二六話⑬
そろそろ首魁が現れるとのことで、巡回官らが一同に集まり作戦会議を行うことになり、篠ノ井隊もそれに加わる。
この霞草街に赴任している巡回官の隊は、篠ノ井隊を除いて三個。誰も彼も熟練の者なので、若手集団は完全に浮いているのだが、相手方がとやかく言うわけでも、追い出されるわけでもないので、本人たちも気兼ねなく参加している。
「それじゃあ始めますが、今回限りの助っ人を紹介しておきますね。もう耳にはしていると思いますが――」
文子は篠ノ井隊を紹介していく。百々代たちはここの首魁を討伐したら、天糸瓜大魔宮の調査へと赴き、それが終われば巡回官としてあちこち回る予定で。陽茉梨と勝永を抱えていることもあり、一処に留まることは良策というのが主な理由となる。
ここの組み合わせは天糸瓜領主と迷宮管理局局長の意向でもあり、天糸瓜大魔宮の対処が終わるまでは組むことになっているので、責任を持って篠ノ井夫妻があちこちへ連れ回す必要があるのだ。
紹介が終わっても巡回官らの視線は変わることなく、「とんでもない大型新人が来たもんだ」程度。
「わたしたちゃ天閣楼迷宮の首魁をよくよく知っていますが、篠ノ井隊は初参加となるので具に説明をさせていただきます。名は蜈錆、全長一町程にもなる超巨大な蜈蚣で、毎回毎回手古摺らされる厄介な魔物です――」
錆で覆われた金属の体躯を自在に操り、攻撃を行うと無数の錆が宙を舞い、吸い込んでしまうと呼吸器や眼を損傷してしまうので、近接戦闘を得意とする魔法師は近付き難い相手。
ならば遠距離に専念して倒しきればいい、なんて事を考えたくもなるのだが、相手の大きさは全長一町程なのに対して、動きも俊敏ときた。
「――そして、石を操る魔法まで備えている。鏃石みたいな遠距離攻撃から壁を作り出して防壁を築いたり、案外に器用な事をしてきますので、気をつけなければいきません」
一頻り説明を終えた文子が、何か質問があるかと篠ノ井隊へ視線を向けるも、彼女らは既に予習済みなので問題はないと笑みを返す。
それからは篠ノ井隊の戦闘手法などを話し合い、配置や役割を詰めていく。会議もそろそろ終わるかという風に流れていった時、百々代が手を挙げて発言をする。
「活性化で首魁が別の相手になっていた場合はどうしましょうか?」
「…、ああ、そうでしたね。その可能性を忘れていました。如何せんこの迷宮に籠もりっきりなもので、ついつい活性化等の影響を忘れてしまいます」
「天閣楼の活性化は色の違う鋲影が出てきたくらいなのと、鉄蝿以外の敵が増えたくらいだからな」
「そんな変わってないんですね」
「蝲鋼が多くなると困るがな、はっはっは」
笑う忠岑であるが、他の面々は難しい顔で考え込んでいる。
「相手次第で撤退と交戦を決めたいところですから…、不明な敵であった場合は一時中断し作戦を練りましょうか」
文子の決定に一同が頷き、この日は解散となった。
―――
「また暫くの留守番となってしまうか。深い迷宮はその往復だけでも大変なのだな」
「寂しい思いさせちゃうよね」
百々代は颯を膝に置き、後ろから腕を回して抱きしめる。自身の匂いを付けるかのごとく身体を密着させて頬擦りをすれば、颯の方は頬を赤く染めて百々代の手をそっと握った。
「こ、これくらいは覚悟しているから問題はない、が。…無事にさえ帰ってきてくれれば、吾は満足だ」
「努力するよっ。二人を、皆を悲しませたくはないもん」
「約束はしてくれないのだな」
「迷宮探索には何があるかわからないからね。わたしにはどうしよもない時が来るかもしれないし、守れない約束はしないでおきたくて」
「百々代くんの素直さは美徳だけれども、妻であり家族である吾くらいは騙してくれても咎めないぞ」
「ごめんね、大切だから嘘をつきたくないんだ。颯はさ、わたしとって本当に大切な人なんだ、同じくらいの歳で、気兼ねなく魔法の話しができて、そして一緒に魔法莢弄りができる」
「まったく…、厄介な相手に惚れ込んでしまったよ」
「えへへ、照れちゃうなぁ」
軽々と颯を持ち上げた百々代は、寝台まで運んではそっと寝かせ、両手を握りしめながら口唇を重ね合わせる。
「本当に、厄介だよ、恋心とは」
黒縁の眼鏡を外され、青と金の瞳に見つめられてしまえば、颯は身動ぐ事もできずにこれからのことに思いを馳せて、口付けで混じり合った唾液を飲み込んだ
―――
帯革と装帯に魔法莢を嵌め込んでいれば、寝台がもぞもぞと動いて颯が顔を見せる。寝起きな表情ではあるが百々代を見送るつもりらしく、起き上がっては手招きをした。
「おはよう颯。行ってくるね」
「いってらっしゃい。一帆くんや他の皆にも無事で戻って来るよう伝えてくれ」
「うんっ、わかったよ」
颯の頬に口付けをし、百々代は部屋を後にする。
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