二六話⑫
「新しい障壁魔法か」
「一帆くんは防御に重きを置く魔法師だから、障壁を日常的に使用している者として使用感を聞いておきたいのだ」
「他の一般的な障壁と比べると魔法に対する耐性値が高いんだよね」
そういって机の上に並べていくのはいくつかの工房の制作した障壁魔法。黒姫工房(迷宮管理局用の支給品)、黒姫工房(篠ノ井隊で使用されている試験型)、傍陽工房(支給品その二)、長村工房、樋之沢工房(港防の配備品)と戦闘を主とする魔法師が用いる魔法莢である。
「これらと比較して、か?」
「ああ」「うん」
「ほう…」
眼の前の二人が並外れているので影に隠れがちだが、一帆も魔法は好む部類に振り分けられる。それも頻繁に使用する魔法、その新型ともなれば興味が湧かないはずもなく、先ずは簡単に展開をして調子を確かめ、百々代の放つ魔法への防御を行う。
擲槍と蜉蝣翅は難なく受けきれ、徒手空拳も問題はない。このくらいであれば現在使用している障壁とそう変わりないのだが、擲槍加速の蜉蝣翅と零距離擲槍も、若干の罅が入った程度で抑え込んだ。これには百々代も驚き、「いい感じじゃない?」と笑顔を見せる。
「少し硬い、…伸びが悪いと言うべきか。些か展開時に微細な遅れを感じるが、障壁としての防御性能は素晴らしいな」
「その辺の細かな調整はこれからだね。触媒もとりあえずで放り込んだ状態だし」
「ならば期待できるか。百々代、零距離擲槍の踵落としを頼む。その次は雷放込みだ」
「わかった、でも多重で障壁を張っといてね。零距離擲槍踵落は兎も角、雷放の威力調整は出来ないから」
「任せろ」
展開された五枚の障壁を見て、百々代は一度頷き助走をつけ脚を高く持ち上げ、擲槍で加速させる。非常に高い魔力耐性同士の打つかり合いは、障壁を三枚砕いたところで威力を失い、百々代が後ろに撥ね退いて終りとなる。
「三枚、結構耐えれたねっ」
「逆になんで三枚も持っていけるんだ…、一枚半で防げる予定だったのだぞ」
「助走つけて結構本気で打ち込んだし?」
「はぁ、まあいい。次は雷放込みだ。颯、そっちも障壁を忘れるなよ」
「承知している。なんなら既に纏鎧も起動しているぞ」
離れた位置、それも壁を隔てている状態でこの対応は、まあ当然のことで。雷纏鎧の魔力放散機能を解放すれば、一帆は一〇枚の障壁を張り巡らせて、尚自身の数歩下がって様子見を行う。
今回の一撃は周囲への被害も考慮して助走はなし、垂直にまで高く持ち上げられた脚を擲槍の加速で振り下ろして打ち付けるは障壁。一帆の予想通り、一枚と半分を吹き飛ばした後に強烈な放電が発生し、三枚を粉微塵に変えてしまった。
「流石に一〇枚は余分だったか」
「流石にねっ、距離減衰が強めだし」
「だが、良い記録が取れた。踵落としからの放電が三枚で防げるほどの耐久性は中々だ。これからの調整次第では中々に有用な素材になりそうだから、黒姫工房で購入できるように手配するか」
「そんなに数は見かけないから、量産品には出来なさそうなのが残念だね」
(放散型纏鎧にも使いたいけど、…数が多ければなぁ。放散型は量産が望まれているから汎用素材じゃないといけないのが難点)
「放散型纏鎧への応用でも考えていたか?」
「うん、入手頻度の低さから使い難いなって。とりあえず記録しちゃおうか」
―――
「おお、これは美味しいですね、陽茉梨嬢。『昼の牛鐘亭』の噂は聞いていましたが、支店であってもこれほど美味しいとは」
「ねえ勝永、いい加減に陽茉梨嬢はやめてほしいのだけれど。同じ隊に属する仲間同士、友人くらいの気軽さで過ごすべきだと私は思うのよ」
「そうですか、…こほん、そうか。なら陽茉梨さんと呼ばせてもらおう」
「よろしい。それにしても美味しいわね、このふわふわの生地に、甘すぎない乳脂、そして酸味のある葡萄、沢山食べてしまわないように気をつけないと」
ふふっと笑みをこぼしながら、甘味を楽しみ陽茉梨と勝永は雑談をする。
「陽茉梨さんは学舎外活動を終えたら巡回官に?」
「そうね、それが望まれてるみたい、というのもあるけれど推しと一緒に仕事を出来るなんてこれ以上のことはないわ」
「推しですか」
「百々代さんのことよ。迷宮に喰われてから一年後に廃迷宮から生還した学舎の生徒、僅か二人で新種の龍を討伐せしめた夫婦、新規の迷宮で同業者を唸らせた魔法師、数々の噂に嘘偽り無い最強と言っても過言にならない若手巡回官。はぁ…まるで英雄譚の主人公ね」
「天糸瓜学舎を救った英雄、なんとも言われていたか。男装、というより中性的な格好をしているため、女の子からはすごい人気で驚いたよ。自分たち男子生徒からも憧れの籠もった視線を向けられてはいたが」
「…、まあただ格好いいだけじゃないってのもわかってしまったけれどね」
女性との遺体を前にした悲痛な表情は、普段の明るく朗らかな百々代像とはかけ離れているため、二人の記憶に色濃く残っている。
あの時のことを口にすることはなく、なるべく事件のことを避けるような話題選びをして二人は篠ノ井夫妻と会話をしていたりする。そう、一緒に活動し始めてから使われていない不可解な魔法にも。
「勝永はどうなのよ」
「自分も続けるさ。篠ノ井隊は動きやすいから、同行できるのであれば何処へでも付いていきたいな」
「なら五人で行動できるよう頑張らないといけないわね」
「そうだね。…この茶にも果実の風味があるのか」
「え、そうなの?」
と二人は休日を満喫していく。
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