四話①
魔法学舎は夏の始まりである。清夏季の頭に入学し、気温の最盛期たる季末から短期休暇が始まる。
そんな休暇の前に浮かれる生徒だが、残念なことに休暇の前には小試験がねじ込まれている。ここは入学時期の異なる生徒たちの実力を改めて確認する場であり、よろしくない成績を記録した場合は休暇中に課題をつけられてしまう。
慣れない生活で溜まった鬱憤を晴らすには、課題なんて物は邪魔でしかない。生徒は各々勉学に励み試験に挑む。
そんな中で頭を抱える少女が一人。
「……。」
「が、頑張ろう結衣ちゃん」
「がんばろー!入試の範囲に毛が生えたくらいだし、悪い点を取るほうが難しいよー」
「ぐっ!」
「そこ、間違ってますよっ」
「ここもな」
「ひぃん」
「結衣嬢はそれなりの順位で入学していませんでしたか?」
「えっ、あー、その。一夜漬けが上手く行きまして…」
情けない声を上げて勉強を見てもらってる西条結衣は筆記が得意ではない。入学時の順位こそ中の上、自己採点では上の下だと言っていた彼女だが、実際は一夜漬けで運良く筆が奮っただけにすぎない。
魔法実技はそこそこ優秀な方なのだが、何分筆記が足を引っ張っているのが現状。
「毎日勉強するといいですよっ」
「その言葉はわたくしには効きすぎますので、禁止で…。わかっているわ!皆と毎日会えるのが楽しくて、勉学を疎かにしていたことは!最近思ってたのよ、そろそろ勉強しないとなぁって!」
今までの環境では毎日友達と顔を合わせて女子会をするなんて事は不可能。故に浮かれて満足し、夜になってはふらふらと寝台ですやすや寝息を立てていた。
従者は身の回りの世話こそすれど、口煩く言う者ではないのも要因だろう。
「じゃあ授業後は毎日お勉強しましょうっ!わたしも毎日復習と予習をしてるので!」
「貴女、筆記も上位よね。まだ勉強するの?」
「はい、やってないと忘れてしまいますから、魔法や身体を鍛えるのと一緒で反復は大事なんです」
「ならここの顔ぶれで授業のある日は集まるか」
「おっ、いいこと言うね一帆。どう、成績優秀者二人追加してみない?」
(この二人は絶っ対に勉強目当てではないけれど…上位座なのよねぇ。今後の事を考えれば得られる物も多そうだし)
「莉子と杏に異論は?」
「ないです」「いいよー」
「なら決定ね!わたくしも筆記の成績上位を目指すわ!…というわけで今日はお茶にしましょう。もう十分に勉強したわ」
暢気なお嬢様は茶と甘味を満喫する。
「六人となると場所を用意しなくてはな。今日は庭園の東屋でなんとかなっているが、ここで毎日は厳しいだろう。…別館かどこかの申請をしておこう」
「お願いしますわ。皆さんが道具を広げたら手狭ですものね」
(既に六人では手狭ですし。…ふむ、お父様の仰った篠ノ井と縁を作れっていう、言葉通りの意味はなんだかんだ達成できてるわね。まあ、そういう意味でないことは百も承知なのだけれど)
凡そ一季弱、結衣は毎日のように百々代と行動し、そこに一帆が引っ付いてくる。となると他の生徒よりも彼とは接する時間が長くなるわけで、友人と言っても怪訝な顔をされることはない。
(無理よねぇ…。お互いに恋愛感情は今のところは無さそうだけど、割って入ろうとは思えないし。何より楽しそうな二人を邪魔したくはないわ)
「ねえ百々代」
「はい、なんでしょう」
「貴女、西条の子にならない?」
「へ?」「は?」「わぁ」「っ!」
「別にわたくしの兄弟と結婚しろって言うわけではないわ、養子に入るのよ。今は困ってないかもしれないけれど、今後に生涯を共にしたい貴族が現れても市井の出では叶わない夢で終わってしまう事も多いの。…別に今すぐにとは言わないわ、必要になったら声を掛けなさいって話」
(百々代が生涯を…。…。)
(あら、気付け薬になるかしら?)
「ご厚意として受け取ってはいいのでしょうか…?」
「ええ、いいわよ、相手の家にもよるけどね。こっちの利は将来的に有望株である事は確実な百々代に、西条の家名を乗せることが出来るという点。これは大きいわ、理解はしているでしょう?」
「はい。もしも養子になった場合は、今の家族とは?」
「当然自由に会ってくれていいし、向こうに住んでてくれてもいいわ。あくまで名前を貸して、栄誉の一端や結ばれる縁が欲しいのよ」
(本当の目的は篠ノ井家かー。結衣ちゃん大きく出たなぁ)
(へぇ常套手段とはいえよくやる。…必要なら後押しをしてあげよう、百々代ちゃんには莉子ちゃんとの架け橋になってもらったし)
「その時は相談させてくださいっ」
「ええ、心待ちにしてるわ」
(お父様に邪魔されないよう一報は入れたほうが良いわね。一帆様とのお見合いなんて用意されたら台無しよ)
あれやこれや各々が考える中、一帆は顔をしかめて椅子に凭れ掛かった。
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