二五話⑦
龍種との戦闘が終わり、百々代は最初に倒し気絶しているプレギエラ人を拾い上げ、昔漁る黒で凝視して記憶を浚っていく。
(最近の記憶で計画とか、…言葉がわからない…、これは天糸瓜港の地図。赤く記されてる襲撃地点、他の場所は描かれてないし無差別攻撃。…、)
苛立ちと怒りを隠そうともせず、眉間に皺のよった百々代は鼻血を垂らしながら兇手の行動を確かめていき、潜伏している場所を突き止め意識のない相手を。拘束しては駆け出していく。
天糸瓜港は何処も魔物魔獣騒ぎが起きていて、成る可くを救おうとする百々代はあちこちで足止めを食らっている。襲われている住民を見つければ割って入り魔獣を駆除、怪我をしている人を見かければ背負っては警務官の許へ届け預けて。
暴虐性が善性と混じり合い表層へ浮かび上がっても、根本は変わらず困っている相手を無視できないのだ。
時間が経てば潜伏先に乗り込んでぶっ潰そうという怒りは収まっていき、巡回官ではなく一人の百港国民として必要な動きへと変わっていく。
「お母さん!お母さん!」
泣き叫ぶ子供に、瓦礫で足を潰された母親。そして大きな体躯で当たりを壊して回る有角の人型、鬼人若しくは鬼人族と呼ばれる魔獣だ。
武器を携えており厄介そうな相手ではあるが、雷放は周囲への被害を考えると有効化できない。武狼を鬼人族に突撃させて気を引いて、百々代自身は不識で姿を隠して子供と母親に合流する。
「大丈夫、今助けるよ」
「誰かはわかりませんが…、私の子供だけでも連れて逃げてください…」
「やだ!お母さんと一緒に行く!」
「大丈夫大丈夫、お母さんも助けるよ。すこし待っててね、危ない魔獣を倒してくるから」
鬼人族の攻撃を太刀で切り払い、返しの刃で腕を斬るも骨までは断てず、直ぐ様に武狼を退かせ、零距離擲槍で跳躍した百々代が項目掛けて零距離擲槍踵落をお見舞いする。
「ぐぎ、ごおおおおおお!!」
耳を劈くような怒号だが精々が魔獣。怯むような百々代ではなく、自身に振り返ろうとする鬼人族の踵骨腱を武狼が割く。
「丈夫だけども動けなくちゃ、――意味がないッ!」
体勢を崩し倒れ込む鬼人族の顎へと拳で殴りつけ、零距離擲槍を繰り出せば、勢いよく頭が振られて脳内がかき混ぜられ白目をむいて意識を失う。
「この距離なら、雷放。」
動かなくなった鬼人族の項へ再度擲槍で加速した踵落を決めれば、首の骨が折れる音が響き渡り、雷が鬼人族の表皮を派手に焼く。
「よし、雷封」
武狼と共に親子へ駆け寄って、一人と一基は瓦礫を退かして母親を救出する。
「今、医院に連れていきますので」
「ありがとう…ございます」「ありがとう、お姉さん」
「どういたしまして。君はこっちの武狼に掴まってね」
「うん」
「急ぎますので、多少の痛みは我慢してくださいっ」
「は、はい…!」
なるべく揺らさないよう気をつけてはいるものの、振動で母親はお顔をしかめて唇を噛む。
臨時の医院を見つけては医務局員に母親と子供預け、百々代は再度走り出す。
―――
尾装を駆使して建物へと攀じ登り、大まかな現在地の把握に努めていれば、視界にはいるのは天糸瓜魔法学舎の広大な土地。
(場所的に…結構潜伏場所から離れちゃったみたいだね)
根はいい子ちゃん。生前から引き継がれる特性が表層まで浮き出ようとも、時間が経つと人としての生涯で培った善性には抗うことが出来ず倫理と理性が浮き出てしまうのだ。
場所の把握を終えて建物を降りようとすれば、学舎の内部から爆音といくつもの土煙。とあるご令嬢が広範囲に攻撃をけしかけた少佐なのだろうが。
(あれは陽茉梨さんの…だと思うけど。学舎内部にまで魔物魔獣が入り込んでいる、…あの時みたくプレギエラ人が襲撃をしているようなら。こうしちゃいられないねっ!)
一度周囲を見渡して徐々に沈静化へ向かっている様子から、百々代は天糸瓜学舎へ向かって建物を飛び降りて駆け出す。
武狼と共に軽い身の熟しで作を乗り越え進むは学舎内。時折聞こえる爆発音を頼りに向かっていれば、いつぞやに見かけた赫角犀と教師の数名。魔物の対処をしているようなのだが、硬化と再生を持つ赫角犀に苦戦を強いられている様子である。
地面を蹄で掻き、ドサドサと走り始めたその横っ面へ百々代は飛び蹴りを喰らわせ、驚く教師たちの表情など気にした風もなく。
「起動。数打『蜉蝣翅』」
蜉蝣翅を後ろに構えては刀の峰に魔力を集中、零距離擲槍加速の逆袈裟斬りで赫角犀の首を落とし、身体への衝撃を雷に変換して放つ。
放電が終わり次第、教師たちに向き直れば、彼ら彼女らは公開試合の巡回官だと思い出し、襲撃者の一人でないことに安堵するのであった。
「巡回官の篠ノ井百々代ですっ。学舎内部で戦闘を察知して加勢に参じました」
「助かります、篠ノ井様。実は学舎内部に襲撃者が現れまして、魔物魔獣を放っては生徒にけしかけているのです」
「やはりそうでしたか。とりあえずわたしは賑やかな方へと向かいますが、学舎内での行動及び戦闘は問題ありませんか?無許可で侵入しているのですが」
「それであれば問題ありません。私は副学舎長であり教師長をしておりますので、即席ではありますが学舎での行動を認可し、客員教師として任命いたします。こちらを」
副学舎長は自身の胸に付いている教師の証を外しては百々代に手渡し、学舎での行動の制限その一切を取っ払ってみせた。
「感謝します。それではっ!」
「こちらもこちらで動きますが、生徒たちをお願いします」
「はいっ」
走り去る百々代へ小さく礼をした副学舎長と教師たちは、意識を新たに学舎で暴れまわる魔物魔獣の対処へと向かう。
「…良かったのですか?学舎長は篠ノ井様を目の敵にしていましたが」
「いざとなれば私が責任を取りますよ。未来ある若者の為、新芽が積まれることの無いよう身を挺して護るのが大人の役割、そして責任ですから」
「承知しました。では我々も」
「ええ。それに学舎をクビになってもなんとかなりますので。ははは」
誤字脱字がありましたらご報告いただけると助かります。




