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二五話⑧

 陽茉梨ひまりは学舎で昼餉ひるげを終えて降り注ぐ陽光を避けつつ、優雅な時間を庭園の東屋で過ごしていた。…いや、取り巻きの二人から勉強を見てもらい、早期試験のために学を積んでいた。

「今日も勉強をしているようで、ご精が出ますね」

「未だ未だ限々なのよ、邪魔するだけなら帰ってくださる?」

 勝永かつながたちを一瞥しては視線を落とし勉強を再開していく。

「自分たちも早期試験を乗り切れるよう、一緒に勉強をしようという思っていただけです。同席の許可はいただけますか?」

「仕方ないわね、二人の手を煩わせないようにしないさいよ」

「寛大な御心痛み入ります」

 そんなこんなで年末の模擬戦闘で戦った六人は顔を合わせて勉学に励む。勝永と共に行動をしている二人も、第三座と第七座で成績優秀者ということもあり、お互いに得意な分野を共有しあいながら筆を進めていく。

「こんなところかしら、上位一五人に入れればいいとのことですし限々なんとかなる…わね」

「そうですね、…ふむ。史学をもう少し詰めましょうか、陽茉梨姫。特に群島史学の結果が芳しくありませんわ」

「ぐ、群島…史学。苦手なのよあそこ、主要六島議会の代表議官とかでしょ、自覚はあるのよ、出来てないって」

「そうです。近代から現代にかけての代表議官と支議官、それぞれの勢力と各々の活動については試験に出ますわ」

「幸い語呂で覚えられますので、こちらをどうぞ」

 と陽茉梨が覚えやすいよう自作の語呂合わせまで用意し、至れり尽くせりの様子を見て、如何に彼女が第四座に位置しているかを男三人は理解する。

「君たち二人が成績の良いことに納得ができましたよ」

「二人は優秀なのよ、本当に。いつもありがとうね」

「「どういたしまして!」」

 さあ再開よ!と息巻いた陽茉梨だが、どうにも周囲が騒がしくなり始めて首をかしげる。学舎の生徒たちにしてはどうにも品性の欠ける状態で、なにか騒動でも起きているとしか思えないからだ。

「…。何か妙ですね、ッ!」「魔物?!魔獣か!?」

 席を立った勝永が騒動の先を見つめてみれば、逃げ惑う生徒と後方から走りくる群狼と怪しげな人影。

「はぁ…、何処の誰かは知らないけれど、この天糸瓜港を荒らそうだなんて長野陽茉梨わたくしが許しませんわ。来なさい、日の眩杖らじょう。起動。纏鎧てんがい。起動。――」

 と爆破擲槍の準備を始めていき。

「陽茉梨姫の邪魔をするだなんて」「許せませんわね?」

「「起動。纏鎧。成形武装」」

 取り巻きちゃんたちも険しい顔をして敵を睨めつける。

 先ずは障壁を展開し様子を見れば、群狼ぐんろうの数々が散開し陽茉梨たちの周囲を取り囲んでいく。

『アレが目的の長野ながの陽茉梨だ』

『女の子を殺すのは気が引けますが祖国のためです、人の心を捨てましょうか』

『信仰の為です。何れ異教は討たねばなりませんので、遅かれ早かれ同じこと』

『はぁ、魚を信仰するのであれば魚のような見た目をしていればいいものを…』

『終わり次第、今後の敵と成りうる芽を摘み帰還する。子供相手だと気を抜くなよ。キンモクセイに襲撃を掛けた同志は誰一人戻ってこなかったのだからな』

 プレギエラ人の狙いは陽茉梨そのもの、そして学舎の生徒たちのようだ。

「大陸人か…。二人共、陽茉梨嬢を援護するぞ」

「あいよ」「任せろっての」

「だが前には出ないように、相手の手札はわからないから」

 勝永は取り巻きちゃんへ頷き、自身らも戦闘に加わる意思表示をしては成型武装を携えて擲槍の準備を行う。

(こちらの出方を伺うなんて悠長ね)

「――擲槍」

 起動句を終えて放たれるは無数の擲槍。一度天へと昇っては頭を落とし雨霰の如く勢いで降り注ぐ。軌道線を描いたものと誘導性の付与された二種類が入り混じった攻撃は、包囲を敷いていた群狼を塵芥へと変えていき、咄嗟に防御を行っていたプレギエラ人だけが残っている。

『揃いも揃って雑魚ばかり、信仰だかなんだか知らないけれど、国へ帰ってママの乳でも吸ってなさいな』

「起動。――」

 陽茉梨は完全な大陸言葉でプレギエラ人を貶し、次弾の準備を行っていく。

 小娘に煽られようと鶏冠を立てるプレギエラ人でもないが、そう簡単に彼女の牙城を崩せないと悟れば、一斉に小型の龍種を繰り出しては遅いかからせ、自身らも攻撃を行う。

 前衛は龍種一二匹、後衛はプレギエラの兇手が四人。

 魔法射撃を取り巻きちゃんだ防ぎ、距離を詰める龍種を勝永らが対処するのだが、生徒の中でも強い一団とはいえ実戦など未経験の子どもに過ぎない彼らが数で負けている状況はよろしくない。

 杖の溜めを早めに切り上げた陽茉梨は、擲槍を放っては次の準備へと移っていく。

(大口を叩いたけれど拙いわね、この状況は。初弾で倒しきれなかったのだから当然と言えば当然なのだけど、走って逃げるなんて不可能。…大きな音で周囲に知らせて自慢を稼ぐほかないわよね)

 それは五人も理解できているようで、出来るだけ消耗を抑えながらの持久戦へと移っていく。

 何度か擲槍を放ち、五人の集中力が切れ始めた頃。既に龍種は残り二匹にまで数を減らしており、本体たるプレギエラ人を対処すれば勝てるのではないかと考えた頃。

(プレギエラ人の数が減っている?いつの間に…?)

 勝永が違和感を覚えて周囲を探るもそれらしい人影はなく、別の場所へ向かったのだと考えるも本能がそれを否定する。

(この状況でそれはない。こちらに固執しているところを見るに陽茉梨嬢が狙いだ。…誘拐か暗殺か、…どちらにせよ学友に手を出させるわけにはいかない)

 二人に合図を送り、一旦索敵に集中を割いてみるもそれらしき姿を見つけることはできず、残りの三人に意識を戻した瞬間。後方から足音が聞こえて振り返る。

 が、何もなし。

 旋颪つむじおろしは持ち歩いていないので広範囲の攻撃はなくないが、駆刃くじん矢鱈やたらに放っては牽制を行ってみせる。

 ふぁさり、庭園の花が一面に散ってそれを踏む足音が一つ。予想を的中させた勝永は顔を引き攣らせて声を上げた。

「後方、不可視の大陸人が一人いる!」

「「ッ!」」

(勘は良かったが、遅すぎたなクソガキ)

 流石に誰も余裕のない状況、音だけでは場所を判別できず、咄嗟に踏まれた花を追うことなど出来ようもない。再び駆刃を放ってみたが、的はずれな場所、その虚空から刃が現れてはどうすることも出来ない。

 一応のこと諦めることなく立ち位置を変えてみれば。

 透明なプレギエラ人を、当代随一と呼ばれる巡回官が水平蹴りを喰らわせていた。蛙が踏み潰されたような不快な音と共に吹き飛ばされた相手は、地面を転がり襤褸雑巾ぼろぞうきんのように成り果てて透明化が解除された。

「間に合って良かったよ」

「も、百々代(ももよ)さん?!」

「本日付かつ本日限り客員教師の篠ノ井百々代、大事な生徒たちを守るため参上しました。ここからはわたしが相手になりますが、戦いますか?」

(逃げても追うけれど)

 驚く一同を安心させるべく微笑みを向けて、青と金の瞳を露わにプレギエラの兇手へ向き直る。

誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。

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