二六話③
明くる日。颯はお留守番で天閣楼迷宮に踏み入るのは|百々代ら五人。
迷宮門を潜れば先ず目に入るは無数に立ち並ぶ立方体の建物群。材質は石のようにも思えるが混合材料である混凝土で作られており、無感情な印象が強く出る。
無数の窓からは所々光が漏れ、異国の言葉で描かれた看板が燦然と輝き夜天を照らし、どこからともなくがやがやと市井にいるかのような賑やかさが耳に入る。
「妙に賑やかな場所だな、夜だとは思えん明るさに煩さだ」
「この音はずうっと鳴ってるみたいだよ。迷宮内で眠るなら耳栓は必須だね」
なんて気楽な声色の百々代であるが、何時でも戦闘へ移れるよう準備は万端である。
「階層は全部で七九階層で、七階層毎に中間の拠点があって。主な相手は鉄蝿っていう、一尺から二尺の飛行金属体ってところだね。…うーん、流石に一階層にはいなさそうだね、巡回官さんと防衛官さんが多いみたいだし」
持ち上げられた目蓋から青い瞳を晒しては周囲の索敵を簡単に行うも、引っかかる対象はなくよく掃除されている。
「ならさっさと足を進めるか。今日は二人の初陣がてらの様子見探索、時間は多くないからな」
「りょうかーいっ。それじゃあいこっか」
「はい!」「かしこまりましたわ」「頑張ろうー!」
さくさくと進み七階層。巡回官幾人も常駐し、防衛官の実力も遜色のない場所ということもあって、浅い階層に於いては移動がてらで処理されているため敵という敵に出会うことはなかった。
「おや、見ない顔ですね。新しく赴任した巡回官の方々ですか?」
「はい、昨日に到着しまして。天糸瓜大魔宮の調査やなんかも兼ねているのですが、とりあえずはこちらに身体を慣らしておいて、首魁の再胎に備えようかと」
「あぁー、お話しは聞いていますよ、ええ、確か聞きました。…そう、篠ノ井隊…でしたっけ?」
「そうです、篠ノ井隊です。今までの階層では殆ど敵が見られなかったのですが、現れるのはもっと先になりますかね?」
「それなら八階層あたりから目に見えて増えますのでお気をつけください。極端なんですよ、この迷宮は」
「極端、ですか?」
「魔物魔獣のいる階層はとことんいるのですが、いない階層はめっきりいなくって大変なんです」
「そうなんですね」
「そうなんですよ。ああ、そうだ、中間拠点は敵の有無に応じて移動していたりするので、その場その場で行動をしていただくことになりますが…天閣楼迷宮に潜行できる時点で関係ありませんよね」
「あはは、そうだと思いたいです。それではわたしたちは潜りますね」
「お気をつけてー」
八階層に足を踏み入れると今までとの雰囲気とは異なり、道幅はやや狭く建物と建物の間には赤や黄色、橙色の提灯と行灯がいくつものぶら下がり、道そのものにも屋台らしき構造物が並んだ、やや小汚い景色になっていた。
とはいえそこら中の看板が光り輝いていることには変わらず、灯りの用意も必要ない場所だ。
「さあ、敵さんのお出ましだよ」
百々代が指を差した先には、空中を飛ぶ金属の盥。下部には銃器取り付けられており、赤い光源で周囲を照らしては索敵、哨戒を行っている。あれらが鉄蝿。
「陽茉梨と蘢佳が魔法射撃にて敵を撃ち落とし、百々代と勝永は露払いを。問題ないか?」
四人は頷き迫りくる鉄蝿の一群の迎撃へ移っていく。
(先ずはこの二脚を下ろして、蜂杖を…この机でいっか。ここに置いてと)
銃身の下部に取り付けられている二脚を起こし、それを支えにするべく机に乗せた蘢佳は、照準器を覗き込んで握る引き金に力を込めた。
ズダダダダダ、と物凄く、夥しい数の擲槍が射出され鉄蝿のいくつかを蜂の巣に変えては撃ち落としていく。他の銃型迷宮遺物と同じで火薬等を使う火砲ではないので反動はなく、狙いを定めて引き金を引き続けることで瞬く間に敵の数を減らしていく。
「何すごいんだけど、これ!」
「良い金額のする品だ、有り難く使え」
「うん!」
轟の蜂杖の効果は威力の低下と魔法の高速連射なのだが、一帆が大枚はたいて競り落としたこれは威力低下の殆どない最上級品だ。ただしそれだけではなく。
「え?あれ?魔法出なくなったんだけど?」
「そういうものだ。常に使い続けられる杖でなく、冷却時間が存在していてな。動かない間は石火砲で応戦しろ」
「了解!」
と腰の帯革に佩いた石火砲を取り出せば、隣で魔法を溜めていた陽茉梨が口を開く。
「――、擲槍」
ズラッと宙に浮き上がった無数の擲槍は、彼女の持つ恢浄によるもの。こちらも手数を増やす迷宮遺物だが、軌道線を描いたりと器用に扱うことができるのだ。
放たれた擲槍の数々は一帆の障壁、その隙間を縫うように飛んでいき、鉄蝿の群れを壊滅させてしまった。
「私も負けていませんのよ、蘢佳さん」
「おー、すごいな陽茉梨!だけど手前も負けてらんないんだから!」
残った数匹に石火砲向けて引き金を引くも、鉄蝿は案外にもすばしっこく貫通鏃石をすり抜けて接近を許してしまう、が。
「駆刃」
勝永が旋颪を振り抜いて放たれた駆刃が命中しては分裂、一帯に広がって残りを落としきったのである。
「三人ともいい感じだねっ、…よっと」
「「!」」
パチパチと拍手で褒めつつ、狭い通路から飛び出してきた鉄蝿の一匹を百々代が蹴り潰して戦闘は終了した。
「今のは、どうやって気がついたのですか?」
「えへへ、向こうの窓に映っててねっ。細かいところはわたしが詰めるから、三人は各々が動きやすいように動いていいよ」
「百々代は腕利きの調整手でな、攻撃手が最も動きやすいように戦場を動かしてくれるぞ。本当に」
「褒め過ぎだよ、まあでもわたしに気にせず魔法射撃をしていいからね」
攻撃手が揃ったことで、二人は漸く攻撃手を兼任せずに戦うことができるようになったのである。
一〇階層まで足を進めて一旦区切りをつけた百々代たちは、来た道を戻りながら戦闘での振り返りを行うとのこと。
「問題ない、で終わりじゃないか?立ち回りを必要とする勝永は十分に動けてた。陽茉梨の魔法射撃の精度は十二分、蘢佳は今までの積み重ねがしっかりとできていた。しヵりと鍛えてきたその実力が遺憾なく発揮されていたぞ」
「…ありがとうございます」「そ、そうですか」「へへーん」
一帆に褒められ陽茉梨と勝永は照れて、ほんのりと紅潮させている。
「うんうん、実技試験で見たときから凄いなぁって思ってたんだよ。二年末のわたしたちともいい勝負できたんじゃない?」
「お二人とですか?」「流石に厳しいと思いますわ」
百々代と一帆に一人加わった三人編成。どう足掻いても厳しいと二人は考えるのだが。
「わたしたち別々で競い合ってたからわからないよ。二人のお友達もかなりの腕前だったし」
「三年前だしな。…。」
相性が悪かったとはいえ、二年末の百々代、その偽物に何度も敗北した一帆は一度顔を顰めてみせた。
(あの時の百々代なら…相方も結衣一人だったことを思えば)
「…。百々代に三人潰されたんだよな」
「結衣姉のお陰だよ。ふふっ、二人共十分強いし、これからもよろしくねっ。頼りにしてるんだから」
「「はい!」」
「手前は?」
「大丈夫、頼りにしてるよ」
「へへっ」
一行は迷宮の外へと足を進める。
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