二五話⑥
「よっと。やっぱ石火砲ないの厳しいなぁ。…、まただ!」
雑把な魔獣を擲槍で処理しつつ蘢佳は先陣を走っていく。彼女は成形体であり壊された所で再度起動されれば元通りになるため、率先して危険を買う最前を走り出す先導をしているのである。
「右から犬みたいなのがくるよ!」
「承知した」
曲がり角の先から来る魔獣を発見しては報告し、護衛の一人が飛び出して対処。
「透布套持ち二人、来ます」
その護衛は識温視で兇手を捉えたらしく報告。二人に対して四人で挑み数的有利で確実に討ち取っていく。
「探啼でもあれば楽なんだけど…」
「はぁ…はぁ…無い物強請りをしても、現状は変わらんぞ、蘢佳くん。侯爵邸は程近い、が。そろそろ、…体力的に厳しい」
「はぁ…儂、もじゃ」
ここまで全力疾走。普段から鍛えている護衛と成形体の蘢佳は問題なさそうであるが、海良と颯、結衣は汗だくで今にも倒れそうな顔色をしている。
「一旦足を休めてから移動を再開する?」
「そう、してくれ…」
「…そうしたいのは山々なのですが…」
護衛が視線を動かして示すのは、暑苦しいのにも関わらず外套を纏った集団。透明化していないのは道具の違いか、慢心の表れか。
『アレが海良だ。さっさと殺して帰ってしまおう』
『百港人は最近目が良くなったと聞いたが、どうやら何かしらの魔法でこちらの位置を掌握しているようだ。面倒な相手だが数ではこちらが圧している今が勝機、かかれ』
『『はっ!』』
一斉にプレギエラ人は散開、方々から魔法射撃を放ち始めた。守られているだけでは拙いと颯も障壁で防御を固めるのだが、明白に練度が他よりも格段に低く穴となっていた。
「くっ、答えておくべきだったか。ッ!」
「あぶない!」
蘢佳は颯の手を引き魔法射撃の軌道線上から退かすも、一歩間に合わず僅かに腕を掠ってしまう。
「貸しなさい、障壁を!こう見えても百々代に魔法の基本は叩き込まれているのよ!」
受け取った障壁を結衣が展開するのだが、やはり現職の護衛や戦いを生業としている兇手には数歩及ばない。とはいえ颯がやるよりも丈夫な障壁を張れることは確かで。
「これどうしたらいいの?!防いでるだけじゃあジリ貧ですよ!」
「困ったのう…。正直こんなところで死ぬわけにもいかんし、百々代さんの姉君とご家族に何かあっては申し訳が立たぬ」
「我々が活路を開きますので、殿下とお二人はお逃げくださいませ」
「待て待て、相手も手練れ。無駄死にすべきではない。…この騒ぎじゃ、上手くこちらを見つけてくれれば…」
「――氷花。着弾と共に突撃しろ港防軍人、仕事だ」
「ということだから二人は前を宜しく。僕も必要に応じて前へ出るよ」
「あいよ!」「了解っす」
成形弾が高く打ち上げられて、急降下をすれば幾人かの兇手へと着弾。内側から棘が炸裂し氷の花を咲かせ、それと同時に二人の軍人が突撃し手近な兇手を叩き切り、残りの一人が杖をくるくる回し風の刃で敵を狙う。
一帆と叢林、そして港防軍人の二人が海良たちを発見、援護に加わった。
「一帆くんではないか!」
「颯と結衣も一緒とは、探す手間が省けたが…百々代は?」
「百々代さんは殿となって残ってしまってのう」
「チッ。まあいい、百々代ならば切り抜けることは可能だろう。魔法莢は常に装備しているから。おい、優男軍人と護衛、こいつらの防衛は俺がする、さっさと『大陸の無礼な猿』の処理を終わらせろ」
「護衛さんたち彼は凄腕の防御手だから、僕たちで相手を叩いちゃいましょうか」
「承知」
「…どこでとは言わんが彼奴等が魔獣に化ける姿をみたことがある。心して掛かれよ」
「魔獣化薬ですか、よく知ってますね」
「伯爵家なんでな」
「それもそうですね」
「起動。――」
(傷痕は消えたが百々代を傷つけられた借りがある。返させてもらうぞ)
一帆が起動句を口にした時を合図に、叢林らは障壁の外へと出ては攻撃へと転じる。
「颯さん傷口を見せて。快癒の魔法莢は持っているから、跡が残る前に治癒をしちゃうわよ」
「用意がいいのだな」
「百々代の義姉よ?完全装備なんかで遊びに来ないけれど、備えはしているの」
「…ありがとう」
一帆の到着に颯は安堵し、へなへなと腰を下ろす。戦闘なんて遠くから眺めている程度のものが殆どで、こうして命の危機に晒された事など殆どないのだから、腰が抜けるのも不思議ではなかろう。
いつの間にか杖を蔵っていた叢林は、黒姫工房から購入していた数打『蜉蝣翅』を手に、飛来する魔法射撃を切り落としながら距離を詰め、喉を切り裂き腕を落としていく。
(厄介な相手が増えたか…)
『魔物化薬を使え、ここで仕留められなければ今回の襲撃、効果は半減だ。命に変えても作戦は成功させる』
『了解』
まだ生きているプレギエラ人は上手く距離を離しては口に丸薬をねじ込み、嚥下しては魔力を集中させて自身の身体を魔獣化させていく。
全身を分厚い鱗で覆われた蜥蜴と人を、溶かして混ぜたような不気味な生き物が完成する。蜥蜴系の人型魔物魔獣と比べれば醜く、生物として道を外れたような悍ましさがある相手だ。
『魔物化薬竜神、この力篤と目に焼き付けよ、魚を信仰する蛮物』
残るプレギエラ人は四人。数的有利は百港側にあるのだが、見たことのない魔物化薬を用いた相手の能力は未知数。叢林は軍人と護衛に前へ出すぎないよう指示を出し、柄を親指で一度なぞり刃を振るう。
目にも留まらぬ神速の駆刃は、プレギエラ人の一人に命中し腕を吹き飛ばすも、溢れる血潮が腕の形となって再生を果たしている。
(これは厄介、)
状況は他の面々も見ており、一同は確実に急所を狙うべく、そして相手より多くの人数で当たるよう陣形を構築していく。
(護りが一人とは舐められたものだ)
(俺相手に一人で挑むとは、哀れなものだ)
四人が同時に動き、内三人を軍人と護衛が対処し、抜け出した一人を一帆が迎え撃つ。
戯へで佩氷を回しながら無数の攻性障壁を展開、魔法射撃を防ぎ切ったり、足元に展開しては接触による凍結の付与で機動力の低下、月の涙杖で氷矢を撃ち出し迎撃を行っていく。
最初こそ勢いよく駆けていた相手だが、堅牢な防御の前には足を進めることは出来ず、苦虫を噛み潰したよう表情を露わにしているではないか。
鼻で笑い煽って見せれば、鱗で覆われた目元は痙攣でもしたかのように震わせて、大きな跳躍で障壁を跳び越えていくる。
(甘いな。空中で方向転換もできない癖に跳ぶとは、愚かだな)
跳躍への対応は一帆が一番良く知っているともいえるわけで。
多少の軌道のズレを包含するように障壁を張り巡らせて、箱のような形状を作り出し閉じ込めては更に覆っていく。
(冷凍柩の完成だ)
『―――――!!―――………』
何かを叫び魔法攻撃をしたり、殴ったりしていたプレギエラ人だが、細部が凍結し始めれば動くたびに砕け散り、再生しては再び砕けてを繰り返して身体の芯まで凍って動かなくなっていく。
「――氷花」
叢林らが対処して残り一人となっていたプレギエラ人に覆成氷花を撃ち込めば、氷の花へと変わって戦闘は終了である。
「終わったな。全員連れて撤収するぞ」
「はいよー。それじゃあ皆さん侯爵邸に行きましょうか」
涼しい顔の叢林が先導を変わり、魔物魔獣の対処をしながら海良らを安全な侯爵邸へと連れて行く。
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