入れる気はないのか、四尺《120センチ》程の杖を磨いている。
「…。それでなんの用だ?」
「なんだつれないなぁ。下島大吉が君の大事な百々代ちゃんの家、安茂里工房だかにおしかけた可能性があるからその報告にね」
「あの立場を弁えない煩わしい庶民か」
「そ」
「可能性というのは?」
「彼が寮に戻ってきた時に、『揃いも揃って貴族に肩入れしやがって』って腹を立てててね。百々代ちゃん以外は市井出身で組んでいるだろう?だから、そこからの推測でさ」
「身内から離れた者がいる可能性も捨てきれないが、態々腹をたてるほどに気をかけるなら百々代だろうな、納得した」
「目に余る行動にでるようならしっかりと護ってあげなよ」
「ああ、そのつもりだ」
(意外と腹を立てたりしないんだな)
(腹を立てていた、というからには上手くいかなかったのだろう、一年最上位の実力を引き入れ力関係を変えるのにな)
「ん?なんだ未だいたのか」
「酷くない?!!せっかく友達が遊びに来たんだし、…なんか盤上遊戯とかしようよ」
「見ての通り忙しいのだが?まあいいか」
手に持つ杖を立て掛けて、小間使に指示を出しては遊びの道具を取りに行かせる。
「気になってたんだけどそれって迷宮遺物?」
「そうだ。休み明けからは迷宮学の座学や実習も入る。使うかどうかは別として持ち込みたくてな」
「へぇ、そういう必死なところ嫌いじゃないなあ」
(寮に帰ってからも魔法の練習とかしてるし)
「楽しいものだぞ、前に誰かがいるというのは」
「熱いねえ、熱々だ。火傷しちゃいそう」
駿佑は茶化しながら一帆と向き合い、盤上遊戯に打ち込むのであった。
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