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二五話⑬

 百港歴八八四年、天糸瓜島天糸瓜港で発生した無差別攻撃事件は、篠ノ井(しののい)夫妻と千曲ちくま叢林そうりんや港防軍人や魔法師らの活躍によって幕を下ろした。

 相手の狙いは高崎たかさき海良かいら及び魔法学舎に在籍している長野ながの陽茉梨ひまり、そして反プレギエラ感情を高めて戦への扇動とのことで、「悪逆国家プレギエラが戦へと百港国を煽るために襲撃した」とそのままの報道がなされることになった。

 これに対して様々な感情を百港の民は思うことになり、開戦すべきだというものもいたのだが、相手の思惑に乗せられるのも癪だと意趣返しをすべきなんて声が上がるようになった。

 現在の百港国は大半の大陸国とは国交を持たず、非難声明を出した所で効果はないので、大陸から貿易に来る少数の商人への高額な関税、若しくは追い出し等が候補に上がり、過激な者は私掠船を認めるべきだなんて声も。

 友好関係を持とう、そんな事を言う者はほんの一握りに規模を収縮していく。

 さて、包囲殲滅作戦から三日、ようや黒姫くろひめ家へ戻ってこれた百々代(ももよ)一帆かずほは、食事や湯浴みを終わらせて寝室で腰を下ろす。

「二人共お疲れ様、随分とあちこち動き回っていたようではないか」

「包囲をすり抜けて出ていった魔物魔獣の処理、散らばった残党狩り、行方不明者の捜索。港防のいいように使われていたのだ。はぁ」

 溜め息を吐き出す一帆と、けらけらと笑う颯。二人に挟まれている百々代は無言で抱き寄せては何も言わずにただただ、二人を抱きしめていた。

「百々代はよく頑張ったさ」「ああ、きっと被害は最小限に収まっている。だから暗い顔はしないでくれ」

 外で動いていた時は心配を振り撒かないため気丈に振る舞っていたのだが、周囲の目がなくなれば溜め込んだ様々が押し寄せて、彼女の感情は沈んでしまっていた。

「…全体で一四人。もっと動けてればって…思っちゃって」

 死傷者の合計は一四名、市井での被害は学舎程多くなく、攻撃の対象はまだ未熟な生徒たちを多く狙ったものであったと判明した。学舎に在籍している者の殆どは貴族家の出身であり、政を担う者により近いから狙われたのであろう。

「手の届く範囲は守れただろう?」

「…うん。…だけど手の届く範囲、だけだったんだ…」

「それ以上はどう足掻いても無理だろう。気負う必要はない」

「無茶をして百々代くんに何か有れば、これから守れる人も守れなくなってしまうかもしれないぞ。手の届く範囲を守れただけでも上出来じゃないか」

「これから範囲を広げていけばいい。俺が、はやても協力するし、今回の件で港防にも協力しやすい土台が出来た筈だ。前を向こう百々代」

「…うん」

 多くの被害を防げなかった後悔に沈む百々代の心を二人は慰めて、穏やかな夏の夜を眠っていく。


―――


 夜の船着場にて、黒姫工房の船舶が並ぶ一角へ怪しげな人影が歩み寄り、清掃と整備を終えて綺麗な船体をした莢動力船その一号に乗り込んでいく。

「あんまし他人家の持ち物に触るべきじゃあないと思うんですが、…大蕪おおかぶ島の人はそういう礼儀もご存知でない感じですかね?」

「!?」

 虚空からの声に驚けば透明な誰かが外套を脱ぎ、姿を現していく。

「遅れてますね、大蕪島は。透布套とうふとうに対する魔法もなし、透明な相手を判別もできない」

(こっちも識温視しきおんしがなけりゃ厳しくて、他人の事を言える立場でもないのですが)

「これは第三王子殿下からの指示で、天糸瓜港襲撃に乗じて天糸瓜島の技術を盗もうとする輩を排除するためでしてね」

「なら身元不明の自分たちへ刃を向けないのは可怪しくないですか?賊かもしれませんよ、こう見えて」

「天糸瓜領の諜問官ですよね?透明化の道具も使っておりますし」

「一番忙しい諜問がこんなところで油売ってられるわけないじゃないですか。身内から膿も出てきて、ただでさえ人手が足りないんですよ」

「……。」

「まあいいです。とりあえず、第一第二、どっちの指示かとか色々と聞きたいんでご同行お願いします」

「…ちっ、第三の犬め」

「ワンワン。なんて」

 男は観念し連行されていく。


―――


 正礼装を纏った篠ノ井夫妻が莢動車を降りれば、そこは島政省天糸瓜本所。天糸瓜島の政務の中枢で、天糸瓜領主であり島政省の長である長野ながの紀光ことみつの職場である。

 本日は先の事件で特に活躍した者への叙勲式。動き出しが早く功績を多く上げた港防軍の叢林とその周辺、そして百々代一帆の二人である。

「ちょっと緊張するかも」

「天糸瓜侯爵から勲章を貰うだけだ、緊張するかもことでもなかろうに」

「えー、でもほら版屋の記者さんがいっぱい来てるよ」

 なんて話しをしていれば記者らは二人の許へと走り寄り、護衛に距離を置くようにと禁めていく。

「学舎の生徒を多く救った篠ノ井百々代様、第三王子殿下の窮地に駆けつけた篠ノ井一帆様、叙勲するに当たってお気持ちを一言もらえますか?」

「そうですね、…わたしは手の届く範囲の誰かを守るため尽力し駆け回りましたが、一歩及ばず間に合わない方々が八名おり、行方不明者も数名おります。十分に被害を抑えられたと優しい言葉を掛けてくれる方もいますが、それでも出来たことはあったと、最善では無かったとわたしは考えます。…なので天糸瓜島の皆が安心して暮らせる泰平の為に、巡回官として迷宮に挑んでいきます」

「私からは何も無い」

 今をときめく魔法師で魔法莢の職人、他にも色々と取材したいことはあっただろうに、百々代の真面目な言葉だけを書き留めて顔を見合わせた。

 会場に到着してみれば先に到着していた叢林ら若い港防軍人の一団。叢林の半ば独断行動に着いてこれた精鋭ともいう。

「数日ぶりですね、篠ノ井一帆殿。おっ、お隣の麗しい女性は噂の奥さんですか?」

「ああ、そうだ。妻の篠ノ井百々代、俺と同じ巡回官をしている」

 事件当日。遅めの昼食のために迷宮管理局を、局員と出ていた一帆が天糸瓜港に魔物魔獣、そしてプレギエラ人が現れた際、偶然に鉢合わせ行動を共にしていた港防軍人たち。

 紹介を受けた百々代は丁寧に自己紹介をしては、人好きのする笑顔を見せて雑談に興じていく。

「――成る程、放散型纏鎧は未だ少し時間が必要と」

「はい。量産の為の触媒選定が終われば、少数ずつですが生産を始められるとのことです」

「百々代さんが用いるのは二重に纏鎧で覆う方式とのことですが、量産されたものも複合魔法莢の二重纏鎧なのですか?」

「いえ、二重にしているのはわたしの魔法に起因していたので、量産用の纏鎧は一般的な一枚装甲になりますね」

「二重の方が防御性は担保されるのですよね?」

「防御性に関する部分は硬性装甲が殆どで、衝撃の緩和に弾性装甲を使っていまして」

「んん?それであれば二重の方が恩恵が多いように思えますが」

「衝撃緩和は魔力放散で補えちゃってまして」

「あぁー、」

「二重にする利点は動き易さの切り替え、その一点につきますねっ」

 記者たちが欲しかったであろう情報を雑談がてら話しつつ、過ごしていれば紀光が到着し、一同は所定の場所で待機をし厳かな空気の中、勲章を受け取ってい

く。

 百々代、一帆、叢林の三名は輝紅珊瑚きくさんご勲章。他の港防軍人は鈴真珠すずしんじゅ勲章。どちらも栄えある勲章であり、式典などに参加する場合は胸に飾る必要がある代物だ。

 そして叙勲式に呼ばれてない大多数の者にも、功労者には宝貝勲章が与えられる事が発表され、淡々と叙勲式は終わりを告げる。

「それじゃお二人共、次はもっと平和な場所で会おう」

 ひらひらと手を振る叢林へ百々代も手を振り、島政省を後にするのであった。


―――


「お互い一枚岩ではないとわかっておったが、天糸瓜も天糸瓜で開戦派なんぞが居るとはな」

「お陰様で主要人物の把握と一掃ができましたので、…言っては悪いですが今回の事件様々ですよ」

「娘の危機だったというのに冷淡な男じゃのう」

「陽茉梨ならばお友達と一緒に突破しますよ。多くの被害は出ていたでしょうがね」

 海良と紀光は人払いのされた一室で、盤面遊戯の駒を動かしながら雑談をする。

「然し今回は助かったわ、紅珊瑚勲章の三人を差し向けてくれておらなければ儂の身も危なかった」

「ははは、どういたしまして。なんて言いたいところですが、こちらが警戒するよう伝えていたのは叢林くんだけでしてね。残り二人は海良様の運の良さ、ですよ。港防軍人と違って巡回官を迷宮関連以外で動かそうとすると越権だと指を刺されかねなく」

「運の良さ、のう。ここで死ぬわけにはいかぬということじゃろうな」

「今回の件で確実にプレギエラとの開戦は避けられなくなりました。こちらから侵略戦争を仕掛ける事はありませんが、相手方に首の塩漬けを贈る程度では方々も納得しません。海良様には大蕪島、そして群島から戦力を引きずり込んでもらうお仕事がありますので」

「お主も食えんのう、…ちと大蕪に戻って色々と準備を整えるとしよう。やることが終わってしまえば、天糸瓜で余生を過ごせるのじゃから」

「こっちでも仕事はしてもらいますよ。島政省の一人として」

「乗りかかった舟じゃあ、それくらいはするが。お手柔らかにということで」

 遊戯の盤面に紀光が唸り、二人は手を進めていく。

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