二四話⑤
「首魁を見るのは初めてだな」
「防衛官でもそうそうお目にかからないんだ、纏鎧は解かず衝撃の準備は常にしておけ」
「承知した」
「想定では首の三つある大狼の三首だが、活性化の影響で変わっている可能性は多くあり、百々代もこの様子。蘢佳、前に出てで潰されでもすれば復帰はできない。前の雹透族相手のようなことはするなよ」
「了解」
「わふっ、わふわふ」
百々代は起動句のような鳴き声をだしては、纏鎧と尾装を展開し先頭を歩いていく。
「百々代」
「わふっ」
「危なそうなら退け」
「?」
「…はぁ」
あいも変わらず、名前、お手、お座り、伏せ、理解できない状態に溜め息を吐き出すも、居ないよりは全然にマシだと諦めて足を進めていく。
「グルルル…」
「グルル」
視線の先に、所々から蒼い炎を噴き出す黒い大犬を視界に捉えては、百々代と大犬は威嚇し合う。
「蒼炎猟犬、ハズレってところか。蘢佳、基本は障壁の内側からの魔法射撃に専念しろ。焼かれたら間違いなく終わりだ」
(覆成氷花の効きが悪そうな相手だが、…やるしかないか。百々代は退いてくれないだろうし)
彼女は既に臨戦態勢。蒼炎猟犬が動き始めれば戦闘は始まってしまうだろう。
「ウウウウ、ワ゛ン゛!」
低く響く鳴き声を出せば、蒼炎猟犬の炎は逆巻き燃え広がって走り出す。
「ワンッ!」
鳴き声と同時に蜉蝣翅と人型の武狼を展開。百々代も駆け出して、戦いの火蓋は落とされた。
先行するのは百々代で零距離擲槍を用いて放電をしながら突き進んで一太刀いれようと得物を振るが、蒼炎猟犬も肉体強化が施されているようで余裕を持っての回避、反撃と言わんばかりに炎を噴射する。
実力の低下こそ見られるが元は百々代、咄嗟の炎程度は軽々と避け抜いて足を落とすべく低所から突き進む。踏み潰されぬように、と左右へ擲槍移動の放電で牽制しながら。
蒼炎猟犬も危機感を覚えたのか、反撃なんて捨て置いて全力で飛び退けば、着地点目掛けて飛来する貫通鏃石。着地と同時に着弾した鏃石は後ろ足を僅かに削って、彼方へと飛び抜けていった。
厄介なのは百々代(犬)の一匹ではない、なんて蘢佳を視線に捉えた瞬間。視界の上部から不審な影が飛んできて、太刀が鼻先を掠めた後に、振り下ろした刃を返しては喉を掻っ切ろうと踏み込んでくる。武狼、黒姫工房で新調された武王の新たな装いだ。
炎の漏れる大口で太刀を受け止め、大きく首を振られれば武狼は吹き飛ばされるのだが、相手は勿論のこと彼だけではない。胴を目掛けて飛んでいくる鏃石に、脚を落とそうと蜉蝣翅を振るう百々代。多勢に無勢、苦しい顔をせざるを得ない。
「ウォオオン!!」
大声を出そうが怯むような百々代ではなく、落とされるようなちゃちな鏃石ではない。胴に一発受けて、右前脚を一本失う結果となった。
ポタリポタリ、流れ出る血液は溶岩のように赤黒い光と熱を放っており、触れた芝を勢いよく燃やしていく。
「グルルル…ガウ!」
痛みに悶えるように眉間に皺を寄せていた蒼炎猟犬だが、失った脚の代わりと思しき炎を生成しては、目に留まらぬ速度で百々代へ体当たりをかまし浮いた瞬間に蹴りで追撃をした。
漏れなく放電も喰らっているのだが、そんなことは些事と言わんばかりに吹き飛ばされた彼女めがけて駆け出していく。
(拙い、間に合わせろよ、俺!…軌道線は、完璧)
「――氷花!」
襲いかかろうとする蒼炎猟犬に着弾し、氷の花を咲かせることには成功したのだが、氷は青い炎に包まれて水蒸気と化しては霧散する。だが効果がないというわけではなく内側からの損傷は大きく、体中から灼熱の血液が漏れ始めているが。
「蘢佳矢鱈撃って時間を稼げ!起動。――」
「わかってるって!こうなりゃ自棄っぱちの撃てるだけをレガーロ!!」
覆成氷花の再展開は始めた一帆と、鏃石と擲槍を弾幕が如く撃ち始めた蘢佳。脚の進みは遅くなったもののそれでも百々代へ向かう事はわからず、一同は焦り拳を握る。
そんな中で地面に転がっていた百々代はゆったりとした動きで起き上がり左の瞳を晒す。銀の瞳を。
爪と牙、灼熱の血液が迫る中で彼女の身体は膨れ上がり、青と銀の瞳、真鍮色の身体、そして日輪を背負った勇魚へと姿を変えては蒼炎猟犬を弾き飛ばす。
「ッ―――?!」「勇魚日様か?!」「銀の瞳!?」
驚きの余り起動句を区切りそうになった一帆は怺えつつも、そして颯と蘢佳は口をあんぐりと開いて驚いている。
全長は凡そ一六間半いやそれ以上、遠洋で見られる大勇魚と大差ない巨躯は相手を押しつぶすと同時に消え去り、犬の姿に戻った百々代が急行落下。蒼炎猟犬の首を綺麗に切断し勝利を収めた。
「…わふ」
前脚を怪我しているのか、不規則な歩き方をしながら一帆らに合流した百々代は、武狼に自身を抱え上げさせて尻尾を振っている。
「…、色々言いたいことはあるがお疲れ。宝物殿を回収して戻るとするか」
「りょうかーい、どっと疲れたよ。精神的に」
「アレは瞳の力か?」
「そう、化ける銀の瞳。ローカローカの時は人に化けてたけど、勇魚日って神様を真似たっぽいね」
「「…。」」
能力の異常さ、よりも一帆と颯は百々代の首に掛かっている青い石と真鍮の首飾りの事を思い出して、一度視線を合わせる。
「「百々代らしいな」」
「?。百々代ってそんな信心深かったっけ?」
「ふっ、今回は隣で戦えたと誇っておこう」
「吾も百々代くんと装飾品を交換し合いたいな」
「…はぁ、好きにしろ。首飾りと指輪以外で」
「一帆くんのそういうところは好意的だぞ!ハッハッハ!」
「…はぁ」
わしわしと百々代の頭を撫でてみれば、くぅーんと甘えた鳴き声がして、姿が一時的に変わっても中身は変わらないのだと安堵した。
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