二五話⑩
天糸瓜学舎は規模の大きな襲撃を受けているようで、あちらこちらで戦闘が勃発しており。教師と生徒が扱うであろう魔法とは一線を画した、蜉蝣翅のような、いやそれ以上に鋭利な魔法で切り裂かれた死体が稀に転がっている。
(この殺害方法はプレギエラ人のみを対象としているけれど、わたし以外にも加勢している外部の人がいるのかな。……、?何かいたような?)
一瞬何かが動いたような気もするが、人は居らず痕跡と呼べるものもない。
死体や動いた何かを昔漁る黒で浚うことはできるのだが、そんな時間的な余裕はないので場所だけ記憶して百々代は駆けていく。
(今のは確か…、ええっと、…巡回官の篠ノ井百々代だったか)
(覚え易い人相だ、間違いはなかろう。騒ぎを感知して魔物やプレギエラ人の対処に奔走しているのだな)
(…別方向に向かうとするか)
(そうしよう)
こそこそと姿を隠していた諜問官は、気取られない様に移動を開始し百々代とは反対方向へと消えていった。
―――
「賊共め、我ら千曲家が築いてきた学舎に土足で踏み入りよって!許さん!許さんぞ!」
怒髪天を突く様子のご老人の嗄れ声を耳にした百々代は現場へ急行する。建物の門を抜けて広がった視界には、剣の迷宮遺物を携えて矢面に立つ学舎長と教師、そして腕に自信のある戦闘への参加を志願した三年四年生たちが、無数の魔物魔獣、そしてプレギエラ人と対立し戦闘を行っていた。
「生徒たちは前に出すぎるな!学舎長もお下がりください!」
「わかっとる!じゃがな、駆刃!」
広範囲を薙ぐ駆刃が雑把な魔物魔獣を一気に仕留めて彼は一歩下がり、呼吸を整える。現役時代は相当な腕だったのだろうが寄る歳波には勝てぬようで、地面に剣を突き立て指示を出していく。
(相手が勢揃いしているのなら、ここが好機)
「解除」
蜉蝣翅と損傷の多くなった武狼を蔵い、大きく息を吸い込んでは限界まで屈んで零距離擲槍で跳び上がる。二連三連、雷を無数に放ちながら敵味方の視線を一点に集めた百々代は、全身硬性纏鎧で覆っては擲槍の勢いで急降下で敵陣を狙う。
無数に飛来する魔法射撃など軽々弾き、三点着地を行えば硬性纏鎧に罅が入るほどの衝撃を受け止めて、焦雷龍さながらの大放電でプレギエラの兇手と魔物魔獣を一掃してみせた。
暴虐と善性。二つの魂底が癒合しきった状態の百々代は、「敵」と認識されてしまったプレギエラ人の命を奪うことに一切の躊躇なく、僅かに動ける相手も処理して学舎の面々へと向き直る。
「巡回官の篠ノ井百々代です。魔物魔獣の対処に参じましたが、他での戦闘を行っている場所はありますか?」
「お、お前はっ!…ぐ、すぅー…、その胸に着用している教員章は副学舎長のものだが、彼に臨時の教師として雇われたのかね?」
「はいっ!客員教師だと」
「そうか。…加勢に感謝する。現在、情報の把握に努めているところではあるが、どこでどれだけの戦闘が起こっており、被害が出ているかはわからない状況である。以後の助力も狙えるのであれば、篠ノ井客員に学舎内の索敵及び対処、情報の共有等を願いたいのだが可能だろうか?」
「問題ありません。道中で四度戦闘があり―――」
急ぎ今までの情報を吐き出しては、教師と生徒からの情報を受け取ってからプレギエラ人の対処へと移っていく。
―――
天糸瓜港で魔物及び敵性集団の排除へと出向いていた一帆と叢林が侯爵邸へと戻ってきた頃、天糸瓜学舎から百々代が一帆に宛てた手紙が届く。
「姿を見せず合流もしないで何処にいるかと思えば天糸瓜学舎にいたのか。…ふむ」
「何が書いてあるのですか?」
「被害報告だな、これは。読むか?」
「是非、母校なんでね。死者八名、重症者三四名、軽症者多数…。…、かなり大規模な攻撃を受けたと見るべき、ですね、これは」
「…。」
「何かありましたか?」
「ほら。読んでみろ」
「敵の潜伏先?そして天糸瓜港への侵入経路と…協力者と思しき百港人の似顔絵ですか…?はぁ?百々代さんは凄腕の尋問術でも持っているのですか?」
襲撃から半日、港防軍でも尋問を進めているのだが、ここまでの情報は得られていない。諜問官は死人から記憶を抜き取る特殊な術を持っているのだが、それを用いても半日で得られる情報量を優に超えている。
「……。(諜問官に近い方法を用いた可能性がある、といえば理解できるか?)」
(わぁ、実は彼女の実家は諜問関連の家系だったりする感じですかね?)
(いや違うが。訳ありだと理解してくれ)
(了解)
港防の軍人であり、天糸瓜学舎長を務める家系ということもあって諜問官という存在は理解している。話半分ではあるが。
(情報の精査をするために港防へ流しますが、情報提供者は匿名としたほうがいいですかね?)
(頼む。百々代をあちらに送るつもりはないんだ)
(一帆さんは奥さんに尽くす旦那さんなんだね、嫌いじゃないよそういうところ)
(気色悪いな、お前…)
「じゃあ僕は一旦これで」
「情報は頼んだぞ」
知人の叢林に手紙の一枚を託して、残りの手紙を読み進めてみるも細かな敵の詳細や、使われた魔物魔獣の種類、そして確保した魔物化薬が収められているだけで、一帆の期待していたような内容は書かれていなかった。
市街地でプレギエラ人の無差別攻撃に対処して走り回っていた故に、一日が何倍にも感じられ百々代を恋しく思っているのだろう。
(颯と結衣に百々代の無事を知らせて、身体を休めておこう。潜伏先の襲撃にも駆り出されることになるのだろうしな)
侯爵邸で軍人を捕まえては百々代からの手紙、その中身だけを手渡して封筒は人目のつかない場所で燃やし処分する。
―――
「お呼びでしょうか学舎長」
「心当たりしか無いと思うのだがね」
「…はて、何のことやら」
天糸瓜魔法学舎の即席避難区画。その一角にて副学舎長は学舎長に呼び出されていた。
「篠ノ井百々代巡回官を客員教師として登用したことだ。態々言わすな」
「はあ」
「彼女が動きやすいよう教師の地位を与えたこと、そして学舎内で動けるよう許可を出したこと、…よくやった、とだけ伝えておこうと思ってのだ」
「…」
意外だ、と表情を露わにすれば、ギロリと睨めつけられて頬を掻いて誤魔化し、次の言葉を待つ。
「今回、死傷者重症者共に学舎の歴史を辿っても類を見ない程の大被害を負ったのだが、篠ノ井百々代巡回官の行動により被害は最小限に収められたと考えている。陽茉梨嬢の証言では彼女を狙っていた賊もいたとのことで、彼女を真っ先に援護、そして敵の排除を行え護ることができたのは君と篠ノ井百々代巡回官のお陰であろう。…生徒のために教師を率いて魔物と賊への対処も含めて感謝する」
「てっきり解雇になるのかと思っていましたので、いやぁ驚きましたよ」
「思うことがないわけではない」
「…。」
とりあえず職を失うような結果にならなかった事を安堵しつつ、心が狭いのか広いのか微妙な学舎長なのだと再確認した。
「ところで篠ノ井百々代巡回官はどうしている?」
「現在は休息中ですよ。本人は精神疲労と仰ってましたが、鼻血を流されていまして。お休みの案内をしたところです」
「そうか。本人への礼は明日にでも伝えるとしよう」
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