二五話⑨
「それじゃあ皆は防御を固めといて下さい。六人全員で」
「…、承知しましたわ」
陽茉梨。いや六人には加勢したいという感情はたしかに合った。だが然し、百々代と叢林の戦闘を直に見ていたことが蛮勇を抑え込み、彼女へ従うに至る。足手まといになるまいと。
「起動。成形兵装武狼。数打『蜉蝣翅』。申し訳ございませんが、手加減は出来ませんので多少の外傷は多目に見て下さい。命まで奪うつもりはありませんので」
(それを手加減というのではないのでしょうか…?)
迫りきていた龍種の首を何気ない動きで撥ね落とし、武狼が零距離擲槍で加速するのと同時に百々代は不識で視線を切り離す。擲槍移動を使わずの不識連続使用、呼吸が乱れる代償などお構いなしの決め手。くるりと手元で蜉蝣翅を回し、峰で兇手をぶん殴れば骨の砕ける音を響かせながら吹き飛ばされていく。
『…ッ!』
彼らは何をされたのかは理解できた。そして対抗するのには生身では物足りないことも理解できてしまった。
急ぎ丸薬を口に入れようと腕を動かすも、どうにも反応が悪い。冷や汗の流れる中で、視線を腕に向けてみれば蜉蝣翅の峰で殴られており、関節が一つ増えてしまっているではないか。自由には動かせない関節が。
魔法師にとって腕が大事なのは国が違えど一緒のことで、必死の思いで無事な腕を動かそうとするのだが、今度は視界が自然と上向いてき自身が仰向けに倒れ言うくことを理解する。脚に巻き付いた尾装が力いっぱい引かれており、それに気づく間もなく顎へ柄頭が命中し意識を奪われてしまう。
小型の龍種も武狼が処理し残りは一人。運良く生き残っている彼は二人の犠牲を糧に丸薬を飲み込むことに成功したようで、身体の端々から変化していき、龍と人と溶かし混ぜ形作るのに失敗したような見た目へと変わっていく。
魔物化薬竜神。龍種の力を人の身に宿す丸薬で、一帆たちが対処したプレギエラ人も用いた物と同じ品である。
(前は犬か狼だった気がするけど、今度は蜥蜴)
不識を用いて横に逸れた軌道で攻撃を仕掛けようとするも、蛇のような瞳が百々代を追って魔法射撃が放たれた。身体能力として五感の強化があるのだろう。彼女は回避をしては距離を置き、背部から武狼をけしかけてみる。
『甘いッ!!』
ほぼ真後ろなのにも関わらず裏拳での対処。なるほど、と百々代は納得をし一人と一基で同時に攻撃を仕掛けた。
『グギ、アガッ』
攻撃を退け反撃に転じようと画策していた兇手の脳内には掘り起こされたくない記憶が無数に湧き上がり、既にこの世には存在せず自身が殺めた両親が彼の首へ手を掛け力を込めている。「どうして?」と母親の最後の言葉と共に。
「悪いけど手加減はできないんだよ」
聞き慣れない言葉に意識を引き戻されれば、肉薄した二つの刃。混乱頻りの思考を無理矢理に動かして抵抗を試みるも、次の瞬間には腕の合った場所から血液が吹き出すばかりで、追撃を喰らって意識が暗転をしていった。
『悪徒め』
「はぁ…」
一段落終えたと呼吸を整え、陽茉梨たちへ向き直ろうとした瞬間。無数の魔法射撃が飛来し、武狼を盾にする形で直撃を防いでは出どころを探る。
『おいおい、どういうことだよこれは。準騎仰士一人と従仰士三人がいながら子供一人倒せないとは、…悪夢かなにかかよ』
『騎仰士様、相手は子供だけではないようですよ』
『みたところそんなに変わらん年齢だろうに。子どもと変わらねえって。チッ、雑魚だけ甚振って終わりの楽な仕事じゃなかったのかよ』
『天糸瓜島最大の都市ということもあり護りが硬いのでしょう。目算が外れてしまいましたね』
新たに現れた騎仰士と呼ばれた男は、人形のように動かなくなった傷だらけの女生徒を放り投げ、丸薬を飲み込んでは今までの歪な蜥蜴と人の混じり合いと異なる竜人族とでも言うべき姿へ変容した。
「…。」
明らかに呼吸の動作が見られない、そして瞬きのすることのない恐怖と涙に塗れた女性との遺体を眼にした百々代は、心の奥底の種火が再燃し不識と擲槍移動で距離を詰める。
『見ぃずらいが、…怖え顔だこと、きしょい眼をしてんな』
「雷放」
繰り出された拳を片足で受け止めて、その衝撃を雷に変換、周囲へ無差別に攻撃を行う。従者と思しき者は放電に巻き込まれて死亡、騎仰士も全身に火傷を負う。小さな舌打ちの音が聞こえ、音の方向へと踏み込んで蜉蝣翅の峰に零距離擲槍を展開、横薙ぎの一撃を繰り出せば、百々代の身体は一回転し相手の腹を一寸だけ斬り裂いた。
そのままの勢いで更に半回転しては水平踵蹴りに零距離擲槍を乗せ、百万雷といっても遜色のない大放電で、庭園を焼け野原に変えていった。
そんな光景に陽茉梨たちは、防御に専念するように、という言葉の意味を理解し、纏鎧の素材たる焦雷龍の恐ろしさを間接的に肌で感じとった。鱗一枚、その一部でこれほどの魔法になるのだと。
(なんだこいつ、焦雷龍じゃねえんだぞ?!)
大陸で使われる纏鎧に近い魔力の鎧は纏っている。それでも容赦なく刃で裂かれ、蹴りで罅が入り、雷が貫通してくるのだ。
攻撃が、不識が見えていようと対処が出来なければ意味がなく、防御に専念している間に腹部の傷口へと尾が刺さっていた。
『ぐあっ』
「…。」
距離を取るべく両足で跳ね退けようとするも尾がそれを許さず、空中で張り詰めたそれは体勢を崩すには十分な材料となってしまったのだ。致命、である。
顔面を鷲掴みにされて地面へと叩きつけられれば、瞬く間もなく意識は刈り取られて放電で全身を焼かれて騎仰士は死を迎えた。
「…。」
放電に巻き込まれてしまい、所々が放電の被害にあってしまった女生徒の遺体、その目蓋を下ろしては僅かに黙祷し、百々代は精神を落ち着かせるために何度も深呼吸を行う。
(…手が届かなかった。もっと早く来れていれば助かったかもしれなかったのに)
誰も百々代に責任追求をするはずもないのだろうが、手の届かない範囲を守れなかった後悔は彼女の心に残る。
「ふぅ……」
「「百々代さん…」」
「あー、あは、そのぉ…この子のことお願いしてもいいですか?学舎の中にいる敵はわたしが討つので」
痛々しい無理矢理な笑顔を作り青と金の瞳を閉ざした百々代の頼みに、陽茉梨と勝永らは頷いていく。
「息のある襲撃者の捕縛もこちらで行いますので、百々代さんは他の方々をお願いします」
「任せて」
駆け出した百々代を見送って、六人は敵兵の拘束だけ行って遺体の移送と避難を急ぐ。
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