二六話⑧
「なるほど、」
百々代は透布套を観察しながら一言呟き断面を注意深く観察してから、小さな物を掴む為の道具、鑷子で銀色の糸を一本だけ抜き出した。
「なんかところどころに金属っぽい銀色の糸が混じってるんだよね。凄く細くて糸と変わりなくて、パッと見ただけじゃわからないんだけど」
「おおぉ、流石百々代くん、目が良くて助かるぞ」
「どういたしまして。…でもこれ見た目は金属っぽいんだけど、質感は糸をなんだよね。よく見ると撚ってるようにも見えるしさ」
「ほう。…本当だこれは糸に近い質感だ。とりあえずこの切れ端だけでも解いて、素材を確かめてみるとするか」
「りょーかーい」
ちまちまと時間の掛かる作業に取り掛かり、どれくらいの頻度で金属糸が含まれているかの調査を行っていく。一定の間隔毎に織り込まれているようで、なんとなくこれが透明になる仕組みなのだろうと考える。
「然し…撚り糸に出来るほど細く金属を延ばせるのだろうか?」
「大陸特有の技術なのかもしれないね。これだけ集めて触媒の調査をしてみる?」
「やってみようか。それにはまだまだこの糸を集める必要があるのだが」
「手伝ってくれるか一帆たちに聞いてみよっか」
「虎丞と真由も動員するとしよう」
篠ノ井一行の皆を集めて始まった透布套の解体作業。
最初はいい機会なんて進んで参加していた陽茉梨と勝永だが、あまりにも地味すぎる作業にげんなりし始めて、魔法莢関連の作業はもういいかな、なんて思わせるに至った。
こういうのが主ではないのだが、百々代と颯がやる触媒調査やなんかは地味なので、彼女らの考えは否定できない。
「皆ありがとねっ」
「どういたしまして…、それでこの糸をどうするのだ?」
「擂り潰して触媒調査と材質調査をしようと思ってね」
ここまで手伝ったのだ、最後まで付き合うかと一同は手際よく準備をしていく百々代と颯を眺めて、調査結果を待ち望む。
「これ、導銀なんだ?」
どろりとした粘体、悪食糊という魔獣の体液に擂り潰した粉末を投入し、硝子棒で掻き混ぜれば徐々に黒く変色していきどうするのだ導銀なのだと判明する。
「それにしては強靭な気がするが…。強度に関しては扠置いて、導銀ということは、何かしらの触媒を用いて魔法を起動していることになる」
「はい、質問ですわ!」
「何かな陽茉梨くん」
「魔法にはどうして導銀と触媒が必要なのですか?」
「「「…。」」」
本気か?という視線を集めては、きょろきょろと周囲を見回していく。
今の質問は魔法史の基礎で学ぶもので、学舎に入る前から簡単な部分に触れているはずなのだが…。
「導銀には二つの性質があってね。先ずは高い魔力の伝達性、そして触媒と呼ばれる必要なのですか被魔力性物質に対して強く作用を及ぼせる干渉性に起因するんだ」
「なるほど?つまりは導銀と触媒が無いと魔法は使えないと」
「今は正解ってことでいいかな。今後はちょっとわからないけど」
「迷宮遺物の作用を魔法とするか、だな」
「うん。とりあえず話しを戻して、魔法の始まりは大昔に迷宮が現れ、そこから生じた魔物の存在。彼らの摩訶不思議な力を模倣しようとして偶然に生まれたのが、導銀と魔物魔獣の素材を使った原始魔法。今のように魔法莢って形ではなかったけれど、似たようなものだったんだ。それから導銀に模様を入れたら効果が上がったりと色々あって今の形になったの」
「そういえばそんなことを学舎で学んだような気がしますわ」
「気がするのではなく、学んだのですよ陽茉梨嬢…」
「…。」
「ま、まあちょっとした箸休めに太古の魔法を試してみよっか。ちょっと待っててね」
調査からは逸れてしまうが多少は問題ない。百々代は家鞄へと入っていき、導銀盤と粉末の入った瓶を手に戻ってくる。
「これは玉髄山椒の粉末、わたしが初めて入った迷宮で採取した鉱石でね。危険のない実験が出来るはずだよ」
一帆は首に下がる玉髄山椒の首飾りを服の上から、優しくなぞる。
導銀の上に粉末を均等な厚さになるよう均し、陽茉梨の許へと持っていく。
「手の平に玉髄山椒がくるよう持ちながら魔力を流してみて」
「ふむ…、おお?少しずつ温かくなってきましたわ!」
「成功だね。保温の魔法なんかに使われる材料で、結構身近な場所にも使われてたりするね」
勝永と一帆にも手渡して温度を感じてもらい玉髄山椒を片付けて原始魔法体験会は終わる。
「さてさて、この金属糸が同銀なら触媒じゃない可能性が出てきちゃったんだけど…、変に糸っぽさが強いし…何かの混合物と見たほうがいいかな…?」
百々代はブツブツと独り言を吐き出しながら触媒調査の準備を始めていく。
水溶液へと流し込み、新しい硝子棒で掻き混ぜれば、ほんのりと黄色っぽい色が浮かび上がってきて、百々代と颯は驚いた顔をして顔を合わせる。
「これ、導銀そのものに何かを混ぜているって考えるべきなのかな?」
「だな」
「莢研で昔の資料を眺めているときに、………たしか、『導銀に金属系触媒の合金化』なんてあったはずだけど、そういう切り口ってことだよね」
「そんなのがあったのか、ふむ。然し、然しだ。こういった技術があるのにも関わらず、大陸人の魔法技術には使用されている形跡はなかったはずだ。先の報紙でもそれらしい記載はなかった」
「秘匿技術、いや今更隠す利点はないかな」
「未だわからんが…虎丞、莢研に今の報告を送りたい、明日にでも送りつけてやってくれ」
「承知しました。こちらでは実験をなさらないのですか?」
「してもいいが素材が足りんし、人手が多いほうが楽に終わるだろう。それに向こうにも手柄を立てさせてやらないと黒姫家が刺されかねん!」
「なるほど。では颯様が報告をまとめ次第、最速でお届けできるよう手配いたします」
「フッフッフ、ハハハハハ!大陸の技術、天糸瓜のものとさせてもらうぞ!!」
「おー!」
(魚に水を与えてしまったな、プレギエラ人は。ざまあない)
(これが莢研の天才二人、どこも欲しがるのがわかりますわね)
(新しい魔法の生まれ時、か)
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