二六話⑥
百々代たちが迷宮に潜っている間、颯は魔法莢研究局の施設にて透布套を刻んで擂り潰しは触媒調査を行っていく。
霞草街の魔法莢研究局はとある事情から現在機能をしておらず、迷宮管理局が物置として使っていたのだが、魔法莢の研究をしたいと伝えれば綺麗に清掃をしてくれて、快適な実験ができている。
颯の扱っている透布套は先の事件で学舎を襲ったプレギエラ人が使用しており、天糸瓜学舎が回収していた品々。学舎外のものは港防軍か諜問官が回収したのだが、公的に学舎での対処を行ったのは教師たちや生徒、そして百々代なので学舎所有となっていた。
それらを学舎長が百々代への礼ということで譲渡し、颯が研究として弄くり回すに至ったのだ。
駄目で元々、『金子の支払いをするのでいくつかを譲ってほしい』という旨の書簡を送った所、返事と一緒に全ての透布套が黒姫家へと届けられたのである。
返事には『金子は不要、今後の魔法に役立てるように』という意味合いの内容が綴られており、公的に感謝の印という事になっている。学舎内では超人気の英雄扱いなので、彼女へと誠意を示した学舎長も好感に捉えられているのだとか。
「どうですか、颯様?」
「無反応だ、触媒ではないのか。…この布そのものに何かしら仕組みがあるのだろうか、百々代くんが戻ってきたら目の良い所で見てもらおうか」
「迷宮遺物という可能性はないのですか?」
「今回の件で多くのプレギエラ人が使っていたと聞いている。そう考えると、何が手に入るか不安定な迷宮遺物とは考えられないし、溜め込んでいたとしてもこんなに気軽に使い捨てられないだろう」
「それもそうですね」
虎丞と真由が助手のように働いては、三人で頭を悩ませていく。
国交のない異国の技術、ということもあり、天才と呼ばれる颯でも中々に厳しいようだ。乾し葡萄の数粒を口に放り込み、椅子に凭れ掛かっては新たな切り口を探していく。
が、時間だけが浪費されていき、大人しく魔法莢の魔法陣弄りに戻っていく。
そろそろ百々代たちが戻って来る日数かと考えていれば、迷宮門の辺りが賑やかしくなってきて、気分転換にと颯は足を動かし向かってみる。
「お〜い、颯っ、見て見て」
元気頻りな百々代の声を頼りに進んでみれば、金属質な残骸の山が出来上がっている。
「おかえり百々代くん。これは何の残骸なのだ?」
「えへへ、蝲鋼の残骸だよ。今までは倒すと自爆しちゃって素材の調査が不可能だった魔物、つまり」
「おおおぉ!新しい素材ということか!」
「そう!鋏と尻尾から光線を出してたから、光に関する魔法かな、それも攻撃魔法の」
「フハハハ、楽しくなりそうだな!」
「うんっ」
楽しげに盛り上がる二人を見て、一帆は「少しの間は身体を休める時間が出来たな」と肩を竦めてみせた。
―――
「はっ!寝坊だわ!」
寝ぼけ眼で窓の外を眺めていた陽茉梨は日が差し込む角度から時刻を察し、跳ね起きて着替えを始める。
(起こしてもらってばかりでは駄目よね、百々代さんに呆れられちゃうわ)
急ぎ飛び出して食堂へ向かえば、寝癖の跳ねたどこかぼんやりとした一帆が珈琲を飲みながら舞台台本の頁を捲っていた。
「陽茉梨か、おはよう。…?迷宮にでも行くつもりか?」
「え…?」
「浅い階層であればなんとかなるかもしれんが単身での潜行は勧められんな。特にお前は後衛を専門としているだろう?」
「え、あー…。今日って休みでしたっけ?」
「ふっ、寝惚けていたのか、顔を洗って朝餉にするといい。探索詰めにしても良いことはないからな、少しの間は休みだ」
「そうしますわ…」
(急いで損をしたわ…)
陽茉梨はトボトボと自室へと戻っていき、探索用の衣服から私服に着替え直しては食堂へと戻っていく。
「おはよう陽茉梨嬢」
「おはよう、勝永もさっき起きたのかしら?」
「そんなところです。思っていたよりも体力に余裕のある探索ですが、柔らかな寝台の魅力には勝てず、ついつい」
「そうね、余裕はあるわよね。顔を顰めないといけない不味い食事に、迷宮内の地面で雑魚寝するとばかりに思っていたから意外よね」
「新規の迷宮なら兎も角、既存の迷管が管理している区画内であれば大昔の劣悪な環境にはなっていないさ。全階層が構造変化していなければ、という前提は付くが」
人手は足りないが、資金はそこそこ潤沢なのが迷宮管理局。人を選ぶ職場なので人手は仕方ないのだが…。
「新規迷宮、なんでしたっけ…えっと」
「猫足村…今は猫足街か、迷路迷宮では中々に酷い環境を強いられた。なにせ高頻度で構造変化を起こすうえ、湿った閉所で最悪の気分で眠ったものだ…。食事も携帯食料を煮ただけの粗末なもので、……百々代が擬宝足とかいう如何物を食べたがってな」
「既存迷宮万々歳ですわ…」
「大変な場所は大変なんですね」
「新規迷宮なんてそうそうお目にかかれるものでもないから、いい経験にはなったがな。功績にもなったし」
「やはり新規迷宮の踏破は誇れる功績ですよね。自分も、羨ましい限りです!!」
「ふぅん、そういうものなのですね。私にはあまりわかりませんわ」
朝餉を受け取って、突きながら会話へ混ざっていく陽茉梨。一頻り会話を終えても百々代と颯が来ないことに疑問を思い尋ねてみれば。
「百々代と颯なら莢研の施設に朝早くから向かったはずだ、俺も起きていなかったから確かではないが。昨日に持ち帰った蝲鋼の素材を調査しているのだろう。新しい魔法を生み出してくれるかもしれんな、ははっ」
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