二五話⑤
百々代と颯、結衣の三人が港を歩き店々を見て回っていれば、少し離れた位置に見覚えのある青髪の男が屋台料理を食べ歩きしている。装いは省局勤めの役人貴族風で、中々に馴染めているではないか。
(知らない顔じゃないし、軽い挨拶をしといた方がいいよね)
と百々代は海良へと微笑みながら手を振ってみれば。
「おお、百々代さんじゃあないか。斯様な所で出会うとは奇遇じゃな!」
大手を振って歩み寄ってきてしまった。傍に仕えている者に視線を向けてみれば、これといって困っている様子もなく、こんな調子で天糸瓜港を見ているのだろう。
「発表会ぶりですかね海良様。こちらわたしの義姉で西条結衣、颯とは会場でお会いしていますよね」
「お久しぶりです、海良殿」
「お初にお目にかかる、白秋桜子爵家の西条結衣と申します」
「固い挨拶は不要じゃ、儂は気軽に海良と呼んどくれ」
ははは、と哄笑する海良。その傍に侍る護衛に視線を向ければ、ゆっくりと一度頷き、ここでは無礼が問われないという許しを得た。
「海良さんは港歩きですか?」
「そうじゃ、大蕪と違って気軽に出歩ける故に色々と見て回っているんじゃよ。百々代さんもそんなところかいな?」
「工房に籠もって作業続きでしたら、皆さんに休めと二人して追い出されてしまいまして。えへへ」
「働き詰めは身体に良くないからのう、適度に羽根を伸ばさんといかんぞ。儂もよく叱られるんじゃ」
護衛が忙しく頷いている。
(海良、どこかで聞いた名前よねぇ。大蕪島から来ているっぽいし…。……、あー、王族の高崎海良様ね、第三王子だったかしら)
と結衣は正体に気がついて、百々代も顔が広いわね、と感心していく。
「食べ歩きをなさってるみたいですが、何か美味しいものでもありましたか?わたしも少し小腹が空いてしまって」
「なら、こっから少し行った先にある、章魚焼きとかいうが美味かったのう。章魚を生地で包み焼いたこれくらいの食べ物でな」
「章魚焼きですかっ、いいですね!わたし好きなんですよ」
なんて雑談をしていれば護衛がそろそろと促して。
「それでは海良さん、またお会い――…!」
別れの挨拶でもしようという時、屋根伝いに透明な何かが急速に迫ってきて百々代は障壁を展開、颯らを守るために一歩前へでた。
「起動。強化。雷纏鎧。試作成形尾装!」
まさか気取られるとは思っていなかったのか、透明な何者かの攻撃は百々代の衝撃で防がれて僅かに動揺の色を出すも、側面からの攻撃へと移っていく。
「四人、左右へ分散しました。右を対処します」
(儂の護衛よりも速やかな察知をしてみせるとは…。紀光から話しは聞いていたが随分な傑物じゃのう)
「承知。起動。識温視。起動。纏鎧」
護衛も識温視を起動しては、透明な相手を認識する。
細視遠望の青で小さな痕跡を集め、周囲への流れ弾が飛ばないよう障壁を用いて相手の阻害を行いつつ、一人の外套を掴み手繰れば口元を布で覆ったプレギエラ人。
二度三度と繰り出される体術を躱し、肉薄できた瞬間に力強く脚で踏み込みを行いながら、肩を中心に体当たりを行えば吹き飛ばされて地面を転がる。
『直ぐにやられおって従仰士め』
もう一人はやられた仲間に悪態をつきながら、短剣を取り出しては海良を目指す。
「起動。成形兵装武狼!」
兇手と海良の間に現れたのは武狼。くるりと刃を返して峰を前に出し、プレギエラ人へと太刀を振るう。相手は驚きはしたものの攻撃は確実に避けて、短剣で武狼を一突きにし二歩三歩下がっていく。
(…毒が効かない。我らと同じく魔物を使うのかと思いましたが、アレでもセイケイマホウですか)
(プレギエラ人か。儂が討たれれば百港とて無視はできず戦は不可避じゃろう。…大陸へ攻めたがっている第二辺りの差し金か)
護衛がプレギエラ人の一人を討ち取り、周囲の人々が騒動に気が付けば騒々しく騒ぎ立て、人死にを見てしまった者の一部は叫び逃げていく。
(魔物も安くないのだが仕方あるまい。暗殺に失敗したのだ、次の作戦に移るとしよう)
透明なプレギエラ人は百々代へと牽制で魔法射撃を行いつつ、笛を取り出して大きな音を鳴らしてみせる。
すると方々から同じ笛の音が響き渡って。
『派手にやらせてもらう』
腰に佩いていた黒塗りの瓶を手に取り地面へと叩きつければ、小型の龍種が三匹現れては怒号を上げて百々代たちを睨めつけた。
「起動。蘢佳。…皆を任せるよ、蘢佳」
「了解!」
石火砲や鏃石なんて代物は流石に持っていない。自身の擲槍と障壁を投げ渡しては、大きく息を吸い。
「こちらは巡回官です!!龍種はわたしが対処しますので住民の皆さんはお逃げ下さいッ!!海良様と颯たちも急いで逃げて」
「すまぬ、任せるぞ」
『うぐあ!!』『クソ、今回の護衛は一人では…?』
騒動に紛れて人波から現れた隠形の護衛たちが残る二人を処理して、海良たちを護るように移動を開始、住民含め周囲に人がいなくなったことを確認した百々代は纏鎧の制限を取り払う。
「雷放ッ!」
それを合図に龍種三匹は百々代へと襲いかかった。
三匹の龍種は二足歩行で、月眼蜥蜴の骨格に近いものの体長は一〇尺弱と大きく、意思疎通でどうにかなるような気性をしているとは思えない相手。青銅色の鱗に鋭利な爪の数々が鈍く光っているが、周囲に護るべき対象がいないのであれば百々代も問題ないであろうと構えを取る。
(あちこちで騒ぎが起こってる…?プレギエラ人め…)
魂の奥底が焦げて炭になるような感覚に襲われて、百々代は犬歯を剥き出しに金の瞳で龍種三匹を睨めつけ怯え壊す。
「グギャ、ギ」
龍種は金の勇魚に飲み込まれ胃袋で溶かされる空想に侵されながらも一歩一歩と踏み出して、金の瞳の影響下から抜け出してきた。
(…。)
駆け出した龍種の一匹を武狼が真っ二つに両断し、一匹を尾装で首を貫きつつ絡め取り手繰り寄せては敵に敵を叩きつけ、踵落としで追撃をして放電で焼き切った。
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