二五話⑫
旧地下水道。それは天糸瓜港の治水整備の結果、使われることがなくなり、一部が市街地直下と面しているため解体と埋立が滞っている場所であり、ここをプレギエラ人らは使用して移動してきたのだという。
一帆が取り出した永久灯を百々代が受け取って、暗い水道を進んでいけば三人が待ち構えるべき場所、集水槽までたどり着く。使われていない、ということもあり水気のある場所ではないものの、灯りがなければ真っ暗闇の地下空間。長居するのに心地の良い場所ではない。
「待ち伏せるってことだけど灯りはどうする。相手側から見えちゃうと思うんだけど」
「ここを通らなければ出口に向かうことは出来ない、けれど一応のこと消しておこうか」
「それが無難だろう。こちらには識温視もあるのだからな」
「識温視は温度を見るだけだから真っ暗闇で戦うのは大丈夫?」
「それは問題ないよ、迷宮遺物の星穹を用意してあるからね」
何処に隠し持っていたのか、淡黄色をした木製の短杖を取り出しては頭上をくるくると三度回せば、集水槽の天蓋には擬似的な星空が現れて、晴れ渡る月夜程度の明るさとなっていた。
「港防はこんな迷宮遺物まで所有しているのだな」
「これは千曲家の所有品だよ。家から届けてもらったのさ」
(なんだろう、この星の並び。知ってるかも。………前世の、人が縄張りに住み始めるよりも昔の星空な気がする。どれくらいかはわからないけれど)
「これね、女の子と遊び時に便利で定期的に持ち出しているんだよ。幻想的で素敵じゃない?」
「はぁ、正しい使い方をしてもらえてよかったな、星穹」
「こりゃ手厳しい。百々代さんはどう?気に入ってもらえたかな」
「落ち着く星空だなって思いました」
「それはよかった」
「星穹はいくつも出土しているが、そのどれもが違う星の並びをしているらしい。遠く異なる星や世界から眺められるものなのかもしれんな」
「きっと誰かが見ていた夜空だよ、これは」
―――
待機し始め地上では港防軍及び有志の魔法師が敵の潜伏先を包囲殲滅を開始した頃。水道の先に揺らめく炎の色を百々代が察知し、三人は戦闘態勢へと移っていく。
「集水槽に星空?!くっ、逃げ道は気取られていないのではなかったのか!」
捲し立てるような苛立った声色は百港の言葉、百々代が突撃しようと構えれば叢林がそれを止めて。
「はははっ、こちらが侵入経路を抑えているという話しはご存知でないのですね。僕の信頼している知己に裏切り者がいなくてよかったです。…島政省の沢清嶺と、予想はしていましたが港防軍人に…諜問官まで、売国奴の多いことで」
それなりの大所帯は百港人とプレギエラ人が混じり合っており、叢林へ殺意をむき出しにしている。
「千曲叢林ンン!なにやら嗅ぎ回っていることは知っていたが、こんな場所にまで追いかけてくるとは嫌な猟犬だよ、お前は!!だが、だがな!そちらに付いているのは誰かはわからんが高々三人、情報漏れを恐れて少数で動いたことが仇になったようだ!」
「まあまあ落ち着いてください、今からでも改心してその大陸の猿を引き渡してくれれば悪いことにはしませんよ?」
「実は敵情を知るための間者をしていた、と?馬鹿らしい!情状酌量の余地が無いことなど百も承知だ!」
「思いっきりが良すぎますね、僕の方からも口添えをできますよ、天糸瓜侯爵に」
「実力と家柄があるからと見下しよって!クソッタレ!」
(…後ろの人たちが動き始めた。いつでも急襲に対処できるようにしておこ)
叢林が会話をしている間、諜問官は不識と思しき魔法を用いてこそこそと動き始める。不意を突く心算なのだろうが相手が悪い。
「見下してなんていませんよ、同じ天糸瓜貴族の誼です。どうですか?悪い話しではないとおもうのですが」
「答えは「いいえ」だ!何を考えているかわからん貴様の言い分など飲めるものかァ!!」
否定、その言葉を放った瞬間、諜問官が不意打ちをするべく飛び出したのだが。
「―――グベッ!!」
顔面に拳がめり込み、雷の薄光が目を焼くのと同時に吹き飛ばされて壁に叩きつけられた。
「…。」「起動。――」
「はぁ…無理だった、かぁ。残念ながらこっちは最小人数で最大の戦力を整えてきたんですよ。抵抗は無駄だと諦めてくれると、嬉しいのですがね」
(厄介な魔法をもっていると聞くし、先ず狙うのは諜問官)
温度しか捉えられない空間だ、どれが誰かなんてのは判別できるはずもないのだが、認識の外側から攻撃を仕掛ける者が確実にいる。耳飾り型の迷宮遺物、権音で迫る危険の位置を判別し、蜉蝣翅の柄を親指で撫でて、不追の効果が乗った神速の駆刃で敵を斬り裂く。
『仕方あるまい、魔物を出す。この貸しは高くなるからな』
『切り抜けられるのであればいくらでも出しますよ、上級騎仰長殿』
清嶺はプレギエラ人に媚びへつらうように擦り手に揉み手、誰から見ても相手の親玉なのだとわかってしまう様子だ。
(何が出るかわからないけど、こんなところで魔物に暴れられたら面倒だから)
「起動。成形兵装武狼」
展開と同時に零距離擲槍で相手へ急接近、派手に暴れて見せては百々代は不識で上級騎仰長と呼ばれた相手を狙うのだが、妨害をするのは諜問官。不可視の魔法である絶門は、なんの痕跡もなく現れるそれは百々代の細視遠望の青でも捉えることができず、腕へと直撃をもらう。
「ッ!?」
放電にて追撃を防ぐことには成功したものの、硬性纏鎧そして弾性纏鎧を斬り裂いて肉を絶ち、百々代の右腕からは鮮血が滴り落ちる。
(何今の?…右腕が…)
ぷらん、と垂れ下がった腕は腱が切れてしまったようで、攻撃をできるような状態ではなく。顔を顰めては腰を落とす。
そんな中、敵中から飛び出してきたのは鬼人の女。暗がりの中で見えるその姿には覚えがあり、黒の瞳で見た武狼に討たれた燕女の姿と酷似している。ねっとりと気色の悪い笑みを浮かべたそれは、三人と一基を視界に収めては瞳に妖しい光を纏っては魔眼を解放した。
「――、ッ!」「うぐ、なんだ、これ」
一帆と叢林は魔眼によって萎縮し戦闘どころではなくなっていく。
『今の内にさっさと処分しろ、っ!?』
「―――」「…。」
勝機だと迫りくる相手の一団を一振りで押返したのは武狼。そして自身の腕を斬り裂いた諜問官へ、不識で接近し頭部を蹴り割った百々代の一人と一基。
『なぜ動ける?!』
「こっちの方が、効くんじゃないッ!」
「グギガ、ゲアア」
金の瞳を露わにした百々代は敵の一団を睨めつければ一同が苦しみだし、武狼で燕女の首を撥ね落とし踏み潰しては胴体を蹴飛ばす。そんな様子に相手の顔は恐怖に歪んで。
「氷花。…はぁ、終わりだ」
直撃で殺してしまわぬように調整された覆成氷花は、相手の周囲へと着弾しては手足を中心に棘が貫いて月の涙杖の効果で相手を凍結させていく。
『未だだ未だ、』
「させるわけないでしょ、魔物化なんて。面倒なんだからさ」
こちらも不識で接近していた叢林が騎仰長の両腕を切り落として戦闘は終了となる。
「百々代、腕は大丈夫か」
「…ちょっと動かないかも」
「よく見えないけれどざっくり切れてるし、僕の方で応急処置をしてあげるよ。傷跡は残ってしまう可能性はあるけど」
「傷跡くらいならなんとかなるから大丈夫だよ。お願いできる?」
「俺の方からも頼む」
「わかった、それじゃあ治療をするよ」
傷を塞ぎ、腱も繋がったようで一帆は安堵の吐息を吐き出しながら胸をなでおろしていく。
「よし、こっちは終わったし。君たちの移送としますかね、一回ぽっきり一〇万賈の高級迷宮遺物で送ってあげますよ」
「な、やめ」
顔を引き攣らせ拒否をしようとする清嶺へ紙を貼り付けて指を鳴らせば、売国奴とプレギエラ人の一団は跡形もなく消え去って、僅かな冷気のみが残っていた。
「転紙か。アレで移動をすると三日三晩は船酔いを三倍濃くした症状に襲われると聞くが…」
「それは本当だよ。僕も一度この身で経験しててね、…二度と自分には使いたくないかな」
「…。口が軽くなるな」
「だといいのだけど。さてお仕事は終わり、百々代さんも一帆さんもありがとう、お陰様で大助かりだったよ」
「どういたしまして。…こんなことは二度と起きてほしくないけど…、……戦に傾いちゃうかもね、皆の感情が」
「否定できんな。だが天糸瓜侯爵も島政省も戦は望むものではないから、なんとか抑える方向へ舵を取るだろう。悪い方へばかり風が吹くとは考えないほうがいい」
暗く俯いた百々代を一帆は抱きしめ、優しく背中を叩いて落ち着かせる。
「おほん、地上へ戻ろうか。僕もだけど二人共昨日から動きっぱなしだろう?一旦身体と精神を休めようじゃないか」
「そうだな」「そうだね」
三人は暗い水道を歩き、包囲を行っていた者らへと作戦の成功を告げるのであった。
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