二六話⑪
篠ノ井一行が四一階層に到着したのは翌日のこと。
足を踏み入れれば金属質な輝きを放っている、幾重にも重なった地層のような黒い鉱石が鯱航石である。
そんな鯱航石が建物の壁面にビッシリと生えており、今までの階層とはまた違った趣となっていた。
「どうも巡回官の篠ノ井隊です。鯱航石の採集をお手伝いしたく足を運んだのですが、可能でしょうか?」
「ええ、ええ、是非是非お願いします。鯱航石自体は結構脆く、ちょっとした衝撃で剥がれ落ちてしまうので、纏鎧の展開は常に行い、なるべく真下に立たないよう活動してください」
「わかりました。高所のものはどうやって採集すればよろしいのでしょうか?」
「擲槍などの魔法射撃で落してもらって結構ですよ。下に人がいない時にお願いしますね」
「はいっ」
触媒へ変えられる際に溶かしてしまうので、あまり状態は問わない。あちこちで雑に魔法を放って採取する光景が見られる。
そうして篠ノ井一行が採集作業に加わり、途中で顔を合わせた三河隊と雑談をし、あれよあれよと四二階層までの往路が確立されていった。
ガラガラと荷台を押して向かうは階層の入口部。集められた鯱航石の山は防衛官の手によって運び出され、工房等に出荷されるのである。
「お疲れさん。わたしたちゃ深い階層に戻る予定ですが、篠ノ井隊の皆さんはどうなされますか?」
「俺たちは浅い階層の魔物魔獣処理に努めようと思う。防衛官の運搬中に襲われ、被害が出ても困るからな」
「そうですか、ではご健闘をお祈りしておりますね」
―――
百々代が鋲影の足を払って体勢を崩しては、勝永が旋颪を振り下ろしては胴体を真っ二つに。それと同時に別の鋲影が腕から銃撃を行うも、二人が障壁を張って身を守り、蘢佳の射撃が一帯を制圧していく。
この迷宮と百々代の動きに慣れてきた勝永は、ここ最近の動きが非常によく、前衛同士の連携を行えるまでに至り、非常に強化な前衛を築き。後衛の蘢佳と陽茉梨の魔法射撃安定性も高まっては、苦戦することもなくなってきていた。
特に陽茉梨と勝永の二人は初陣ということにも関わらず、厳し気な迷宮ではあっても多くの期待を背負っているだけはあり、百々代と一帆が太鼓判を押すほどだ。
気さくで朗らかな調整手と馬が合ったのだろう。
「ここいら一帯は十分だろう。先に進むとしよう」
一帆の腕に降り立ったのは探啼。後方で防御手に専念しているよりも、全体的に戦場を俯瞰できたほうが戦いやすいだろう、と探啼を使用できる三人からコツを習い習得に至ったのだ。
「次は五二階層、随分と進んだねっ」
「…そろそろ宿舎に戻って、ふかふかの寝台で眠りたいですわ。食事も味気なくて」
「慣れが必要だよね、こればっかりは」
「百々代は初めての迷宮、それも管理区画が機能していない場所でも、問題なく活動していただろうに…。食べれたものではない食料には、一食終えるのに倍以上の時間を駆けたのだぞ、俺は」
「そこまでだった?保存用の塩気が効いてて悪くなかったと思うんだけど」
「…、如何物食いめ。次階層が終わったら一旦管理区画に戻るとするか、俺も食事が恋しいしな」
「賛成ですわ!」
そんなこんなで一行は暫くの探索を終えて迷宮の外へと戻っていく。
―――
ガランガランと百々代と武狼が床に下ろしていくのは、色違う鋲影の残骸。
基本的な鋲影、それと鉄蝿もだがは、これらは触媒にならず金属素材として溶鉱炉に放り込まれるのが常。色の違う鋲影もそちらへ流されそうになっており、百々代が問い合わせた結果、直前で回収することができたのだ。
ただ色が違うだけの個体など同種と思われても致し方ないので、鋳溶かされていなかった事を喜ぶ他ない。
「随分と破損しているが、触媒にするには問題ないか。判定できるだけの部位を分別していこう」
「優先箇所は、…刃のついている腕あたりかな」
「身の熟しが凄い、のだったか」
「うん。蜉蝣翅を零距離擲槍加速した攻撃も受け流されちゃってね」
「ふむ、決着は?」
「わたしが頭頂部からの踵落としで砕いたよ」
「なるほど。となると蝲鋼のように、全身が硬い金属でできているわけではないと」
説明を行いながら、二人は部位ごとの素材を分別し終えて、刃を砕いて磨り潰していく。
「思ったよりも硬くはようだな」
「だね、普通の金属っぽい。じゃあ高い魔力耐性を持っていたのかな?」
「有り得る。触媒調査が終わったら、他の触媒と混ぜで障壁辺りの耐久性も確かめてみよう」
そうして触媒の調査をしてみるもこれといった水溶液の変化は見られず、全身を試すが元の鋲影と変わることのない結果となった。
「大方予想通り、次に移ろうか」
「それじゃあ簡易炉持ってくるね。起動。強化」
颯が調査記録を書き纏めている間に、百々代が簡易炉を家鞄から運び出して準備を整えていく。
「何に混ぜる?」
「先ずは…汎用性の高い緑埜鉄鉱でいこう」
「りょーかーい」
あれよあれよ、手慣れた百々代が準備を終えて触媒の製作へと進む頃に、颯も記録を終えて合流をする。緑埜鉄鉱の欠片を簡易炉に投入し、溶けた所で鋲影の刃も投入し、双方が完全に溶け切った事を確認しては鋳型に流して固まるのを待つ。
適時様子を確認しながら、二人は簡単な魔法陣の作成と調整などを行って、時間を過ごしていく。
最初は篠ノ井隊の百々代を除く面々が書き上げた、各種魔法莢の使用感のまとめ。一帆の覆成氷花を除けば、皆一様に汎用的な魔法莢を用いて戦闘に挑んでいるので、これらを読み込んで魔法陣に落とし込める部分があるかを浚うのが、颯と百々代の役割だ。
態々、現地に魔法莢研究局局員兼黒姫工房工房長が赴いているのだから、速い対応することで魔法莢の性能も上げられるというもの。
「そういえば、百々代くんは駆刃を使わないのか?」
「剣術を主軸にしてないから優先度はちょっと低いね。駆刃って元を辿ると近接寄りの魔法師が手に塞がった状態で、口頭起動を用いずに直感的に使えるよう設計された条件起動魔法でしょ」
「それが便利だとウケて巡回官のような迷宮稼業の魔法師が、口頭起動で使えるものを欲しがって今の二種類に収まった」
「うん。何が言いたいかといえば、蜉蝣翅が無いと使えないと不便でさ、擲槍で十分だなって。…あっでもさ、手刀でも駆刃出せたら面白そうじゃない?」
「それこそ擲槍で良さそうだが、何事も試してみなくてはな!」
他に誰かいれば呆れられていそうな会話をしていれば、触媒が冷え固まり耐久試験を開始した。
何種類かの魔法を試しては、他の障壁と比べていけば魔力に対して高い耐久性を示している。ならばと非魔法攻撃も試してみれば、元となった緑埜鉄鉱より劣化していることはなく、十分と言える結果を得られたのであった。
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