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二六話⑩

 肩を刺された百々代(ももよ)は応急手当を終えて、一帆かずほたちのもとへと戻っていく。

「止血は出来るているか?消毒は?中間拠点からそう遠くないとはいえ、傷をとがめないようにしないと」

「消毒と止血はしたよっ、陽茉梨ひまりさんに手伝ってもらってね。ありがと陽茉梨さん」

「どういたしまして、お安い御用ですわ」

「ならさっさと戻って治療をするぞ」

「うん」

 荷物の一部を蘢佳ろかに任せて、階層を戻ろうときびすを返すと同時に百々代の青い瞳がなにかしらを捉えて凝視する。

「何か来たか?」

「多分」

 一同が警戒を露わにしていると顔を出してきたのは宿舎の前で出会った同業者(巡回官)湯谷ゆざわ忠岑ただみねと仲間の御一行だ。

「お前さんたちは新顔の、ふむ…戦闘が終わったばかり、てところか」

「皆さんこんにちはっ、てっきり新手かと警戒しちゃいました」

「なんだこっちに警戒してたのかよ」

「えへへ、戦闘後にはかわりませんけどね」

 百々代らは臨戦態勢を解除して、胸を撫で下ろしつつ彼らに合流する。

「噂は聞いていましたが、こうして直接お会いするのは始めてですね。わたしゃ紫丁香花むらさきはしどい男爵の三河みかわ文子ふみこともしまして、この忠岑なんかを束ねている隊の長をしています。お会いできて光栄です『小雷龍しょうらいりゅう』の篠ノ井(しののい)百々代さん」

「はじめまして。―――」

 と一同は自己紹介をしていく。文子を始めとする三河隊は熟練の巡回官で、天閣楼てんかくろう迷宮に常駐して長いとのこと。年齢も三〇代半ばで、そろそろ引退を考えなくてはならないとか。

「その、『小雷龍』というのは?」

「ああ、通り名です通り名。防衛官から雷を纏って戦う凄腕の巡回官で、あの焦雷龍と戦って生き残ったなんてことなら、彼奴きゃつの名を冠して『小雷龍』というが相応しいと決めていたのですよ。ほほ」

「良いですわね!『龍殺し』は却下されてしまいましたが、『小雷龍』も素晴らしい響きだと思いますわ!」

「陽茉梨さんも理解わかってくれますか。どこかでお会いできたら伝えようと思っていたので渡りに船ですよ、本当に」

「諦めたほうが良い。うちの姐さんは結構勝手に通り名を決めちまいますし、それなりに影響力もあるもんで」

「そう、ですか。まあありがたく受け取りますね、通り名を貰えるのは光栄なことなので」

「そうですか!それでは『小雷龍』の百々代さん、同業者としてよろしくお願いしますね。ほほ」

「ところで怪我をしているようだが、鋲影びょうえいにでもやられた口か?」

 忠岑は百々代の肩を指差し問う。

「はい。色合いの違う個体が出まして、手痛い反撃を貰ってしまいました」

「あの厄介なのとやり合ったのですね。こちらに治癒のできる者がいますが、どうでしょう治療をなさっていかれますか?」

「負担でないのならお言葉に甘えたいです」

「問題ありませんよ。小町こまち、百々代さんを治療してあげて」

「畏まりました」

「ありがとうございますっ」

 三河隊の大野おおの小町は百々代を連れて移動し、男衆の見えないところで治療を施してく。

「夫の俺からも感謝する」

「いえいえ、巡回官は助け合い、ですよ。…篠ノ井隊はこれから中間拠点へ戻る予定で?」

「百々代が負傷したから戻ろうと思ってはいたが、ここで治療を終えられたのであれば潜行するのも視野にはいる」

「…そうですか。実は四一階層が構造変化で鯱航石しゃこうせきに覆われ、採取の手を借りようと三五階層へ防衛官を呼びに行く途中でこうしてばったりと。戻るのであれば言伝をお願いしたかったのですが」

「なるほど、そういうことであれば言伝は請け負おう」

「まあ、助かります。それではお願いしますね、こちらはこのまま潜行するので」

「質問なのですが、鯱航石というのは何なのでしょうか?」

「それはね、この天閣楼迷宮で採取できる鉱石で現在に至るまでの航海技術を支えている重要な品なんだよ」

 治療を終えた百々代は戻ってきがてら説明を行っていく。

「航海技術…、磁石などに使われるのでしょうか?」

「いい線いってるね、磁石に近いといえばそうなんだけど、鯱航石は特定の星を指し示す性質があるんだ。単品では力が弱すぎるから魔法莢まほうきょうの触媒にして、長期航海のお供とするのが基本的な使用用途だね」

「特定の星、ですか」

星鯱ほししゃちの眼だよ」

「あぁー、なんか聞いたことがある…気がします」

 百港における星座、星鯱座ともいうべき星の並びがある。北の空に動かず留まっているのが星鯱の尾鰭おびれ、そこから背鰭せびれ胸鰭むなびれと並んでいき、やや離れた位置に一際明るく輝く星が眼だ。

 一年を通して異なる角度から見下ろしている星鯱の眼、そしてそれを指し示す鯱航石は現在の季節を読み解くための道具として重宝されているのだ。

「これって学舎で習わなかった?」

「いえ、習っていませんね。やはり天糸瓜と金木犀では学ぶ内容に多少の差はあるようです」

「…?」

 陽茉梨は習ったかどうかもあやふやなようだ。

「じゃあこっちは潜行するけれども、篠ノ井隊の皆さんもお気をつけて移動してくださいね」

「はいっ」

 三河隊を見送って百々代たちも三五階層を目指して移動を開始する。

「防衛官さんたちに伝え終わったらわたしたちも四一階層目指そっか、見てみたいんだよね鯱航石」

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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