二六話⑤
「百々代さんの信号弾、赤赤黄ですって?!」
「何かしら相手と交戦状態に入ったか。となると鉄蝿の処理をしてさっさと合流した方が良さそうだ。勝永が敵の誘き寄せ、蘢佳と陽茉梨は迎撃の準備をしろ。百々代がいない以上、残党の処理を確実にな」
「「「了解!」」」
蘢佳と陽茉梨は探啼を解除し各々の迷宮遺物を手に、勝永が誘導する鉄蝿の群れを待つ。
「間に合いそうだし陽茉梨が初手で、手前が残りを撃つよ」
すでに溜めを始めている陽茉梨は首肯して、残りは展開射出するだけの状態まで持ち込んではその時を待つ。
「来る。三、二、一。」
合図と共に建物の角から猛進する探啼が現れて、後続の一群が彼らの視界に移ると同時に解除。勝永も旋颪を手に迎撃の準備を行えば、起動句が耳に届く。
「――、擲槍!」
握られている迷宮遺物は日の眩杖、着弾と同時に爆破を起こす広範囲攻撃である。周囲の建物ごと爆破し、瓦礫の雨を降らしては鉄蝿の数を著しく減少させれば、今度は蘢佳の弾幕が展開される。軌道線を描いたり手先の技術を用いることのできない銃型の迷宮遺物だが、現行の魔法莢が円筒形たる所以だけあり、その制圧力は正に一級品。
石火砲を使い魔法射撃に馴染んできた蘢佳だからこそ、的確な射撃で残った相手を軽々と削っていき。勝永の駆刃、そして一帆の氷矢にて鉄蝿の掃除は終了する。
銃器による射撃はまともに対処すれば苦労の絶えない相手なのだが、集中火力による一掃には敵うことはない。
「蘢佳、走りながら探啼を飛ばせ、もうできるだろう?」
「手前を誰だと思ってるんだ?へへん、成形獣を使わせたら右に出るものは…一部の変なのを除けば、右に出るものはいない蘢佳様だ!」
「ふっ、では行くぞ」
鉄蝿が残っている可能性は否定できないので、一応のこと警戒しつつも四人は百々代に合流すべく駆け出していく。
―――
相手の鋏と尾の向きに気をつけながら百々代は蜉蝣翅を片手に蝲鋼へと近づいては、峰に魔力を集中させて水平一閃、擲槍加速の斬撃を繰り出したのだがものの見事に蜉蝣翅は折れてしまい、攻撃箇所には僅かな傷が残るばかり。
次いで放たれる放電も無機質な体躯には効果が薄く、反撃に振り下ろされた鋏を回避するため百々代は距離を置く。
離れれば離れたで低威力で連射性の高い光線を鋏と尾から射出し、彼女の休む隙を与えない厄介な相手である。
(魔物の魔力耐性に鋼鉄の硬さ、こういうのを相手にするなら雷剣が恋しくなっちゃうってねッ!)
高い強度の相手には断続して攻撃を与え続けることの方が効率的に損害を押し付けることができるので、一定以上の水準に達していない一撃を基準とする手法は限界が見えやすい。無い物強請りをしても仕方がないので、手元に残っている折れた蜉蝣翅を投げつけ肉弾戦と放電で攻撃を続けていく。
やや複雑そうな構造から強度に難の有りそう且つ攻撃の要、その一つである尾を狙っていたのだが、見た目以上に壊れる気配がないので、動けなくするために脚を狙うべく目的を変えた。不思議と足音が感じ取れず、形状はほっそりとしており本気で攻撃を加えれば折れそうなそれだが。
光線を躱し進み肉薄し、踏み込みと共に拳を突き出して零距離擲槍を起動。見事に関節部へと命中させることには成功したものの、僅かに凹みを作った程度で折れるまでには至らず、流石の百々代も苦い表情である。
鋏での打撃と尾での刺撃を回避し、水平踵蹴りに零距離擲槍を乗せ命中させて漸く右側の一本目を折ることに成功した。
(一本折れたけど、長い戦いになりそうだねッ!)
蝲鋼は危機感を覚えたのか、今までの動きよりも幾分か機敏に動くようになり、積極的に百々代との距離を離すように立ち回っていく。然しながら機動力に於いて彼女に敵うはずもなく、尾装が巻き付き起点にされて、重い一撃にてもう一本の脚を砕かれもがれる。
右側から伸びていた四本の内の半分が消えた事もあり、蝲鋼の機動性はみるみると目に見えて下がり始め、近接戦闘を重とする手法へ移るその隙で更に一本を破壊され、右鋏を用いなければ自立ができない程に追い込まれていく。
(動きを阻害する事はできたけど、わたし一人じゃ撃破は無理そうだし。…、えへへ、丁度いいところに蘢佳の)
高い頭上でくるりと旋回帆翔をした鳥型の成形獣を発見した百々代は、一旦相手の傍を離れては建物の壁を駆け上がっていき探啼を手中に収めた。
「いいところに来たね蘢佳。そっちは終わった感じ?」
「終わったよ!百々代の方は…すごいのと戦ってるね」
「ちょっとねっ、蝲鋼って言えば一帆には通じると思うんだけど」
「ラッコだって一帆。金属の蠍みたいなの、そう。…わかったって!」
「わたしもで装甲を突破できそうになくて、陽茉梨さんの恢浄で装甲への一点集中攻撃と、自爆対策に一帆が氷花を使って凍結させてほしいんだよね。おわっと!」
迫りくる光線を回避しながら探啼を用いた意思疎通を行っていく。
「――――って事だけどどう?うん、わかった。やるって!もう少ししたら到着するから時間稼ぎお願い!」
「了解っ、それじゃあまた後でねっ」
「クイダテ!」
「バレ」
探啼を手放して百々代は蝲鋼を目指して落下してく。
「蘢佳と勝永は障壁の準備、陽茉梨は走りながら恢浄の準備を整えろ、数をなるべく多く、そして一点集中で攻撃を出来るようにな。起動。――」
「走りながら?!やります、やってやりますわ!起動。――」
腰を据えて守られながら魔法を使用するのが今までの陽茉梨だったのだが、反論も受け付けない、と言わんばかりに一帆が覆成氷花の準備を開始してしまったために、それに続いて擲槍の準備をする他ない。
解けそうになり集中力を撚りながら、しばらく走っていけば百々代の戦闘地点。蘢佳が探啼で状況を確かめながら指示を待つ。
――――。
建物の角から探啼を出そうとした瞬間、光線と思しき光の束が天へと上がっていき、地上の百々代目掛けて降り注ぐ。
(軌道線を描けたんだ、…って追尾までするの!?)
右側の最後の一本を砕かれた蝲鋼は、尾先をへと向けては無数の追尾光線を放ち、百々代を焼き殺すべく左鋏にからも太い光線を射出する。
自在に軌道を変えて百々代を狙う無数の閃光に、直撃を許すとのできない主砲というべき光線、その二つを対処すべく百々代は駆け抜けながら障壁を張っていく。
(鋏からの高威力光線は発射毎に溜めが必要だから、追尾の方を一纏めにして障壁で妨害。よし、上手くいった、わたしが跳ぶ隙を作れれば、もう)
壁を背に極限まで追尾光線を引きつけた彼女は、零距離擲槍で飛び上がり攻撃を壁へと衝突させ潰しきり、視線の奥に陽茉梨の姿に笑みを浮かべる。
「こっちだよ、蝲鋼ッ」
腕からの擲槍で自身を跳ばし、頭と思しき場所を殴りつけては注意を引き付けて距離を置く。光線を躱し続けていれば陽茉梨の準備が終わったようで。
「―――、擲槍!!」
どれだけ展開したのか、大まかに数えても二〇〇は有りそうな膨大な擲槍を作り出した彼女は、動けなくなった蝲鋼の背甲目掛けて撃ち出し、物量で耐久を押し通る。最初こそ変化に乏しかったのだが、半数を超えたあたりから攻撃点を中心に罅が入っていき、遂には砕け散っていく。
さて、蝲鋼は自身が討たれることを引き金に自爆することが知られており、この個体も例外ではない。砕けた体躯の内側から一部が膨れ上がってき、赤色から黄色そして白色へと変色していく。
「――大氷花」
今にも自爆しそうな瞬間に一帆の魔法が展開されて、成形弾が膨れ上がる箇所へと命中、蝲鋼を覆わん程に大きな氷塊を作り出しては動きを完全に止めてしまった。
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